今を繋ぐ赤いお守り   作:小麦 こな

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ライブ当日、僕と母さん

布団の中にいるのにつま先がヒヤッとした感じがして、目が覚めた。

久しぶりにアラームを設定しなかった僕は、部屋が冬の日差しで明るくなっているのに無意識にもう一度目を閉じたくなる。

 

寝起きのぼやけた視界で時計を見ると、すでに10時を過ぎていた。

単純計算で11時間寝ていたことに気付いた時に、寝起きの身体がやけに重たい事の理由が分かった。

 

「無意識のうちに疲れてたんだろうな」

 

ため息と同時に零れた僕の呟き。

誰にも聞かれないで良かった、なんて思ってしまう。やはり周りの声と同じで受験勉強とバイトの掛け持ちは負担がかかってしまっている事を自白したようなものだから。

 

母さんや坂本には全然平気だから、とか言っておいて、今の弱音を聞かれたらなんて言われるか。

 

「でも、この疲れも今日でぶっ飛ばしてくれるよね?」

 

透き通った青空と二階から見下ろす見慣れた道を見ながら、僕はまるで誰かに語り掛けた時のように呟いた。

例えのように言ったけど、実際僕は心の中である人を思い浮かべたのだから間違ってはいない。

 

 

すっかり重たくなってしまった身体をなんとか持ち上げて背伸びをする。

その時にどうしてかズキッと右の足首付近に鈍痛が走った。

 

いつもだったら顔をしかめて足首を抑えるのだけど、今日はなんだか懐かしい感じがしてフフッと笑ってしまった。

偶然起きたはずなのに、まるで必然的なタイミングだなって思いながら。

 

まだ服に着替えるのも早いかな。

そう思いながらもクローゼットの前まで自然と足が僕を向かわせる。

 

この年になって一度も行った事のないライブ。一体どんな服装で行けば大丈夫なのだろうか。

動きやすい服装が良い感じはするけど、行きは戸山さんと一緒に向かうから最低限のオシャレはしたいって心がわがままを言っている。

 

別に香澄ちゃんの前で格好つけても印象は変わらないって、と何度も心に問いかけてもかっこよく見られたいじゃん、と返事が帰って来て思わず右手で頭をワサワサと掻いた。

 

 

瞬間、部屋のドアがトントンと鳴らされる。

なんで、と思うよりも前にドアが開かれた。

 

「お楽しみのところ申し訳ないんだけど、お邪魔するね」

「なんで母さんがいるの!?」

「なんでって言われても、ここは家なんだからいるのは当たり前でしょ」

 

別に母さんに部屋の中に入られてもまずい物とかは無いんだけど、何よりクローゼットの前でブツブツと呟きながら服を吟味している姿を見られたことが顔をどんどんと火照らせる。

 

そんな僕の姿を見て、笑いをこらえる母さん。

家族なのに変な事を言ってしまうけど、こうやってゆったりとした空間で母さんと会うのが久しぶりだった。

 

笑いをこらえる無邪気な母さんの顔を見るのは、もっと久しぶりに感じた。

 

「いつも頑張っているんだから、たまには息抜きも良いんじゃない?香澄ちゃんとデートかな?」

「デートじゃないって」

「香澄ちゃんと、は否定しないんだ」

「う、間違ってないから否定しないだけ。……それで、何か用でもあった?」

 

いじられた悔しさから反抗しようとしても、一癖も二癖もあるような客を接待している母さんに勝てる訳もないから無駄な抵抗はしない。

……と言う理由もあるんだけど、本当は、母さんにだけは嘘をつきたくないって理由もある。

 

「用事って訳じゃなくて、言いたいことがあったから」

「うん? それだったら携帯にメッセージを送ってくれたら良いのに」

「直接言った方が良い時もあるでしょ?」

 

母さんの言葉を聞いた時、急な飛び出しをしてきた自動車を目の当たりにしたように、心臓がグッと縮こまった。

昔、父さんが倒れてしまったと聞かされた時と、業況が一致してしまったからだと思う。

 

「何か、あったの?」

 

僕はクローゼットに掛けてある服から手を放して、恐る恐る聞き出す。

少しずつ足が震えているけど、平然を装ってヘラッとした顔をする。

 

だけど内心は全くそんな事なくて、心臓がギュッと縮こまりながらドクドクと鼓動を走らせていた。

 

母親はクスッと笑った。

きっと、俳優でも何でもない一般人の僕がする偽物の表情をすぐに見抜いてしまったのだろう。

だけど、笑う事はないじゃないかと目で訴える。

 

口には、言葉にはしないけど、僕の唯一の肉親なんだ。心配するのは当たり前だろう?

 

「そんな深刻な事じゃないよ。仕事、辞めるだけだから」

「仕事を、辞める?」

「そ。この前何気なく受けた健康診断で引っかかっちゃってさ。それに年頃の息子がいるのに仕事を掛け持ちして、夜の仕事までして、気を遣うでしょ?」

「……」

「現に、大学の学費の事を気にしてバイトしてるんでしょ?」

 

やっぱり母さんにはバレていたんだ。バイトをしているって。そしてそれを学費の一部に充てようと考えていた事まで。

やっぱり僕の母親だから、自分の子供の事が分かるんだな。

 

だけど一つだけ、間違ってるものもある。

 

「学費の事、じゃないよ。母さんが無理してるって知ってるから、ちょっとでも楽をさせたいって思ってバイトをしてるんだ。自分が学費を負担すれば、母さんも楽になれるはずだから」

 

こんな状況でも、面と向かって話すのは恥ずかしくて顔を下に向けてしまう。

受験勉強と言う自分との戦いの後にバイトをしている時でさえ、一日の疲れが塵のように積もって行ってしんどいのに、母さんは昼から日付が変わるくらいまで仕事をしている。しかも掛け持ちだ。

 

「……ありがと」

「それで、健康診断で引っかかったって……病気が、見つかったとか?」

「ポリープってやつ。私の場合はちょっと厄介なとこにあるのと、大きいから入院して手術しなきゃいけないんだって」

「そ、そっか」

 

僕が俯いていると、母さんは頭の上に手を置いて撫でてきた。

とても懐かしくて、恥ずかしくて。でも小さい頃の思い出のように小さくて柔らかな手では無くて、ガサガサとした野暮ったい手だった。

 

「大丈夫、死なないから」

「わ、分かってるよ!」

「それに学費も心配しなくて良い」

 

母さんはポケットから通帳を出して、僕の目の前でヒラヒラとさせた。

通帳の名義は僕の名前だったけど、僕が普段使用しているものではない。母さんが僕の教育費のために作って、コツコツ貯めていたのだろう。

 

「……と言っても、私立だと厳しいけどね」

「母さん……」

「子供のしたい事を全力で応援する。それが親ってもんでしょ? まぁ、私は頼りないダメな親だけどさ」

「そんな事、無かったよ」

「社会人になったら嫌でも働かなきゃいけないんだから、学生時代くらいはやりたいことを自由にやりなさい」

 

これは母さんなりのエールなのかもしれない。

バイトをすることが悪い事ではない。社会勉強にもなるから。

 

でも母さんが言いたいことはきっと違う。

しんどい思いをするぐらいだったらバイトはしない方が良い。それが社会勉強と言う名目から外れているのであれば。

バイトは「金を稼ぐ手段」じゃなくって、社会勉強の対価として「金が貰える」のだと。

 

母さんは部屋から出て行った。

僕はどうしてか涙が溢れてしまいそうになって、家にいる母さんにこんなところを見られたくないから急いで適当な服を見繕った。

 

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

リビングから母さんの声が聞こえた。

当たり前のやり取りなのに、今まで無かったこの感覚。

 

「母さん、今まで迷惑かけてごめん! ありがとう」

 

そう僕は言い残して家を出た。

もうすでに僕の目からは涙が零れ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母さん、今まで迷惑かけてごめん! ありがとう」

 

悠仁がそう言ってから出掛けた。きっと香澄ちゃんとデートだろう。

私は夫の目の前に座って、夫に手を合わせた。

 

夫の遺影は優しく微笑んでいた。

 

私は耐え切れず、赤ワインを取り出した。

これは夫も大好きだった赤ワイン。朝からお酒を飲むなんて悪い事をしちゃうね。

 

ワイングラスを二つ、私と夫の前に置く。

 

「乾杯」

 

夫の遺影の前に置いたワイングラスと私のグラスを近づけてチンと鳴らしてグッと飲む。

そしてこらえる必要はなくなった。

 

そう思えば目から次々と涙が零れ落ちた。

こんな姿を悠仁の前で見られたら恥ずかしいから。夫の前でだけ、泣くって決めたから。

 

「私にあんな嬉しい言葉を掛けてくれるなんて思わなかった」

 

まだもうちょっと、貴方のいる世界に行くのは辞める。

悠仁と、息子の未来のパートナーが築く家庭を見て、それを聞かせてあげるから。

 

 

「立派になったね、悠仁」

 

 

 




@komugikonana

次話は2月14日(日)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~次回予告~

冷たい空気に澄み切った空。
口から出る吐息は白く、きれいな空と同調されて跡形もなくなる。

息を吐いて、冷たくなった部分を温めながら、ふと思う。

「ほんと大袈裟だけど、人生が変わった気がする」

この一年内に経験した様々な事で。

周りの事なんか本当どうでも良かった。
みんな未来の事に目を向けているけど、今起きている事の方が重要だと思ってた。
だから勉強なんてやる気にもならなくて。
たまたま通学路で女の子と出会って、良く分からないうちに親密になった。
無意識に彼女を傷つけ、追い込んでしまった。
だけどそんな出来事も何とかなった。
それから自分に素直になる事を彼女は教えてくれた。
自分がやりたいこと、したい事。もう一度僕に道案内をしてくれた。

そして今、僕はここにいる。
ズボンの右ポケットがポカポカと温かくなっている気がした。



次回より最終章、「今を繋ぐ赤いお守り」こうご期待!

では、次話までまったり待ってあげてください。
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