うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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二手差

今年も電脳戦の季節がやって来て、今年の電脳戦の第1局は将棋の街、山形県の天童市にある温泉で行なわれる。大阪から山形まで移動するのは普通に辛い。新幹線で片道5時間はわりと拷問。タイトル戦が増えたらこういうことも増えるし、海外でのタイトル戦も最近は多いから移動時間が辛い。

 

(飛行機使った方が良かったなこれ)

『新幹線よりも、飛行機の方が断然速いですからね。大阪から東北は遠いです』

「……私は別に、晶の運転する車でも良かったのだけど」

「車だと北陸道をかっ飛ばしても8時間はかかるぞ。いやまあ運転しないなら横になれる分は車の方が良いけど」

 

飛行機や新幹線で移動する対局者には、ビジネスクラスやグリーン車が用意されるけどその他関係者は普通の席というのが多い。でも今回はもう1人分のグリーン車のチケットが用意されていたので、天衣を誘って移動した。なお前後の席には夜叉神家の人間が普通に陣取っていた模様。ついてきていた晶さんが何も言わずにすんなりと前の席に座ったのはわりと怖かった。

 

そんな移動を経て着いた将棋の街こと天童市は、至る所で将棋の駒が飾られており、人間将棋が行なわれる事でも有名だ。特産品である将棋の駒は、一般人にとって信じられない高値のものもあるけど、安くて質の良い駒も多く売っている。

 

「今日は、お仕事もあるのよね?」

「飾り駒に掘る字を提出するだけだけどな。せっかくだから『天』にしたわ」

 

また、天童市は指すための駒だけじゃなくて飾るための駒も作っている。売り上げ的にはこっちも本命だ。街の将棋道場とかに行くと、大きな駒の置物があると思うけど、大体はここで作られている。飾り駒に書いてある字は玉将や馬を逆さまにした左馬が多いけど、プロ棋士の書く字を掘って売ることもある。

 

俺が書いた字もそのまま掘ってくれるようなので、極力丁寧に書いた紙を提出。……1つ1万円ぐらいになる予定だけど、どういった層が買うんだろうな?天衣は父親の駒のことが頭をよぎったのか、掘っている職人さんの姿を神妙な顔で見つめている。

 

「……人の字が、そのまま駒になるのは凄いことだと思うわ」

「そのまま駒にすることが、職人の凄さでもあるし、技でもある。……自分の書いた字が駒になって販売されるのは、かなり恥ずかしいけどな」

「扇子や署名とは違うの?」

「より後世に残りやすいだろ。まあ、気持ちの問題だよ」

 

昨今は職人の減少や出荷額の減少が問題視されていたけど、ふるさと納税で好きな文字が書かれた駒をキーホルダーとして貰えるようになってから、斜陽という感じがしない程度には明るい。ついでとばかりに天衣と書かれた駒のキーホルダーを作って貰ったけど、結構喜んでいたのでこういう所は天衣の子供っぽい所だと思う。

 

 

 

そして天童市の観光が終わった次の日、電脳戦でソフトとの一騎打ちが始まる。アイの先手番で始まった将棋は、後手のソフトがゴキゲン中飛車を採用する展開になった。最近のソフトはもうゴキゲン中飛車なんて評価してないと思っていたけど、このソフトはかなり風変わりというか、人間に近い。

 

『……3六歩』

(お?超速3七銀するの?)

『これが今のところ1番速いんですから、そりゃ指しますよ』

(へー。……何か人類の可能性を見た気がした)

『まだ序盤なんですから、人類の考えと一致するのも当然出てきます』

 

その後は中飛車に対して居飛車のアイは6六銀と4六銀という二枚銀の形を作り、飛車先の歩を突いて攻めを開始する。たぶん、アイの頭の中では既に優勢なんだろうな。まだ俺には互角に見えるけど。この口調の軽さは結構なリードを既にしている。

 

『2二歩』

(銀を捨てるのか?)

『桂馬取ってと金が出来るなら、銀なんて捨てて良いって分かりません?というか捨ててませんよ。交換ですから』

(歩の打ち込みは後でも出来そうだし、俺なら黙って引いてるなぁ)

 

アイが敵陣に歩の打ち込みをし、一気に攻め合いが始まる。銀を歩で取り込む今年の最強ソフトは、桂馬を取られてと金を作られる。でもこのと金は相手玉から遠いし攻めにも参加出来無さそうだから、活用は難しいな。

 

順当にリードを広げていくアイは、ついに相手玉を丸裸にする。……こちらは開戦時から形が変わったとはいえ、金銀三枚が玉の傍にあることを考えると雲泥の差だな。最終的に、二手差で勝ったアイは余裕の勝利でしたと対局を振り返る。マジで余裕の勝利だから怖い。

 

『この分だと、後手番でも問題無いでしょうね』

(ソフトによっては中盤まで評価値が互角だったけど、アイ的には今日の将棋はどうだったんだ?)

『序盤からずっと階段状に良くなって行った感じですけど?というか、そういう評価をしているソフトもあるじゃないですか。何でこっちが優勝しなかったんです?』

(正しい評価が出来ることと、強い手を指せることはイコールじゃないだろ。今回たまたま正しい評価になっただけかもしれないし)

 

第1局を勝ったアイは、第2局も問題ないと言い切る。何か今回のソフト、対ソフトには強そうだけど対人はそこまで強そうじゃないな。俺が指したら負けていたと思うけど、良い勝負は出来てそう。

 

今回の消費持ち時間は、僅か3分。今回の将棋で1番悩んでいたのが、5六歩と仕掛けられた時に取るか取らないかだったけど、どちらが最短経路か考えていたんだろうな。

 

『次の対局場は愛媛の松山ですね』

(道後温泉の大和屋本店だっけ?また移動に時間がかかりそうな……)

『四国には新幹線もありませんし、大阪からなら船も手段の一つですね』

(海上はネット繋がらないから論外。晶さんに連れてって貰うのが1番だな)

 

対局が終わった後は、天衣と一緒に将棋資料館を巡る。将棋好きなら一度は見てみたいと思う観光スポットではあるけど、見るもの見たらおしまいなので電車が来るまでの間の時間潰しみたいなものだな。

 

「……お土産に普通の駒より少し大きな駒のキーホルダーって、欲しいかしら?」

「将棋を少し知っている、ぐらいの人なら欲しがるんじゃないかな。リーズナブルだし」

 

その将棋資料館の横にはお土産コーナーもあり、名人の文字が書かれた巨大駒も売られていた。……この横に、俺の文字の駒が並ぶのかな?将棋ブームということもあり、巨大駒の売れ行きもここ数年より上がっているみたいだし、売れると良いな。


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