うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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三段リーグ最終局

第18局が始まり、とうとう対局を頭の中から放り出して三段リーグの行方を見守るようになった俺は、空さんと辛香さんの対局に集中する。この対局は、天井カメラで中継されることになっているな。空さんと辛香さん、どちらが昇段するかは、この対局にかかっている。今までの半年間が無駄に終わるか、プロ棋士になるか、二つに一つだ。

 

『辛香さんは負けても3敗で、2敗の椚が負ければ前期順位の差で辛香さんが3位。次点2回で昇段する可能性は残っています。1位の天衣が負けても1敗止まりになる以上、1敗の空さんが負けて助かるルートはありませんけどね』

(椚は最終局の相手を見るに、取り零さないだろ。10勝7敗で、勝ち越しも決まっている中位が相手だぞ)

『あ、そろそろ相手が指すと思うので対局場に戻った方が良いですよ』

(あ、はい。また1手だけ戻るか)

 

対局の方は、相手が指す瞬間に戻って指すというのを繰り返している。……なんかアイさん、人読みの精度も上がって無い?FPSで置きエイムするようになってから、いつ相手が指すかを読む能力も上がっている気がする。そして相手は勝手に絶望顔になってる。いや、勝手には言い過ぎたな。局面が既にこちら勝勢だし。

 

次の指し手を指して、また外出。今度は43分という長考をアイはしてくると読んだので、しばらく余裕はあるな。中継されている空さんと辛香さんの対局は、辛香さんが振り飛車の対抗形。若干、空さんの形の方が良いかな。

 

『空さんはソフト発祥の囲いを採用している一方、辛香さんは昭和の香りがする将棋ですよ』

(もうすぐ令和になるのに、将棋が古いわ。それでも中盤や終盤は、持ち前の粘り強さで勝って来たんだろうなぁ。

あ、そうだ。令和発表日に令和の字が印字されているボトルを用意して販売するか)

『新元号がマスターのせいで令和じゃなくなる可能性が発生するので止めて下さい』

(……あー。ギリギリで回避されるかもな。最後に残っていた候補って何だったか、引っ張り出せる?)

『引っ張り出したくないのですが……英弘、久化、広至、万和、万保の5つが候補ですね。全部作る気です?』

(宣伝効果は大きそうだから、多少無理しても用意するべきだろ)

 

アイと雑談しながら将棋の行方を見ていると、空さんがカメラに映らないよう、腕を動かしたのが影で確認出来る。たぶん今、辛香さんに写真を見せているシーンだな。空さんは幼い頃、病院で辛香さんと指している。原作通りなら、その写真を見せつけて番外戦術は効かないことを空さんが言い切る場面だな。

 

ここから辛香さんは、勝ちを放棄して攻め駒に使うはずだった金銀を自陣に打ち付ける。あ、これ長くなる奴だ。……まあ今日ぐらい、持ち時間は使って良いだろ。

 

『4七歩成』

(ハイハイ。指して来ます)

『どうせすぐに同銀と指すでしょうから、5八竜と指して下さい。それで投了してくれると思います』

 

そうは思っても、アイに急かされると指しに行かざるを得ない。対局場に戻り、さっさと4七歩成と指す。ここまで慢心していると二手指しとか起きそうだけど、起きないのがアイクオリティ。アイの予想通りの同銀だったので、竜を切って王手。これは同銀の一手だけど、銀が玉から離れたことで必至がかかるのか。

 

こちらの陣地には相手の駒が一切無いし、もはやワンサイドゲームより酷い有り様だ。案の定相手は投了したので、この後は普通感想戦に移行するけど、悪手は33手目の7五銀と47手目の同角ですと伝えてさっさと去る。そろそろ、天衣の対局も終わりそうだからな。

 

そして部屋から踏み出そうとした瞬間、下から騒ぎ声が聞こえ、歓声で建物全体が揺れる。……こりゃ、天衣が全勝で三段リーグを駆け抜けたな。全勝自体は俺が既に成し遂げているから希少価値が薄れたけど、それでも女性でかつ小学生だ。マスコミが騒がないわけない。

 

下へ降りようとすると、辛香さんが「今は2人にさせてやれ」と言ってニコニコしながら若い奨励会員を追い出していた。ああ、九頭竜は対局とか無かったし、今日は東京に来てずっとスタンバイしていたのか。辛香さんは上にいる俺に気付いてないようなので、ここから見物していよう。

 

『1番頑張った天衣の元へ駆けつけなくても良いんですか?』

(たぶん今は記者会見で忙しいだろうから、近づかない方が良いだろ。あと素直にこっちを見ておきたい)

 

辛香さんが去り、残された九頭竜の元へ、近づいて行くのはフラフラしている空さん。やがて2人は抱き合って、告白とその返事をする。この感じを見るに、空さんが勝って辛香さんが落ちたか。原作でピエロとか言われてたけど、自分が落ちたのにあれほど良い笑顔が出来るのか。

 

……まさか。

 

抱き合って2人の世界に入っている九頭竜と空さんをスマホで撮ってから、足音を消して下の階へ降りる。そこで会った職員さんに話を聞き、今回の三段リーグでは3人の昇段者が出たことを教えて貰った。18勝0敗で1位通過をした天衣と、17勝1敗で2位通過を果たした空さん。そして最後に15勝3敗で3位の次点を取り、前期と合わせて次点2回で昇段となった辛香さんの3人だ。

 

『まさか本当に、椚が最終局で負けたんですか。確かに第17局で格下に見ていた相手に負けて、自力昇段どころか他力昇段まで消えて、精神的に折れてもおかしくはありませんでしたが、重症ですね』

(まあ原作でも脆い部分は見せていたけど、2期続けて15勝3敗で次点すら付かないのは不憫過ぎる。普通なら15勝3敗って、1位通過でもおかしくない成績だからな)

『主にマスターのせいですが、そこはどうお考えで?』

(……正直すまんかった。いやでも来期はもうライバル候補がいないに等しいし、流石に昇段はするだろ)

 

その後、大方の予想通り昇段者はまるで天衣と空さんの2人であるかのような写真が量産された。原作とは違い、肋骨を折って血は吐かなかった空さんは、普通に記者会見に出れたのだ。去年の女王戦の時も思ったけど、天衣と空さんのツーショットは中々様になる。

 

そして、今年の女王戦の挑戦者は祭神に決まった。17勝1敗で三段リーグを抜けた空さんを相手に、真っ向からの捌き合いで優勢を保ち続けての勝利。ぶっちゃけ三段リーグの方へ影響するかと思ったけど、空さんは三段リーグ優先の思考だったか。

 

天衣と祭神の女王戦は、どちらが勝つのか微妙だな。帝位リーグで祭神は今のところ3戦3敗だけど、相手が俺、名人、歩夢だったから仕方ない。……最新の祭神の棋譜を見る限り、A級棋士一歩手前の実力は十分にある。天衣がこれからプロ棋士の世界で通用するか、一つの指標にもなるだろう。

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