うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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短距離走

賢王戦は九頭竜との七番勝負になったが、今年から持ち時間が変動することになった。まだ出来立てのタイトルだから仕方ないと言え、普通のタイトルホルダーだったら振り回されていたと思う。肝心の持ち時間は、第1局と第2局が1時間、第3局と第4局が3時間、第5局と第6局が5時間、第7局が6時間とのこと。

 

ぶっちゃけ、俺にとっては都合が良い変更なので文句は言わない。最初の4局に関しては、持ち時間が短くなっているわけだし、それだけ早く帰れるということでもある。まあスポンサーが変わり種大好きなニコニコ動画だし、こうなるのは予想出来た。

 

『持ち時間1時間は、普通のプロ棋士にとってかなり短い部類ですけどね。長時間の対局が長距離走なら、短距離走のようなものです。完全にマスターに合わせた形でしょう』

(賢王戦=俺みたいな風潮は出来ているしな。初タイトルは棋帝なんだけど、その印象が薄い)

 

賢王戦は去年から七大タイトルに加わり、八大タイトルになった。その都合上、俺の初タイトルは棋帝になる。賢王戦は将棋界で、1番歴史が浅いタイトル戦だと言っても良い。元々、電脳戦の前座として作られたようなものだからな。

 

ちなみに賢王戦はまだ永世称号の条件も定まってない。話を聞く限りだと連続5期か通算10期とのことだけど、まだ未定。ついでに来季から女流棋士代表やアマ代表も予選に参加するようで、もしかしたらここでも祭神が勝ち上がる姿は見られるかもしれない。

 

そして迎えた賢王戦の第1局と第2局の日。まず第1局は俺の先手番で始まり、持ち時間1時間ということで超早指しの対局は、俺が向飛車を採用して対抗形になった。……九頭竜は、俺が振り飛車をしているのに矢倉をするのか?平矢倉ならまだ分からないことも無いけど、何か違和感を感じる。

 

『交代です。向こうの端攻めが受からなくなりますよ』

(はあ?9筋の端攻めとか怖くないし、1筋は……)

『2四銀、3三角、3一玉で端攻め準備が出来ます。後は端攻めを開始した後、機を見て1二飛でしょうね』

(……飛車が8筋から1筋まで移動するのか。凝り固まっている視点からは見えない手だな)

 

その違和感に俺は気付けなかったので、仕方なくアイとバトンタッチ。まあ九頭竜相手に勝つのは無理ゲーだったな。A級棋士に交ざっても飛び抜けた強さだし、恐らくこの将棋も対アイのために練られた戦い方だろう。

 

というか最初、九頭竜が「弱い方か」って言ったのが凄く気になる。そんなに俺とアイの将棋は違うか?序盤なら、そう大差はないと思うんだが?

 

第1局は、交代しても九頭竜の端攻めの開始を防ぐことは出来なかったけど、その端攻めをピッタリと受けきるアイは流石だと思う。駒の損得は無いし、相手の銀と歩が駒台に乗った分は相手の銀が捌けたと言えるけど、そのために陣形を少し崩しているのだから形勢に大差はない。そしてその後、崩れた陣形を容赦なく攻めるアイさん。マジで容赦がないから九頭竜の顔が歪む歪む。

 

……もしもこの七番勝負に俺が負けたら、九頭竜三冠が誕生するんだよな。一応この人、俺と同い年だから原作の魔王呼ばわりは納得だし、何なら今も魔王呼ばわりはされている。序盤中盤終盤と、隙らしい隙が見当たらない。

 

最終的には、九頭竜の寄せを躱してキッチリと寄せたアイの勝利。賢王戦では第1局と第2局を同日に行なうけど、若干疲れが見えていた九頭竜は第2局、せっかくの先手番でミスをして中盤で崩れる。結局、九頭竜は今日2連敗した。まあ持ち時間が短いし、ミスをするのはしゃーない。俺でもしそうなミスだったし。

 

『というより高段棋士ほどミスしやすい私の罠を、指した瞬間に気付いて「しまった」って顔をするのは凄いですよ』

(あれまだ手を離してなかったから、指し直しは出来たんだよな。生中継されているから戻すことは出来なかったんだろうけど)

『そもそも、あのミスが無くても私の圧倒的勝利は揺るぎませんでした』

(はいはい、それは分かってますよ。あの時点でソフトの評価値は+600ぐらいあったしな)

 

賢王戦の第1局と第2局が行なわれた裏で、天衣の初対局が行なわれている。プロ棋士としてデビューを果たした天衣は、同時に女流棋士にもなったけど、そのせいで対局数が倍増。4月に入ってから、女流棋士としての対局しか今まで無かったけど、今日はプロ棋士として公式戦初対局の日。

 

棋帝戦の一次予選で、今はB級の棋士と対決している。

 

『これは2局目ですね。まさか公式戦初対局のすぐ後に、2局目が入るとは思いませんでしたね』

(女流棋士としての対局も詰まっているからしゃーない。というか、デビュー戦は普通に勝ってるのか)

『この対局も、勝ちそうですね。デビューから何連勝するつもりでしょうか』

(これ、デビュー以来29連勝した記録は塗り替えられる可能性ある?というか女流棋戦の対局も含めれば、塗り替えられる可能性はかなり高いんじゃ……)

『むしろ女流棋戦を含めれば、祭神との女王戦がもうすぐなので連勝出来ない可能性が高まります』

 

予定が詰まっている上、棋帝戦の一次予選の持ち時間は1時間で日に2局を行なうことも珍しいことでは無いので小学生の天衣にとっては辛いスケジュールだけど、一局目は無事に勝って2局目ももう勝ちが決まっている。これは鮮烈なデビューだな。空さんが同じ棋帝戦の一次予選で前日に負けていたので不安だったけど、天衣は2連勝か。

 

2局目が終わって、出て来た天衣は俺に向かってVサインを送り「勝ったわよ」と言う。若干、疲れ気味だな。流石に公式戦初試合で、マスコミに囲まれた中指すのは天衣でも疲れるか。……マスコミはデバフのように見えて、実のところ相手にとってのデバフにもなるから慣れれば相対的バフになる。

 

プロ棋士の数は多いけど、タイトル戦に絡んで来る棋士というのは本当に極一握りだ。その他大勢の棋士は、タイトル戦のようにマスコミが集中するような対局の経験というのがあまり無い。しかし天衣は既にタイトル戦も経験しているし、相手よりかは慣れている、という状況が多いと思う。プロ棋士になりたてのこの頃は、まだ強い相手とそんなに当たらないし。

 

……ただまあ、スケジュールが俺以上に厳しいことになりそうだな。女流棋戦の方は全部勝ち進むだろうし、対局数は凄まじいことになりそう。ある程度は、取捨選択が必要になりそうだ。そうじゃないと流石に身体壊すわ。まだプロ棋士としての序列が1番下だから、二次予選に勝ち進むと東京での対局が多くなってしまうし、色々と辛そう。


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