「今日のところはこんなもんかな」
勢いよく椅子の背もたれに体重を預けてうーん、と背伸びをする。
長年使ってきたこの椅子もギシギシと文句は言うものの、しっかりと僕を支えてくれる。
テレビを付ければほとんどはクリスマス特集がほとんどで、普通なら年末で残すところわずかの今年を気ままに、浮ついた心のまま過ごす時期だろう。
僕だって年末年始は面白い番組があったり、母さんが張り切って料理を振舞ってくれたりといつもなら気楽な気持ちで今を過ごしたい。
だけどそんな想いは今の自分にはない。
今年の自分には、と言い換えた方が良いかもしれないけど。
「年が明けたらもうすぐ本番なんだよな……」
ペンをクルクルと回しながら今まで解いていた問題集を見つめると、自然と言葉が出てしまった。
最近は一人で勉強している事が多いし、アルバイトで余計なストレスを抱えているという事も相俟って独り言が増えたような気がする。
「でも大丈夫。今まで頑張れたのも彼女の……」
お陰だから、と口にしようとした瞬間に僕の携帯が音を立てた。
相手はどうやらその彼女みたいで、タイミングが完璧だなぁ、と微笑みながら通話を開始する。
今日の彼女はきっと。
「もしもし?」
「悠仁先輩っ! えっと……今、勉強大丈夫ですか」
「大丈夫だよ、戸山さん」
「むぅ……」
電話越しでも戸山さんが頬を膨らませている事が想像できて、いけない事だけど、僕は少し笑ってしまった。
可愛いというか、憎めないというか、愛おしいというか分からないけど勝手に僕の心が満たされて自然と笑みがこぼれてしまうんだ。
「ごめんごめん。香澄ちゃん」
「はいっ!」
ぱあ、と表情が明るくなったかのような声で反応する戸山さん。いや、香澄ちゃん。
最近は香澄ちゃんと呼ばないと反応してくれなかったりする。そのプイッとした仕草も僕の心をくすぐる。
「ついに明日だね。今からでも楽しみだよ」
「えへへ。ぜーったい、キラキラしたライブになりますよっ!」
「香澄ちゃん、緊張してない?」
思わず口にしてしまった「緊張」と言う言葉を言ってしまって、僕は少し息が詰まったかのような声を出してしまった。
今まで何度もライブをしてきているから、もしかしたら僕の気持ちは杞憂かもしれない。
でも人間だったら全く緊張しない事とか無いだろうし、本番前に言ってしまったら余計プレッシャーが付きまとってしまうのではないだろうか。
「やっぱり、分かりますか?」
「ごめん、余計緊張させてしまったかな」
「ううん、そんな事ないですっ!」
香澄ちゃんは僕より年下だけど、僕より何歩も先に行ってるような感じがした。
そう思うのも無理はないのかもしれない。
普通の人間だったら人前で技術を披露する機会なんて無いし、戸山さんに限ってはその技術を販売までしてる。
今回のライブだって、来場にお金がかかる。僕もアルバイトをして時々感じることでもあるのだけど相手からお金を貰って商売するという事は日常に紛れて忘れがちだけどすごく責任のあること。
サービスの対価がお金。
僕がもし何か出来る能力があって、それをお金に換算した場合、いくらの値が付くのかな。
「あ、悠仁先輩は明日のライブ、無料で入れますから」
「えっ!? そうなの?」
「はいっ! 私が招待しましたからっ!」
きっと電話越しでも、えっへんと胸を張っていそうな声で香澄ちゃんは言ってくれた。
お金がかからない事は喜ばしい事なんだけど、どうしてか罪悪感もひしひしと感じた。
人の心と言うのかな、みんながやっているのに自分は免除されることによる申し訳なさと言うのかな。
「ちょっとくらいはお金、払わせてほしいかな」
「だめですっ! 好意に甘えちゃってください!」
そこまで言われると折れてしまう僕は、もしかしたら典型的な日本人思考なのかもしれない。
もちろんそれが悪い事ではないのだけれど。
ただ曲を聞いてすごかったね、と伝えるだけでは何だか申し訳ない。
ライブが終わったら何か飲み物でも奢ってあげようかな。他にも食べたいものがあったら何でも。
「それと悠仁先輩。お願いがあるんですけど、良いですか?」
僕は何も考えず、ただもちろんと言う言葉を彼女に投げかけた。
香澄ちゃんからのお願いだったら何でも叶えてあげたくなるのは昔から変わらないのかもしれない。
そう思わせるのは、ただ僕が香澄ちゃんの笑顔を見たいというたった一つの単純な想いなんだ。
香澄ちゃんの笑顔が好きなんだよね、僕は。
今もその想いを心の手でふんわりと包み込みながら香澄ちゃんのお願いを待つ。
耳を澄ませば彼女の吐息が時折聞こえてきて、耳元でコソコソと秘密を共有している時のような感情が僕の鼓動を熱くさせる。
「明日、私と一緒にライブハウスまで行ってくれませんか?」
「香澄ちゃんさえ良ければ、一緒に行こうよ」
「ありがとうございますっ!」
電話だから香澄ちゃんの表情は分からない。
分からないけど、僕の心が満たされていくのを感じた。
その後はちょっとだけ他愛もない話をしたくらいで通話は終了した。
明日はライブ当日だから夜遅くまで香澄ちゃんを付き合わせてはいけないし、僕も明日は思いっきり楽しむつもりだから明日に備えて眠らなきゃ。
普段ならまだ起きている時間だけど、部屋の照明を一気に消す。
さっきまで目がチカチカとするほどの明るさだった僕の部屋に、突然の暗闇がドサリと覆いかぶさる。
そんな状況の中、ベッドに全体重を預けてコロンと転ぶ。
そのまま目を閉じれば、不思議と空をプカプカと浮かんでいるような感覚になる。
「受験が終わったら……」
香澄ちゃんに告白をしよう。
ちゃんと彼女の目を見て、好きです、なんて平凡でも味気ない言葉でも良いから伝えよう。
僕は好きなおかずとかデザートはすぐに食べてしまうタイプなんだけど、恋はどうやら違うらしい。
高校3年生にもなって初めて知る僕の内面に口を緩ませる。
もしフラれてしまったら、なんて考えたくないけど考えてしまうのがなんだか僕らしい。
今の関係が崩れてしまうかもしれないよ、とあまり聞いても気持ちが良くならない囁きもどこかから聞こえたりもする。
だからこそ、告白は後回しなのかもしれない。
後回しが悪い事ではない。とっておきは最後にとって置くのがアニメのヒーローではお約束だしね。
「うーん、なかなか寝れないなあ」
右に左にと寝返りをしては、寝やすい体勢を探るけど、意識を手放すのはもう少し先になりそうだ。
こんな時に僕はいつも小さな音量で音楽を鳴らすようにしている。
そのまま寝落ちしてしまうと朝まで音楽が鳴りっぱなしなのが悩みの種なんだけど、心がゆったりとして、うーんと背伸びをした時のような心地のよさが身体を包み込んでくれるからこの習慣は辞められない。
「せっかくだし、明日の予習をしながら寝ようかな」
携帯で香澄ちゃんたちのバンドが出しているアルバム音源を流す。
こうやって寝るまで音楽を流す習慣の影響で、音楽を聴くと反射的になんだか眠たくなってくる。
明日のライブで眠たくなってしまわないか、とほんの一握りの不安が頭をよぎった。
でも音源と実際の音では別物だし、大丈夫だろう。
そう思うと、僕の身体から疲れがプクッと泡のようになって弾けていくような感覚になってきた。
もうすぐでぐっすりと眠れそうだ。
そんな状況の中、僕の耳は香澄ちゃんたちの曲で一番好きな曲のイントロを招き入れた。
もうすぐ好きなフレーズが流れてくるんだけどなぁ。
それは明日のお楽しみになりそうだ。
明日は香澄ちゃんたちが目の前で、歌ってくれるのかな。
@komugikonana
次話は2月7日(日)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!
~高評価を付けて頂いた方をご紹介~
評価9と言う高評価を付けて頂きました アイス52さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします。
~次回予告~
この年になって一度も行った事のないライブ。一体どんな服装で行けば大丈夫なのだろうか。
動きやすい服装が良い感じはするけど、行きは戸山さんと一緒に向かうから最低限のオシャレはしたいって心がわがままを言っている。
別に香澄ちゃんの前で格好つけても印象は変わらないって、と何度も心に問いかけてもかっこよく見られたいじゃん、と返事が帰って来て思わず右手で頭をワサワサと掻いた。
瞬間、部屋のドアがトントンと鳴らされる。
「なんで母さんがいるの!?」
「なんでって言われても、ここは家なんだからいるのは当たり前でしょ」
次回、「ライブ当日、僕と母さん」
では、次話までまったり待ってあげてください。