どこからともなく人がたくさん集まってきていることを僕はぼんやりとしか考えていなかったけど、一度目を擦ってもう一度考えてみれば、こんなにも人が集まるのかと言う違う感情が生まれる。
天気はそんな日を祝福するかのように綺麗な青空が広がっていた。
空を見上げながら僕は一回、息を吐く。
吐く息はもちろん白くて、今朝と同じように澄み切った空に舞い上がる。
もうすぐ、彼女たちのライブが始まる。
「楽しみで待ちきれねぇな!」
「まず……聞いても良いか?なんで
「そりゃああれだよ……それを答えるのは野暮ってもんだろ?」
いつの間にか僕を見つけた坂本が隣にいる。
久しぶりに会ったし、最後に会った時は模試の結果がヤバかったらしく今度こそ本気でやるわって言っていたのに。
「それに、もうすぐ日の目を浴びなくなるじゃん?」
「はあ?」
「ま、まっさんは分からなくても問題ねぇよ」
坂本が何を言っているのか全く分からなかった。
たまにだけど、坂本は何か知っているようなそぶりを匂わすような会話をする。
さながらゲームを始めたばっかりの時に仕様を説明してくれる村人Aのように。
僕からしたら坂本は主人公のような立ち位置に思えるけれど。
ちなみに僕たちの前にはステージが見える、すなわち一番前で香澄ちゃんたちのライブを目の当たりにすることが出来る。
本当は少し離れた場所でも良かったのだけど、坂本に引っ張られてここにいる。
「香澄ちゃんが出てきたら声かけるか」
「それ、必要?」
「人気のバンドなんかは出てくる時に声が上がるだろ?」
「たしかにそんなイメージはあるけど……」
「掛け声は『香澄ちゃん愛してるぅ』で決定だな」
何も決まってないわ、と言いながら坂本の頭をはたく。
そんなこと言ったら周りのファンにひどく冷たい目で見られるだろうし、過激派だったら拳が飛んでくるかもしれない。
それに、もしその言葉を口にするのであれば、二人きりの時に言いたい。
時刻がゆっくりと進んで行く。
僕たちの周りにいる観客たちは今かと待ちわびているみたいにソワソワとしている。
僕も坂本とバカみたいなやり取りをしているけれど、本当は今にも走り出してしまいそうな感情を必死に押さえつけている。
僕たちの気持ちが伝わったのか、香澄ちゃんたちが綺麗な衣装を身に纏って僕たちの前に登場してきた。
周りからは様々な歓声、そして香澄ちゃんたちの名前を呼ぶ人たち。
まさか登場するだけでこんなにも盛り上がるなんて思ってもいなかった。
前に立っている香澄ちゃんはどんな気持ちなのかな。
一番前だけれど、観客側から見ている僕でも変な汗が額から滲んでしまうほどドキドキしてる。
「なんでまっさんが緊張してんだよ」
坂本が横から腕を肩まで回してグイッとしてきた。
そりゃあ、
観客全員が期待している、このライブ。
お願いだから、成功してほしい。
そう思えば思うほど、額から汗がにじんで手に力が入ってしまう。
「……ま、まっさんの気持ちも分からなくもない」
「どういう事?」
「どうでも良いだろ? まぁ、香澄ちゃんを見てみろよ」
坂本に言われるがまま、恐る恐る香澄ちゃんの表情を覗き見た。
あまり良くは見えない。
「俺たちじゃあ、彼女の考えてる事なんて分からなぇけど……あの顔は最初から成功も失敗も考えてないだろう」
僕も、そう思った。
自分たちの今できる最高のパフォーマンス。それが出来れば結果は後から付いてくる。
そしてそれが自分たちには出来る。
そんな自信満々の表情をしていた。
そしてその凛々しい顔も、僕は好きになった。
「俺たちに出来ることは」
このライブを存分に楽しむ事!
珍しく僕と坂本の声が重なる。一言一句、声までも。
いつもだったら真似するなよ気持ち悪い、とか憎み口を叩くのだけど今日は違う。
今日ぐらいは、いた、最後くらいは。
こういうのも悪くないなって、思った。
「みなさーん、こんにちはーっ!」
香澄ちゃんが挨拶を始めるとともに曲のイントロを奏で始める。
観客たちは歓声をあげながら彼女たちの奏でる音楽を待ちけれないでいる。
曲が始まって、僕は口ずさみながら演奏を聞いていた。
今までCD音源しか聞いたことの無かった曲が生で聞ける。
何回も聞いたことがあるはずなのに、初めて聞くような感覚がやってくる。
その感覚は僕を引き離してはくれなかった。
気付いた時にはもう、1曲目はアウトロに差し掛かっていた。
「香澄ちゃんたち、すげぇな!」
「うん!」
今までたくさん勉強してきたのに、気の利いた感想すらも言えない。
でもそれで良いんだって思った。
僕が知っているどんな言葉でも表すことが出来ない位、彼女たちがすごいんだって。
1曲目が終わった後、ドラムのスティックの音と共に次の曲に入る。
感情が、心が、脳が、彼女たちの音を欲していた。
僕の体感ではあまり時間が経っていないような感じがするけど、さっきからずっと演奏している香澄ちゃんは汗を流している。
曲と曲の合間に水分補給はしているけれど、疲れは出てきている。
それでも歌声は最初から変わらないし、楽しそうな表情も変わらない。
もしかしたら最初よりも楽しそうに演奏している。
「次が最後の曲です」
水を飲み終わった香澄ちゃんが淡々と話す。
彼女の一言でライブ会場全体が静まり返る。僕たちと同じように盛り上がっていた風も静かになって、少しの物音でも聞こえそうな雰囲気。
彼女の表情を見ても、次が最後なんだと思わせた。
「実は、4月に、ある人と出会ったんです。10年ぶりくらいかな?」
なんだろう、この感覚。
観客のみんなはあまり良く分かっていないのか、それともこれもライブの演出の一つだと信じて耳を傾けているのか。
「その人は昔と変わらなかった。だけど、何か諦めていました。先を、未来を見ていても仕方がないって」
僕には、香澄ちゃんが誰の事を言っているのかが分かる。
心臓がドキン、とした。
「私の知らない間に、その人は辛い事を経験していました。私に相談してくれた時、その人は涙まで流して『もう一度頑張ってみても良いのかな』って言いました」
香澄ちゃんは間違いなく、僕の方を向いた。
僕も彼女を見つめ続けた。
ここで目を逸らしてしまったら、もう二度と取り返しのつかない事になると思ったから。
……大袈裟すぎる? たしかにそうかもしれない。
「その人は立派だから、一人でなんでも出来ちゃうんです。……ちょっと羨ましいかな」
えへへ、と照れながら香澄ちゃんは右頬を人差し指で触った。
「その人は今、ここに来てくれているんです。もしかしたら私が何を言っているのか分からないかもしれない……。私は応援することしかできないけど、最後にこの曲を送ります。私の気持ち、受け取ってください」
一度話し終わった後、スゥーっと息を吸い込む彼女。
その後に彼女の歌声と、それを支える綺麗なアルペジオが流れ始める。
香澄ちゃんたちのバンドで一番好きな曲が、こんな時に出会うなんて。
僕はこの時、心の中である決心が芽生えた。
走り始めたばかりのキミに。
@komugikonana
次話は3月7日(日)の22:00に公開します!
次話で最終話です。最後までお付き合いして頂けると嬉しいです。
新しくお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!
~作者からのお知らせ~
先ほど記載しましたが、「今を繋ぐ赤いお守り」は次回で完結します。
次回作は一切書けていませんので次回作は期間が空くことになります(半年くらい?)
約2年間定期投稿してきましたが、次回作以降は投稿出来なくなってしまう事、申し訳ございません。
次回作の進捗、短編などはTwitterにて公開する予定です。
~次回予告~
徐々に見慣れた光景になっていく。
当時幼かった自分を思い出しながら歩く夜道は、ちょっと寒かった。
思わずポケットに手を突っ込みながら歩く。
もし転んじゃったら大怪我だね、と幼い僕が話しかけてきているように感じた。
ベンチに座ると余計に寒く感じる。
夜も良いのだけれど、やっぱり夕焼けの滲んだ空を背景にしてこの場所に集まりたかったと思う。
座りながら携帯を触って時間を過ごす?
寒くてかじかんだ手を息で温める?
シチュエーションを考えて、セリフを用意しておく?
それとも楽しかった思い出に寄り添う?
「悠仁先輩」
では、次話までまったり待ってあげてください。