今を繋ぐ赤いお守り   作:小麦 こな

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思い出の赤いお守り⑤

ぼくが、ボールをとりにいくから。

 

私の頭の上に優しく手を置いて、お手伝いをしてお母さんに褒めてもらった時のような声でゆー君は確かにそう言った。

 

色んな感情が湧いた。

 

あの高さまで行くのは危ないよ。

お母さんが来るまで待っておこうよ。

でもお母さんが来たら危ないから諦めなさいって言うのかな。

もしそうなったら嫌だな。

ゆー君がもしケガをしちゃったら。

 

伝えたいことは口に出さなければ伝わらないから、私は息を整えて、声が裏返りそうになっても君に言わなくちゃいけない事を言おうとした。

 

だけど私は口には出せなかった。

そしてゆー君の言葉にうん、と頷いてしまった。

 

「かすみちゃん、あすかちゃん。まっててね」

 

私たちと遊んでいる時には見せることのない真剣な表情に私たちも硬くなる。

大きな木の下までは3人一緒に行った。そこから先に行くのはゆー君だけ。

 

ゆー君は木に足をかけたり、手で掴まれそうな部分を探している。

彼は小さな声でよし、と言って木に登り始めた。

 

大きな背丈の木に登るのは間違いなく大変なことで、下から見ている私たちは手を合わせてゆー君の無事を祈る事しかできなかった。

 

さっきまで横に居たのに段々とシルエットが小さくなっていき、遠くなっていくゆー君。

私はどうしてか胸が締め付けられて、私もゆー君の傍に居てあげたいって思った。

だけどそれは叶わないという事は分かり切っていた。

 

「ゆー君って木登り上手だね!」

「うん、そうだね」

 

あっちゃんがもうすぐボールが引っかかってしまった枝の近くまでたどり着きそうなゆー君に嬉々とした声をあげる。

対する私は漠然とした不安感でゆー君を見つめることしか出来なかったから、あっちゃんの言葉にも相槌を打つ事以外に対応する手段を見つけられなかった。

 

後もう少し手を伸ばせば太い枝までたどり着くことが出来そう。

ゆー君の行動一つ一つをヒヤヒヤしながら見ていた私はもしかしたら彼より心が擦り切れているのかもしれない。

 

「あ、あったよボール!もうちょっとだからまっててね」

「うん!」

 

あっちゃんがすごいすごいと言って小さくピョンピョンと飛び跳ねる。

太い枝にまたがってバランスが取れていそうなゆー君を見て、初めて肩から力がふっと抜けた。

そうなったのもつかの間、私の心がヒヤッとした。もう何回目か分からないけど、何回経験しても涙が出てしまいそうになる。

 

「ゆーくんっ!そのさきのえだ、ほそいからボールにちかづいたらあぶないよっ!」

 

もちろん遠近法も関係しているだろうけど、ボールが引っかかっている枝は線のように細く見えて、もしゆー君が体重を預けてしまったら間違いなく落っこちてしまう。

 

「ゆーくん!そこからえだをゆさゆさしてみてー!」

 

あっちゃんの提案にゆー君は頭を縦に頷かせて揺らし始める。

木の葉と木の葉が重なり合うガサガサと言う音が鳴り響いて不気味に感じた。そして落っこちてくるのは良く分からない木の実と青々とした葉っぱ。

 

「うひゃああ、けむしー!」

 

そして毛虫も落ちてきた。

私も思わずヒッ、と声を出してしまった。あっちゃんは大パニックになってしまっているけど。

 

下の様子を見たのだろうゆー君は枝を揺らすのをやめた。

私たち姉妹はお互い服を見せ合いっこして毛虫が服に着いていないかどうかの確認をした。

 

こんなにも色々な物が落ちてくるのにボールだけはびくとも動かないありさまに私たちは頭をうならせた。

一層の事、ゆー君も降りてきてほしかった。ボールが取れなかったからってゆー君を責める資格なんて無いのだ。

 

木の上にいるゆー君は周りを見渡していた。

何を考えているのかはゆー君にしか分からないけど、ボールを取ることを諦めていない事は私にも分かった。

 

「さきにいけなくても、とどけばいいんだ!」

 

ゆー君が大きな声をあげた。その後近くにあった細長い木の枝を折った。

私には想像も出来ない方法を思いついたみたいだった。

 

以前ゆー君と遊んでいる時も、私たちには思いつかないような事をしたりしてて、ゆー君は賢いんだってぼんやりとは思っていた。

 

ゆー君が短い手を精一杯伸ばして、枝を用いてボールをツンツンと突く。

ボールもユラユラっとし始めて、本当に取れるんじゃないかと感じて私は目を瞑りながらもう一度胸の前で手を握った。

 

するとぼてん、と言う音が聞こえた。

 

目を開けるとボールが私たちの前でバウンドしながら転がっていた。

バウンドの高さは今まで見たことなくて、それほど高いところから落ちてきたんだ。残念な事だけど、当時に私にはそんなことまで頭が回らなかったけど。

 

「ゆーくんすごい!」

 

あっちゃんが転がっていくボールを掴んで、すぐさまゆー君に見えるようにボールを空に掲げた。

一番ほっとしたのはゆー君なのかもしれない。彼はニッコリと笑っていたけど太い木の枝にまたがりながらだったからクタクタなのかもしれない。

 

気持ちだけ休憩した後、ゆー君は降り始めた。

私たちの心の中では、途中ぐらいからお母さんに戻ってきて欲しい反面、すごく怒られちゃうんだろうなって思っていた。

それはゆー君も同じことだったみたい。

 

後はゆー君が無事に降りてくることが出来れば、またさっきまでのようにボールを使って遊べる。

そして悪い事だけどお母さんが戻ってきたらいい子だったねと褒めてもらおう。

 

 

 

確か、その時だった。

 

 

 

「うわっ!」

 

ゆー君が足を滑らせてしまったのは。

降りてきている途中だったけど、それでも私たちが見上げるような高さに彼はいたはず。

なのに一瞬にして彼の姿が近くなっていく。

 

私たちは急な出来事過ぎてズドン、と鈍い音を立てて落ちてくるゆー君に何もしてあげることが出来なかった。

 

「ゆーくんっ!」

 

こんな事になってしまうなんて、考えてもいなかった。

ううう、と低く唸る彼を、私は大声で喚きながら揺すった。

 

もしかしたら死んじゃうのかも。

今となればそんな事あるわけないじゃん、って思うけど当時の私には、そして当時の状況からは本当にそう思った。

 

 

数分後、どこかでバッタリ会ったのだろうゆー君のお母さんと私のお母さんが公園までやってきた。

ここから先は、ただただ私が大声を出して泣いていた事しか覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

私とあっちゃんと、お母さんはある場所に向かって歩いていた。

私たちが今まで来たことのない遠い場所だという事ぐらいは歩きながらでも分かった。

 

ゆー君が木から落ちてしまった日と違って、この日はボールではなく、箱を抱えて持っていた。

この箱にはお菓子が入っているらしい。お母さんがそう言っていた。

 

見たことのない場所。見たことのない建物。

そして見慣れない地形と見たことのない大人たち。

 

何分歩いたのか分からないけど、ようやく目的地に着いたみたい。

お母さんがインターホンを鳴らした。

 

すぐにドアが開いた。

今日初めて見たことのある大人の人を見つけた。

 

「ゆーくんのおかあさん……こんにちは」

 

ゆー君のお母さんは明るい声でいらっしゃい、と言ってくれたけど私はいつものように元気よくこんにちは、とは言えなかった。

 

お母さんにそそのかされて、胸に抱えていた箱をゆー君のお母さんに渡した。

私のお母さんとゆー君のお母さんが何やら話していたけど、当時の私には難しい会話だったように聞こえた。

 

私は服のポケットに手を突っ込む。

やっぱり、辞めた方が良いのかな。

 

「ねえ、香澄ちゃん」

 

ゆー君のお母さんが私の視線に合わせてしゃがんでくれて、優しく話しかけてくれた。

私は目を点にしながらパチクリと瞬きをした。何を言われるのか分からなかったから。

 

「悠仁に、会いたい?」

 

私の頭の上にビックリの記号が浮いたんじゃないかと言うくらい驚いた。

そして思わず顔を縦に振った。

 

家に上がらせてもらって、リビングに着くとゆー君がいた。

いつもとあまり変わりないけど、右足にはグルングルンに巻かれた包帯。

 

「……ゆーくん、あるけるの?」

「おいしゃさんはあるけるけど、ときどきいたくなるっていってた」

「ときどき?」

「うん。ぼくがいきていくじんせいでずっと、なんだって」

 

ゆー君は柔らかい表情で言った。

私がゆー君だったら、絶対にこんな笑顔で言えないよ、そんな事。

 

当時の私でも分かった事は、ゆー君の家から私たちが良く行く公園は遠い事と、ゆー君は足が痛いという事。

もう二度と会えなくなるんだ、ゆー君と。

 

泣きたくなったし、ゆー君をぎゅっとしたかった。

 

「ゆーくん。これ、あげる。ボールをとってくれたおれい」

「ありがとう!なに、これ?」

「これはね……」

 

私がゆー君に会ったら渡そうとしていたものをポケットから取り出して彼に渡した。

ケガをさせてしまったゆー君に、もうケガをしてほしくなかったゆー君に。

私がお母さんと一緒に作ったもの。

 

「おまもり。ゆーくんがケガしないように」

「ずっと、だいじにする!」

 

ゆー君は私の作った赤いお守りを受け取って大事そうに手に取った。

お母さんはそろそろ帰りましょ、と言ったので私とあっちゃんも帰ることにした。

 

ゆー君は歩けないから、玄関ではなくリビングでお別れ。

私の顔は沈んだままだった。やっぱりゆー君の足に巻かれた包帯がすごくて、それほど大変な事を私はやってしまったのだと思ってしまうから。

 

私が、無理してボールを空高くまで投げなかったらゆー君はケガしなかったのだから。

 

「香澄ちゃん、元気だして。悠仁も強がってるけど、あの後香澄ちゃんたちが居なくなってから大声で泣いたのよ?『いたいよ、いたいよー』って」

「おかあさん!」

 

ゆー君のお母さんの言葉は今思えば、元気のない私を励まそうとしてくれたのだって分かる。

当時の私は、やっぱり泣くほど痛かったんだって改めて思わされたんです。

この時ゆー君の顔が真っ赤になっていたのは私たちの前では強がっていた事をばらされて恥ずかしかったのだろう。

 

「かすみちゃん!」

「ゆーくん……」

「またね!」

 

ゆー君は元気にまたねと言ってくれた。

私は最後くらいは、と笑顔を作ってゆー君の方を向いた。

 

「ばいばい、ゆーくん」

 

私は敢えて「ばいばい」と言った。

もう私はゆー君に会ったらいけないんだ。だからまたねではなくて、ばいばいなんだ。

 

そしたらゆー君はこんな事を言った。

 

「こんどはぼくがかすみちゃんにあいにいくね!」

 

このあかいおまもりをもって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから10年くらい経って、本当に悠仁先輩と出会えた。

昔の約束だから忘れているかもだけど。

 

もし悠仁先輩があの時のお守りを持って、また会ってくれたら、それはとても素敵な事だよね。

 

 




@komugikonana

次話は1月31日(日)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてくださいね。作者ページからもサクッと飛べますよ!

~次回予告~

「今日のところはこんなもんかな」

勢いよく椅子の背もたれに体重を預けてうーん、と背伸びをする。
長年使ってきたこの椅子もギシギシと文句は言うものの、しっかりと僕を支えてくれる。

テレビを付ければほとんどはクリスマス特集がほとんどで、普通なら年末で残すところわずかの今年を気ままに、浮ついた心のまま過ごす時期だろう。
僕だって年末年始は面白い番組があったり、母さんが張り切って料理を振舞ってくれたりといつもなら気楽な気持ちで今を過ごしたい。

だけどそんな想いは今の自分にはない。
今年の自分には、と言い換えた方が良いかもしれないけど。
「でも大丈夫。今まで頑張れたのも彼女の……」

お陰だから、と口にしようとした瞬間に僕の携帯が音を立てた。
相手はどうやらその彼女みたいで、タイミングが完璧だなぁ、と微笑みながら通話を開始する。

今日の彼女はきっと。



では、次話までまったり待ってあげてください。
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