うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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往復ビンタ

電脳戦の第2局。会場は愛媛ということで、晶さんの運転する車に乗って移動する。今回は、天衣が解説役として呼ばれたので天衣もお仕事モードだ。なお聞き手役は女流四冠になったあい。帝位リーグにいるのに女流帝位を奪われた祭神という構図に、女流棋界も厳しい世界になって来たことを感じる。

 

「大阪から松山なら、瀬戸大橋と明石海峡大橋の2択だ。どちらが早いかは運次第だから、大木先生に任せよう」

「安全運転で、明石海峡大橋ルートでお願いします」

「……電車で行った方が早かったんじゃない?」

「電車の方が早いかもしれないけど、車の方が安いし楽だぞ。……運転手以外」

 

電車と車は、時間で比較すると今回は良い勝負するな。どちらも4時間強はかかるけど、晶さんが飛ばし気味だし3時間半で着きそう。となると、電車を利用するより今回は早かったか。

 

「次のSAで昼飯にします?」

「ああ、助かる。このまま松山まで直行は少ししんどいからな」

「晶は疲れているなら言いなさいよ。……あと徳島のSAは、うどんしかないイメージなんだけど」

「俺もうどんしかないイメージ。たぶん他にもラーメンやチャーハンぐらいはあると思うけど」

 

昼飯は徳島のうどんで済ませ、徳島自動車道を利用して愛媛の松山まで一直線。小説「坊ちゃん」でも出て来た道後温泉本館は国の重要文化財に指定されており、外見は少し威圧感があるような建物にもなっている。「千と千尋の神隠し」の舞台である油屋のモデルでもあるからな。前夜祭が終わったら、メインの温泉にも入ってみたい。

 

今回の大盤解説を行なう天衣とあいは、随分と仲良くなっており、あいは天衣にべったりくっついている。……小学生ペアが大盤解説をするけど、もしこれが普通のタイトル戦とかで深夜まで解説させていたら問題視されそうだな。プロ棋士は全員個人事業主なので、たとえ深夜での労働でも法には何ら抵触しないのだけど。

 

『今回は後手番ですが、ゴキゲン中飛車でも指しましょうか?』

(往復ビンタは流石に可哀想過ぎる気が……宣言しようか?)

『しちゃいましょう。前夜祭で戦型宣言、しちゃいましょう』

(問題は、向こうが居飛車をしてくるかどうかだけど、こちらが戦型指定したら、向こうも動きとかあるかな?)

 

「明日の対局では、ゴキゲン中飛車を指したいと思います」

「ブラフではありません。確実に、ゴキゲン中飛車を指します」

「戦型宣言の意図?面白そうだからですが?」

 

前夜祭ではゴキゲン中飛車を指すと戦型を宣言し、迎えた対局日当日。アイが大丈夫というからには100%大丈夫だと思いたいけど、一抹の不安はある。昨年、期間中のソフトのアップデート可が決まったので、今年も当然のように第1局の後、ソフトに修正が加えられた。

 

恐らく第1局のデータも入っただろうけど……だからこその、戦型指定か?ゴキゲン中飛車が、前回の対局で評価を落としただろうから、逆に利用した?アイの考えていることは何となく分かるけど、それでも戦型宣言は挑発でしかない。ソフト側は、相手の戦法を聞いて対策とか立てられないしな。

 

定刻通りに始まった電脳戦第2局は、ソフトが空気を読んで居飛車を指してくれる。5四歩と突いてから、飛車を5筋に移動させるアイの戦型はゴキゲン中飛車だ。

 

『ここから穴熊は、しなくて良いですね。5六歩』

(既にこれ、後手の方が指しやすいのか。2枚銀と2枚金の形は優秀だな)

 

銀が2枚、横に並んで攻めの形を作り、金が2枚、縦に並んで守りの形を作る。既に居飛車側が若干不利で、人間なら指し辛さを感じる形だろう。相手はソフトだからそんなの関係無いだろうけど。

 

(相手は隙を見て穴熊を組んでるけど、そんな余裕あるのかよ)

『無いですね。向こうはあると勘違いしているようですが、こちらの攻めの方が早いです』

 

アイから角交換を仕掛け、一気に盤面が加速していく。向こうは角交換後の陣形が、ちょっと悪いな。そしてアイは、そのちょっと悪いという隙を徹底的に虐めて行く。あっという間に駒得をしていき、桂得から金得になるまであっという間だった。

 

……捌いている側が駒得するとか、アイを押さえる方法が分からんな。終盤に入ると盤面では既に大差となっており、アイの勝ちは確定的だった。

 

しかし大差があるものの、ソフトはそれでも歩を何枚も叩きつけてこちらの陣形を乱してくる。……このソフト特有の終盤力は、何度見ても恐ろしいな。特にこのソフトは、終盤力が売りだ。純粋な詰将棋は当然得意として、攻めが一見すると無いような状態からでも一気に詰め寄って来る。

 

歩の連打と成り捨てが続いた結果、アイの陣形は一手差まで詰め寄られる。あれほどの大差が、一手差か。アイが終盤戦でもたついた様子は無かったし、純粋にあそこからでもソフトは勝負を仕掛けられるということだな。まあ後手番で勝てたんだから、それで良いだろ。

 

ゴキゲン中飛車で指すことを宣言したからか、天衣もあいもスムーズに解説を出来たようだし、世間はソフトが往復ビンタを食らったと話題になっている。なお今回の電脳戦で1番話題になった写真は、勝った瞬間や小学生女子コンビの可愛らしい解説姿ではなく、負けを悟ったソフト開発陣の絶望顔の方だった。電脳戦開始前の覇気は消え失せ、心なしか少し痩せたようにも見える。一応負けても対局料は出るし、美味しいものでも食べて下さい。

 

「今日は観光してから帰るの?」

「四国まで来るのは初めてだし、対局が終わるのは早かったからな。と言っても何もないところだけど」

「松山城でも見に行く?」

「あー、最終入場16時半なら間に合うな。見に行くか」

 

松山を少しだけ観光した後は、晶さんが運転する車に乗って大阪まで帰る。四国の高速道路を、100キロ以上の速度で爆走する晶さん。……やっぱり、車は欲しいかな。余裕が出来たら免許は取りに行くか。

 

帰りは高松自動車道から瀬戸大橋を利用して帰ったけど、微妙に遠回りしている感じはする。うつらうつらとしている天衣が、そのまま肩に寄りかかって来たけど、寝顔を至近距離で見ると嫌でもドキッとするな。

 

『まだ天衣はJSですし、JCになったら手を出して良いということではありませんからね?』

(分かっとるわ。……だけどまあ、2年と半年で随分と成長したなって)

『小学生後半という人が1番成長する時期なんですから当たり前でしょう。マスターはこの時期から夜更かし三昧でしたね』

(誰のせいだと思っているんだ。別に後悔はしてないけど)

 

すやすや寝ている天衣は、途中からにへらと笑っているから良い夢でも見ているんだろう。こうして見ると、本当に美少女だな。そして晶さんは運転に集中して下さい。100キロオーバーの速度を出してて、ちらちら後ろを見て来るのはぶっちゃけ怖いです。


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