今を繋ぐ赤いお守り   作:小麦 こな

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今を繋ぐ赤いお守り①

冷たい空気に澄み切った空。

口から出る吐息は白く、きれいな空と同調されて跡形もなくなる。

 

黒色のパンツに紺色のパーカー、その上にキャメルのロングコート、小さいかばんを身に着けて街中を歩いていた。

勢いで家を飛び出したものの、香澄ちゃんとの約束の時間まではまだ時間がある。

 

基本的に総括すれば怠惰な生活をしていた僕にとって、こういう時はどう時間をつぶせばいいのか全く分からない。

夏ならば日陰を探して何かしら時間を潰すのだけど、今の季節は外にいるだけでも寒くて手の先が赤く冷たくなってくる。

 

息を吐いて、冷たくなった部分を温めながら、ふと思う。

 

「ほんと大袈裟だけど、人生が変わった気がする」

 

この一年内に経験した様々な事で。

 

周りの事なんか本当どうでも良かった。

みんな未来の事に目を向けているけど、今起きている事の方が重要だと思ってた。

だから勉強なんてやる気にもならなくて。

たまたま通学路で女の子と出会って、良く分からないうちに親密になった。

無意識に彼女を傷つけ、追い込んでしまった。

だけどそんな出来事も何とかなった。

それから自分に素直になる事を彼女は教えてくれた。

自分がやりたいこと、したい事。もう一度僕に道案内をしてくれた。

 

そして今、僕はここにいる。

ズボンの右ポケットがポカポカと温かくなっている気がした。

 

「それは大袈裟かもしれないですね、悠仁先輩」

 

クスッとした笑い声と共に、僕に話しかけてくる声が聞こえてドキッとした。

もちろん声が聞こえた方に目を向ければ香澄ちゃんがギターケースとケースみたいなものを手に持ってやって来ていた。

 

「まだ約束の時間じゃないのに」

「えへへ。悠仁先輩が張り切ってるから、私も早く来なくちゃと思ったんですっ!」

 

香澄ちゃんがニヤッとした顔をしながら携帯の画面を見せてくれた。

内容は僕の母さんとのやりとりで……。

 

「『悠仁が張り切ってもう行っちゃったので後はよろしくね』って……めんどくせぇ母さんだ」

 

無駄な時間を過ごさなくても良いからちょっとホッとしたのに、その安心感がすぐに違う感情に代わってしまうんだから世の中は面白く出来ている。

そもそもどうして香澄ちゃんが僕の母さんと連絡を取り合っているのか、どうやって連絡先を交換したのか疑問しかないけど、それも含めて面白い。

 

どんなことにでも感性を見いだせる生き方が、どんな人生よりも素敵な気がするから。

 

「悠仁先輩、行きましょう!」

「そうだね」

 

お互い顔を見合わせて笑った後、僕たちが行くべき先へと歩を進めていく。

どちらからともなく、お互いがお互いの手を求めた。

冷たくて、指先が赤い僕らの手。だけど重なり合った個所は確かにぽっかりとした温かさがあった。

 

「こんな時に聞くのは野暮かもしれないんだけど」

 

しばらく歩き続けて、良い感じの雰囲気が僕らを包み込んでくれている時に僕は口を開いた。

香澄ちゃんは僕の顔を覗き込みながら何ですか、と聞いてくる。

その丸っこくてきれいな瞳は僕の何とも言えない表情を綺麗に映していた。

 

「どうして今日は一緒に行こう、って誘ってくれたの?」

 

そんなのたまたまです、と言われれば納得せざるを得ないのに僕は香澄ちゃんに問いかけた。

 

「も、もちろん一緒に行こうって誘ってくれた事はとっても嬉しいから!」

 

でも後々考えてみると言い方が良くない気がしたから慌ててフォローをする。

僕の慌てている表情が面白いのか珍しいのか、香澄ちゃんは一瞬だけきょとんとした表情で僕を見つめていたけど、段々ふんわりとしたものに代わって笑みが溢れた。

 

繋がれた手がキュッとなって、親密度が増した。

 

「敢えて言うなら、ですけど……」

 

さっきまで繋がっていた手が離れてしまって、手がたくさんの冷たい空気に触れる。

香澄ちゃんは手を背中の方へ回しながらクルッと僕の方を見る。

 

ふわっとスカートが舞い上がり、とても無邪気な笑顔を浮かべている彼女の姿は、僕の目をくぎ付けにするには十分だった。

別にいやらしい意味じゃなく、素直に言うと見惚れたんだ。

 

「本番前に、悠仁先輩に、傍に居て欲しかったんです」

 

ほんのりと顔を赤らめつつ、だけどしっかりと自分の気持ちを伝えた香澄ちゃんはえへへ、と笑みを零した。

 

今のこの一瞬を映像で残すことが出来たらどれだけ素晴らしい事なんだろうって思った。

そんな時に限ってカメラとか持っていないから、僕はそう思った気持ちをポケットの中に大事にしまい込んだ。

 

「それと、悠仁先輩には無事にライブ会場に来て欲しかったから」

「まさか、僕が香澄ちゃんの約束を破るとでも思ってたの?」

「違います! ただ……」

「ただ……?」

「交通事故とかにあったら、と思うと」

「心配性だね」

「だ、だって、物事には絶対って無いんですからっ!」

 

香澄ちゃんの言う事は間違ってないし、誰しも「危うく」事故に遭いかけた経験がある人の方が多いんじゃないだろうか。たまたま運が良かったから回避できて「あぶねー」と呑気に言える。

 

それに僕は。

まだ僕たちは他人同士なのに、ここまで心配してくれることの方が嬉しかった。

僕と言う存在を大切に想ってくれている事が分かって嬉しかった。

 

だから僕は、香澄ちゃんの顔を見て、こんなことを言ってみた。

 

 

 

「大丈夫だよ、香澄ちゃん」

 

 

 

その時、香澄ちゃんの顔が一瞬にして固まった。さっきまで柔らかい笑顔を浮かべていたのに。

その後うるうるっと波が瞳に被さっていた。

 

まるで10年ぶりに幼馴染に会った時のような表情をしている彼女に僕は微笑みかける。

 

「悠仁先輩、もしかして……」

「うん? もしかしてって……?」

「いえ、何でもないですっ!」

 

さっきまで見ていたのは幻覚だと言わんばかりに目を手でゴシゴシと擦りながら、香澄ちゃんはさっきまでと同じような表情になった。

 

ただ、今の僕なら、香澄ちゃんが言おうとしていたことが分かる気がした。

もしかして……、に続く言葉を。

 

右ポケットが微かに震えた。

 

「無意識かもしれませんけど、そんな事言わないでくださいよっ!」

「どうして?」

「言わせないでくださいっ!」

「もしかしたら意識的にさっきの言葉、言っちゃったかも」

「もしそうだったら悠仁先輩の事、キライになりますから」

 

少しの間、沈黙が流れる。

僕はもちろんの事、香澄ちゃんも自分の発言をよく吟味した後に気付いてしまったのだろう。

 

僕は右頬を人差し指でさする。

香澄ちゃんは顔を赤くしながらチラッと何度も僕の顔色を伺う。

 

風は冷たいけれど、そこには確かに温かい空間が広がっていた。

この空間は僕にとっては心地の良くて、もし寝っ転がることが出来るのならずっと横になっていたいと思わせるくらいだった。

 

「悠仁先輩、早く行きましょ!」

 

少し歩くスピードをあげた香澄ちゃんは僕より数歩先に出る。

そうだねと言おうとしたけど、僕の右手は彼女の手と繋がった。まるで僕を引っ張るかのように。

 

僕はこの時、さっきの香澄ちゃんの言葉をそっくりそのまま言いたくなった。

もしそうだったら香澄ちゃんの事、キライになるからってね。

 

 

どうしてそう思ったのか。

それはね……。

 

 

「初めて会った時と同じだね」

「何か言いましたか?」

「ううん、気のせいだよ」

 

 




@komugikonana

次話は2月21日(日)の22:00に公開します。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!

~豆知識~
久しぶりに解説します。良ければ見てください。

・香澄ちゃんが交通事故を案ずる理由
→私の書いた過去作の影響です。3作目です。その作品のヒロインは香澄ちゃんと一緒に音楽をやっている子です。だから、きっとその子が言ったんでしょうね、一緒にライブ会場に行こうって誘えば?って。

・「大丈夫だよ、香澄ちゃん」
→これは過去編にも出ていたセリフです。幼少期の悠仁君が香澄ちゃんにボールを取りに行くときに言った言葉です。その後に続く香澄ちゃんの「もしかして」と言うセリフの続き、きっと皆さんも同じ感情かもしれないですね。

・「初めて会った時と同じだね」
→過去編で香澄ちゃんが初めて悠仁君に会った時。その時、香澄ちゃんは悠仁君の手を引っ張りながら砂場に行きました。


~次回予告~

香澄ちゃんと共に過ごす時間って、前にも言った覚えがあると思うのだけど、早く感じる。

特に今日は時間の流れがいつもより早く感じる。
今のところ、香澄ちゃんは僕の話に笑ってくれたりしていていつもと変わらない。

むしろいつもよりテンションが高いかもしれない。
「今からでもライブがしたいっ! もう待ちきれないよ!」

香澄ちゃんは早くライブがしたくて仕方がないらしい。
その時に僕は香澄ちゃんに抱いた気持ちは好きなんだ、と言う事だけだった。

音楽が好きなんだ。
一緒に演奏できるメンバーが好きなんだ。
バンドで音を奏でるのが好きなんだ。

僕は、その中の「好き」に入ることが出来るのだろうか。


では、次話までまったり待ってあげてください。
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