僕は、自分が一番大事だと思っている。
自分が楽しかったらそれで良いし、自分が後悔しなかったらそれで良い。
何でも他人と合わせて、自分が我慢しなくちゃいけない状況とかは大嫌いだ。
自分の人生は一度きりなんだから、自分を最優先に考えるのが一番大事だと思う。
この考えはもしかしたら批難を生むかもしれない。
自己中心的な奴だとか、悲しい人生を送っている可哀そうな奴だとか。
……知るかよ、そんなこと。
「あの……お騒がせして悪いけど、帰っていいかな?」
だから僕はこの言葉を躊躇なく出したんだ。
この場にいても知らない女の子の印象は悪くなる方向にしか行かないだろうし、僕だって楽しくない。
それだったら何か有意義な事に時間を使いたい。
そう思ってしまうのが僕と言う人間なんだ。
「このまま追い返したら私が悪者見たいだし……香澄の友達、なんだろ?だったら入っても良いよ」
「やったー!有咲だいすきーっ!」
「ちょっ!離れろー!」
ただ現実は僕が思っていた方向に傾くことは無かった。
もしかしたら僕の考えを改めるチャンスを神様が与えてくれているのか、と一瞬だけ思ったけどそんなバカみたいな考えはすぐにくしゃくしゃにしてゴミ箱の中に捨てた。
もし神様がいるのならば、目の前でこう言いつけてやる。
どうして僕にもっと早くあの事を教えてくれなかったんだ、って。
戸山さんと有咲さんの後をついて行って、有咲さんの家と思われる場所にお邪魔した。
もしかしたら有咲さんのご両親がいるかもしれないからお邪魔します、と言って靴を綺麗にそろえてから家の中に入った。
そのまま彼女たちは階段を下りて行って、地下室のような場所にたどり着いた。
この場所には楽器が置いてあって、バンドの練習がいつでも出来るような環境になっていたけど、この場所にいるのは僕と戸山さん、そして有咲さんの3人と寂しいものだった。
「悠仁先輩を呼んだのは、実は相談がしたかったからなんです」
「相談?……それはバンドに関係すること、だよね?」
「悠仁先輩にはすぐにばれちゃうなー」
僕は優しく戸山さんが分かりやすいからだよ、と笑顔をみせた。
正直、僕が戸山さんに何かアドバイスを出来るような経験をしているかと言われれば、していない。
それに他人の相談なんて適当にそれらしく聞こえるように言えば良いだけじゃないかとも思う。
それなのに戸山さんだけは。
どうしてだろう、真剣に答えてあげたくなるんだ。
「悠仁先輩、さーやの事、覚えていますか?」
「さーやさん……。ああ、パン屋さんで働いていたあの子か」
「さーやがね?最近元気がないんです。まるで大事な人が突然いなくなっちゃったような感じで……」
僕は少し胸がキュッと摘ままれたような感覚になってしまって、一度だけ深く息を吸った。
僕もこの年ですでに父親との別れを体験しているから、そういう話題には昔、心にできた傷がちょっとずつ染みるように広がっていくのが分かる。
「バンドに関係ない人にこんな相談をするのは申し訳ないんですけど、私たちだけでは難しくて……」
有咲さんは少し目を伏せながら、僕に申し訳なさそうな声を掛けてくれた。
確かに僕が戸山さんや有咲さん側の立場だったら、誰に相談して良いのか分からないし自分たちに何が出来るのかも分からない状態になるよね。
実際にさーやさんがどうして元気がなくなったかは分からないけど、こんなに一杯考えてくれる友達がいるのってすごい事かもしれない。
僕だったら誰がこんなに自分の事で考えてくれる他人がいるのだろうか。
恐らく誰もいないんじゃないかな。
それくらい今の僕はどうしようもない人間に成り下がっているはずだ。元から大した人間じゃないとは思うけどね。
「そばに、いてあげてる?」
僕は優しく、彼女たちに問いかけてみた。
彼女たちの目は、綺麗に僕の姿を映し出していると共に、自分たちの今までの行動を思い返しているような動きをしていた。
「辛い時って、誰かがそばにいてくれるだけで気が楽になるときがあるんだよ」
別に何があって落ち込んでいるのかなんて聞かなくても良い。
もし聞いたところで辛かったね、なんて言ったところでじゃあお前は何が分かるんだって思われてしまう事だってあるし、言い訳が出来てしまったりする。
ああ、やっぱり僕は戸山さんが羨ましい。
もっと早く戸山さんと出会っていたら、今頃僕は何をして、どんな学校生活を送っているのだろうか。
「さーやさんが君たちにとって大事な友達であるなら、そう思う気持ちと同じくらいの時間を一緒に過ごしてあげるのが一番いいと思うよ」
僕はゆっくりと口角をあげて、彼女たちに思っている事を話した。
ここで無意識に笑顔を作ったのは、さーやさんは僕みたいな道を歩むんじゃなくて戸山さんたちと同じ道を進んで行くって確信したから。
「今はもう時間が遅いから、明日から、抱き着くくらいベタベタしても良いんじゃない?」
戸山さんだったら間違いなくぎゅーっと抱き着きに行きそうな気がするなぁ、って思った。
そして同時にこんな事が昔あったっけ、となぜかこんなタイミングで過去の出来事を引っ張り出したかのような埃っぽいモヤモヤと共に頭の片隅から出てきた。
なんだっけ、たしかいつも帰り際になると腕をギューッとなったような感覚があったような気がする。
そしてこんなかわいい子供の声がよみがえる。
もうちょっとあそぼーよー
「やっぱり悠仁先輩に聞いて良かったっ!でも私、つい悠仁先輩に頼っちゃうな~」
「それで戸山さんが楽になれるなら、頼ったら良いよ。勉強だけはもうごめんだけどね」
「えーっ!?悠仁先輩の教え方、分かりやすかったのにー」
戸山さんがそれをきっかけに楽になれるのであれば、使える人間は使った方が良い。
それが僕であろうと、有咲さんであろうと。
結局、自分の保身が一番大切なんだから。
「そうか……悠仁さんに教えてもらったから香澄が良い点数取れたんだな。今、納得したわ」
「何が納得したの?有咲?」
有咲さんが自分で勝手に納得したから、戸山さんがあたふたしている。
僕は何の感情がこもっているのか分からない不思議な視線を送っている有咲さんの方を向く。だけど目は合わさなかった。
内心とは裏腹に高校生では、いや、就活生までの学生が好んでつける晴れやかな笑顔と言う名の仮面をサッとつけた。
それは相手が抱いてしまう悪印象を抑えるためでもあり、自分の保身のため。
「香澄は知らないかもしれないけど、悠仁さんの制服。
「えーっ!……ってその学校、有名なの?」
「はっきり言ったら超名門校だな」
だから僕は制服が嫌いなんだと心の中で悪態をついた。
「持ち上げても何も出ないよ。課題とか一切出さないし」
「せっかくの江大付属なのに、もったいなくないですか?」
有咲さんは何気なく言ったんだと思う。
いや、もしかしたら普通の感覚だったらやっぱりそう言いたくなるのかな。
もったいないって。
ふと気が付けば、僕の右人差し指は髪の毛をクルクルと巻いていた。
この癖があまり好きではない僕は、意識的に人差し指を髪の毛から離す。絡みついていた髪の毛が中々離れてくれなくて少し痛かった。
この痛みは、何の痛みなのだろう。
「ごめん有咲さん。お手洗い借りても良いかな?」
「あ、はい。あっちの方向に行けばあります」
ほんの少しで良いから、一人になって盛大にため息をつきたくなった。
ちょうどトイレも行きたくなっていたような気もするし、丁度いいからトイレを借りようって言う単純な気持ちだった。
ついでに頭にこべりついて離れない「もったいない」と言う言葉も一緒に流してしまおう。
こんな思いをあの人が知ったらどう思うのだろうって思うと嘲笑しか出てこなかった。
「むむむ……」
「どうした、香澄?」
「なんだろう?言葉では言いにくいけど、一つのピースにあったような気がする」
「はぁ?なんだよそれ」
@komugikonana
次話は5月24日(日)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからサクッと飛べますよ!
~次回予告~
「……あれ、鍵が開いてる?」
母親が施錠するのを忘れてしまったのだろうか。
誰だって失敗はあるし、僕なりに母さんが大変だって事は理解している。だけどもし悪い考えを持った奴が近くにいて僕たちの家にでも侵入されたらどうなるか分からないじゃないか。
すこしのため息をついてから家の中に入る。
だからいつもよりどんよりとしたただいま、が玄関に響き渡った。
「悠仁、おかえり。いつもこれくらいの時間に帰ってるの?」
「……なんだ、家にいるのか」
僕の声が聞こえたのだろう、ひょこっと母さんが顔を出しながらにっこりとしていた。
こんな時間に家にいるのはかなり珍しい。
では、次話までまったり待ってあげてください。