この時は、どんな景色もきれいに映っていた。
散っていく桜の花びらも、地面からちょこんと出るつくしも、すぐに転んで泥だらけになる私たちも。
目に映したことのある回数がほんの一握りで、何を見てもキラキラと輝いていたあの時。
私とあっちゃんは成長途中である小さな身体を精一杯使って公園で遊んでいた。お母さんも良く私たちと同じような目線で遊んでくれたけど、その時からお母さんの大きな背中が頼もしかった。
追いかけっこしたり、砂場でお団子を作ったり、目当たり次第に見つける綺麗なお花を摘んだりすることが大好きだった私にとって公園は何度行っても新しい発見のある、大好きな場所だった。
いつの日だか忘れたけど、お母さんとあっちゃんといつものようにお外も出掛けて、いつもの公園に行った。
いつもたくさんの子供たちが遊んでいて、たまに一緒に遊んだりして友達が増えることもある場所。
でも今日はどうしてだろうか、公園は誰もいなかった。
そんな事なんて気にもしなかった私はあっちゃんを呼んで公園へと走っていく。
今日は何して遊ぼうかなって思いながら辺りをキョロキョロしていると、誰もいないと思っていた公園で一人の男の子を見つけた。
下をジーッと向きながらベンチに座って、足をブラブラとさせている、私と同じくらいの男の子に私はゆっくりと近づいて行った。
「こんにちはっ!」
お母さんに教えてもらった、初めて会った時のお友達に対してする挨拶をその男の子にしてみた。
ほとんどの子は私と同じような言葉を元気よく返してくれる。
だけどその男の子は、私の声にびっくりしたのか両肩が顔の近くまで上がり、目をくるっと丸めながらジーッと私の方を見つめてきた。
当時の私はニコニコとした顔をして、ずっとその男の子の顔を覗いていた。
その子からの返答を心待ちにして。
「こ……こんにちは?」
しばらくして帰ってきたのは私とは正反対の弱弱しい言葉だったけど、それでも返事が帰って来て嬉しかった私はもう一度大きな声でこんにちは、と言った気がする。
「きみはここでなにをしていたの?」
公園で人と出会うのは珍しい事ではなかったけれど、この男の子は初めて見たから気になってしまって、本当に言いたかったことよりも先にその言葉が出てしまった。
男の子はモジモジとしながらだけど、私の問いに答えてくれた。
「おかあさんを、まってるの」
そして私が聞きたかったことも答えてくれた。
まだまだ世間知らずで無邪気な子供だったけど、この時はどうしてか男の子が
お母さんを待っている。
この時の私の常識に基づくと、お母さんはいつも私たちの傍に居てくれる人だって思っていた。
だけどどうやら、そうでもないらしい。
「じゃあ、きみのおかあさんがくるまで、わたしたちとあそぼっ!」
難しく考えることが当時から嫌いだった私は、特になにも考えずにそう言った。
あっちゃんは私の言葉を聞いてびっくりしていたし、私のお母さんも最初は驚いていたけど段々優しい顔を作って、私を見つめながらこっくりと頷いてくれた。
「えっと、いいの?」
「うん、もちろんっ!」
その言葉を聞いて、私はすぐに男の子の手を掴んで近くの砂場まで走った。
生まれて初めて触れる男の子の手の感触の感想は、もうすっかり忘れちゃったけど。
男の子とする遊びで真っ先に思いついたのは鬼ごっこだったけど、知り合ったばかりの子とそれをするのはちょっと難しいと思った。
私達は自分が思っているよりも感情のコントロールが出来ないらしい。ケンカになってしまえばせっかく友達になれたのに台無しだもんね。
いつものように砂場の真ん中あたりでお尻を付けずにちょこんと膝を落とす。
公園の端っこにある水を使えば硬くなるのでちょっとした山を作ったりする。その時はあっちゃんと色々なお話をしながら。
「ねぇねぇ、きみのなまえは?」
手とスコップを使って砂をかき集めながら男の子に声を掛ける。
男の子も私の真似をしていたのか、同じように砂を集めていたけど私の問いかけに、その手がピッタリと止まってしまった。
その子と同じように私も手を止めてジーッと見つめる。
目が忙しなく動いている事が不思議で不思議で仕方が無かったから。名前を言うだけなのにどうしてこんな顔になっちゃうのだろうって。
「わたしのなまえはかすみっ!とやまかすみ!」
だから先に自分から自己紹介をした。
自分の名前を言う事に恥ずかしい気持ちなんてちっとも要らないから。
名前はお母さんが付けてくれた素敵な魔法みたいなもので、胸を張って良いんだから。
私に続くようにあっちゃんも自己紹介をする。
そして私たちはお互い見つめあってクスクスと笑う。別にその男の子が意気地なしだから笑っている訳ではない。
もっと気楽で良いんだよ、と言葉ではなく雰囲気で教えるために私たちは笑うんだ。
「ぼくのなまえは……」
「うんうん!」
男の子が口を動かしているのを見ながら私たち姉妹はグイグイと顔を近づけていく。
私達は迫りすぎてしまったのか、コテンと後ろに尻もちをついたその子はゆっくりだけど名前を言ってくれた。
楠瀬悠仁、と。
どれくらい遊んでいたのかは分からないけど、私はまだまだ遊び始めて間もない時間くらいだと思っている。
しかしながらそんな私の感想とは裏腹に、砂場には様々な形が砂場には出来上がっていた。
「あ、お母さん!」
突然、私たちと同じように砂で遊んでいたゆー君が声をあげた。
ゆー君、と言うのは楠瀬君の事。当時の私達では楠瀬君と言うにも舌が上手く回らない感じがしたし、悠仁君だとなんだか堅苦しく感じたから、私のお母さんが提案してくれたこの呼び方で彼を呼ぶことにしたのだった。
でもゆー君はお母さんの元へ走っていく訳でもなく、今いる砂場の真ん中あたりで小さい腕をブンブンと振っていた。
私はゆー君のお母さんを見たけど、印象としては簡潔なものだった。
それはとてもきれいな大人の女性だという事。若く見えるだとか肌がきれいだとか、年相応の顔だとか、そんな感想を抱くことは無かった。
私のお母さんとゆー君がお母さんと言った女の人がお互いに頭を下げていた。
今となれば会釈をしていたとすぐに分かるんだけど、当時の私はもしかして知っている人なのかなと言う感想を抱いていた。
「お母さんお母さん!」
ゆー君の何度も声をあげて手招きしている姿は新鮮で、私たちももっと仲良くなれたらこんなゆー君が見れるのかなって幼いながらも思った。
ゆっくりと優しい笑顔を浮かべて近くに来たゆー君のお母さん。
私たちはどんな顔をすれば良いのか分からなくてきょとん、となった。なんだかゆー君と初めて会った時のような表情になっていたらしい。
そんなどうしていいか分からなかった私は、次の瞬間には笑顔を浮かべていた。
きっかけはゆー君が彼のお母さんに発した第一声。
「今日、
自己紹介もしたし、一緒に遊んだ。
もう友達だよね、私たち。
ゆー君はお母さんが戻ってくるのを待っていたから、もう公園にいる必要はないのだろう。
小さな顔で私たちに帰るね、と言う言葉とありがとう、と感謝の言葉を貰った。
私はどういたしまして、と晴れ晴れとした気持ちを持っていたと同時にもう帰っちゃうんだって寂しさも覚えた。
良く公園で遊んでいるけど、ゆー君を見たのは今日で初めてだった。
その事実がもうゆー君に会えないかもしれないって感情を沸かせたのかもしれない。
ゆー君と彼のお母さんは二人並んで公園の外に出て行く。
私たちは今日一緒に遊んだ彼をボーッと見つめていた。
ゆー君がクルッと振り向いて私達に大きく手を振った時は流石にハッとしたっけ。
「かすみちゃん、あすかちゃん!またね!」
バイバイではなくて、またね。
その言葉を聞いただけで、また会えるって私は思ったんだ。
@komugikonana
次話は1月17日(日)の22:00に公開します。
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~次回予告~
「あっちゃん!こうえんにいこっ!」
ゆー君と初めて会って、一体幾つもの日を跨いだのかは分からない。なぜなら当時の私にカレンダーを眺める、と言う習慣が全くと言っていい程無かったからだ。
かなり大げさに言っているけど、対して遠い時間軸ではない。私たちの服装がそこまで変化していないから。
当時は今の様に携帯電話が普及していない時代。まだまだ大きい携帯電話で、持っている人が少なかったからいつ公園に行けばゆー君がいるのか分からない。
だからこそ毎日ドキドキしながら公園に向かっていた。例えるならばたまにお母さんと行くデパートでカプセルトイのレバーを回すときのような気分だった。
「あ、ゆーくんっ!」
では、次話までまったり待ってあげてください。