うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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竜王の弟子

大木の弟子の天衣と九頭竜の弟子のあいが初めて指した日の夜。九頭竜はあいと向き合って棋譜を並べていた。あいと天衣が、最初に指した対局で、天衣が反則負けをした対局だ。

 

「ここであいが桂馬を使って合駒するだろ?この桂馬を取る手段は何通りかあるけど、おそらく天衣の頭の中ではこうなって……反則手になった桂打ちで、あいの攻撃はぴったり止まる」

「すごい……天ちゃんは、ここまで読んでいたの?」

「ああ。……似たような反則を、俺は見たことがある」

「えっ?」

 

九頭竜は天衣の読んだ先の展開をあいに教え、その上で似たような反則があったと告げる。それは姉弟子である空銀子と祭神雷の試合で、取った駒を相手の持ち駒に加えた反則についてだった。

 

「あの時の祭神雷は数手後の局面だった。それに対して、天衣の反則は十数手後。ほとんど一本道とはいえ、天衣の方が長手数だ」

「それってつまり、おばさんより才能のある人より、天ちゃんの才能があるってことですか?」

「才能はまだ分からない。実力は、姉弟子には届いていないように見える。ただ天衣の師匠はあの大木だから……」

「あの……大木先生は強いんですか?いつも序盤で苦戦して……でも持ち時間を使わないのは凄いことですよね?」

「……あれは、プロレスを楽しんでいるんだよ。観客を飽きさせないために」

 

勝敗の決まっている勝負事ほどつまらないものはない。今の名人でも、勝率は7割。全盛期で8割だった。しかし大木の今年度の対局成績は、63勝3敗。勝率は95%を超える。

 

既に九頭竜は、奨励会時代に大木と全力での将棋を何回か指したことがある。その内容は全て九頭竜が叩き伏せられるような内容での、全敗だった。その時は大木にソフトに近いものを感じたが、天衣の将棋を通じて大木を見た時、九頭竜は1つの結論に至った。

 

大木はソフトと共存して強くなったのではない。ソフトを組み伏せて強くなったのだと。

 

この事に気付いているのは、九頭竜と歩夢を含めても数人のみ。そしてこの事実を、あいに告げる。

 

「大木は今度の電脳戦で、さらに評価が上がるはずだ。気になるならネットで生放送もされるから見ると良い」

「あの……人間って、ソフトより強いんですか?」

「大木以外は、ソフトより弱いよ。だけど大木なら、勝つかもしれない。それぐらいに大木と他のプロ棋士では、実力に開きはある」

 

ここで九頭竜ははっきりと、大木が自分より上であることをあいに伝える。竜王である九頭竜が最強だと思っていたあいにとって、少なくない動揺はあった。しかし九頭竜は、続けて言葉を発する。

 

「だけどあいつも人間だ。どんなに強くても、俺は必ず追い付くし、追い抜いてみせる」

「ししょー……!

私も、必ず天ちゃんに勝ちます!勝ちたいです!もっともっと、強くなりたい……!」

 

2人は互いにもっと強くなると約束し、そこから2人で指し続けた。夜が明けるまで指し続けた2人は当然、次の日の予定に支障をきたした。

 

 

 

 

 

天衣はあいと将棋を指した後、さらにネット将棋にのめり込むようになった。盤面が勝手に読める全能感を楽しみ、その力を十全に使っても、なお負ける。

 

将棋というものは、インターネット越しとはいえ指していると相手の気持ちが何となく分かるものだ。もちろん天衣も、対局者の心の声が何となく伝わって来ているはず。

 

「時間負けしろ持ち時間切れろ時間負けしろ持ち時間切れろ時間負けしろ持ち時間切れろ……」

「ミスれミスれミスれミスれミスれミスれ……はいタップミスー!俺の勝ちデース!」

「ソフトかよ。死ね」

「はっはっはっは、こんな手に引っかかるとか鴨確定だな。こいつ鴨リストに入れとくわ」

「ふざけんな。素直に死ねやカス」

 

……まあ、ネット将棋なんて大体は負の感情が渦巻いているけど。ネット将棋の六段になり、8面指しをする天衣だけど、現状はそれで指し分けが精一杯。基本的には負け越す。

 

五段から六段に上がり、天衣も瘴気の濃い連中と当たる機会が増えた。コイツらは勝てる人リストを作ったり、時間切れ負けを狙ってしつこく粘ったり。まあ奨励会の将棋より色々と酷いが、奨励会と同じように勝ちだけを狙って来る。

 

四段までは、同格相手に勝ったら+15ポイント、負けたら-15ポイントだ。しかし五段になると、勝てば+12ポイント、負けたら-18ポイントになる。六段にもなると、勝てば+10ポイントで負ければ-20ポイントだ。要するに3回に2回は勝たないとズルズル落ちて行く。だから天衣も何回か五段に落ちた。

 

八段にもなると、同格が相手でも勝って+5ポイント、負けて-20ポイントと救いようのないポイントの奪い合いになっている。だからプロ棋士でも八段を維持するのは難しいし、七段や六段にはアマの強豪や奨励会員がうようよいる。

 

コイツらは、マジで一銭の得にもならないポイントのために命を賭けて指している。何がそうさせるのか、俺には分からない。天衣が指しているサイトは、そういうところだ。

 

「ぐ……また負けたし、五段に落ちたじゃない!本当に、何処から湧いて来るのよ。こんな強い奴ら」

「元奨や裏世界の真剣師、現役のプロや将棋に出会うのが遅かった天才がうようよいるからな」

「将棋に出会うのが、遅かった天才?」

「高校や大学で将棋を始める奴も多いからな。そういう奴らは言われるんだ。将棋に出会うのが遅かったから、あなたはプロ棋士にはなれませんって。

だけど才能はあるから、将棋はどんどん強くなる。そういう奴らもここに行き着くな」

『マスターも、前世で将棋に出会うのが遅かったですよね』

(……まあ、遅かったな)

 

プロ棋士は強い。全員が将棋の天才だからだ。しかしプロ棋士以外にも、将棋の天才はいる。親に反対されてプロへの道を閉ざされた人。将棋に出会うのが遅かった人。三段リーグを抜けられずに、奨励会を辞めた人。初めからプロになるのは諦めていた人。

 

将棋が大好きで、でもプロ棋士にはなれなかった連中。そいつらが最後に行き着くのはネット将棋になる。ここなら誰にも文句を言われずに将棋を指せる人もいるだろう。そしてポイントに飢える廃人と化す。

 

そういう奴らが相手の多面指しだからこそ、効果があるんだ。自分より強い相手と、対局数を重ねる。さて。第二関門を突破するのはいつになることやら。まあこれだけは、対局数を重ねないとな。


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