うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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チーム名

「くそっ、届かないかぁ」

「……師匠、私は先に逝くわね」

 

団体戦が始まる前日。夜叉神家に行き、俺と天衣は隣同士、横に並んで座る。将棋盤を挟んで向かい側の席は、両方とも空席。俺と天衣は、アイを相手に連戦を重ねていた。そして先に負けた天衣が盤面を崩して突っ伏す。

 

『まだギリギリマスターの方が強いですね。マスターの下振れと天衣の上振れが一致した時、天衣に勝ちの目が出て来るぐらいです』

(なお3割の確率でミスをするから、その時は負ける模様。まあでも天衣相手に勝ち越せはするか)

『あれですね。A級棋士の壁の上に手が届いているのに身体が持ち上がらずぶら下がっている状態です』

(師弟仲良くそこら辺で今は足踏みしている感じか。天衣は団体戦の初戦で、恐らく生石さんと当たるからそこで連勝はストップするな)

 

団体戦の正式名称はSリーグと発表され、まずは6チームずつに分かれての総当たり戦がある。俺のチームがあるリーグは、俺、九頭竜、生石さん、月光会長、山刀伐さん、釈迦堂さんがリーダーの6チームが所属。

 

必然的に、もう片方のリーグは名人、歩夢、於鬼頭さん、篠窪さん、白石さん、小仏さんという面子。世間的には、こちらに下位のチームが少し偏ったかなという程度の印象らしい。

 

チーム名は散々考えた結果、大木と夜叉神から【大神】になった。飯盛さんにこれで良いか確認したら、すんなりOKを貰えてしまった。歩夢のチーム名のように中二力全開には出来なかった故の中途半端なネーミングだが、ネット上では早くも狼、ウルフズという愛称が出来ているし、提出してしまったものは仕方ない。というかチーム名【†聖騎士†】にする勇気は凄い。短剣符までがチーム名で読み方はシュヴァリエだった。

 

九頭竜のチームは【修羅雪姫】ともはや空さんに乗っ取られてるし、月光会長と清滝先生がいるチームは【炎熱の駒】とか各チームに個性があって面白い。釈迦堂さんのチームは【天空撃摧】で、格好良いけど要するに打倒天衣と空さんということかな。

 

『女流棋士にとって、正攻法でプロ棋士になった天衣と空さんの2人は高い目標ですからね』

(……このリーグ戦で、複数回勝てれば祭神もあいも、プロ棋士編入を考えるんじゃないかな)

『組み合わせ次第では勝てそうですし、複数回勝つ可能性は十分ありそうです』

 

「……何というか、不思議な感覚ね」

「まあ、2人揃って幽霊相手に負けている構図だからな」

「そうじゃなくて、たぶん師匠が負けて悔しがっている姿をあまり見たことがないから、新鮮なんだと思う」

「あー、まあそうだな。あまり表には出したことが無い感情かも」

 

明日の初戦の相手は生石さんのチームで、チーム名は【巨匠】だ。もはや完全に個人を指しているチーム名。……あの人に、チーム名を考えさせたのは誰だよ。自分の娘に飛車と名付けようとした男だぞ。

 

奥さんが頑張って回避したから飛鳥になったけど。あ、飛鳥さんはゴキゲン研で九頭竜へのアタックが多くなりました。研修会で早くもD1まで上がったし、女流棋士まで後一歩の所まで来ている。お陰様で空さんとあいがピリピリしているけど。

 

「もう、無理」

「今日はまだそんなに指してないだろ。と言っても、明日に疲れが残ってもしょうがないからここまでか」

 

負けた瞬間に将棋盤に顔から突っ込んで倒れ込む天衣。最終局は、天衣の無理攻めをアイが根元から咎めた結果、あっさりと攻めが崩壊して純粋な負け将棋になっている。足から輪切りにされるような対局だっただろうし、最近は過密日程だったから疲れも溜まっていたか。もう少し、お仕事の方は減らして貰わないとな。

 

「大木先生、見てくれ」

「ん?

おー、11勝1敗か」

 

天衣が風呂に入っている間、晶さんに見せられた勝敗カードには11勝1敗と書かれている。初段から二段にあがるためには、8連勝か13勝2敗が必要。その内の、13勝2敗までもうちょっとか。2敗する前に2勝すれば良いと考えると、昇段目前だと言っても良い。

 

昨年の11月頃に初段へ昇段してから、およそ半年以上の時間がかかってようやく迎えたアマ二段昇段のチャンス。晶さんにとって、ここを逃したら夏までに二段昇段は無理だろうな。二段昇段をしたらマイナビ女子オープンに挑戦すると言っていたから、逃したくないのだろう。

 

『実力的には二段はあるんですけど、如何せん道場の昇段規定が厳し過ぎます』

(晶さんは仕事もあるから、子供のように将棋会館へ毎日通えるわけじゃないしな。それでもこの前の休日で、12局指して11勝1敗は立派な成績だ)

 

……晶さんの女流棋士は、現段階ではまだ難しいとしか言えない。アマチュアの延長線上にあるからと言って、アマチュアより弱いというわけじゃないからな。元奨励会員2級の岳滅鬼さんが思っていた以上に女流棋界で勝ちまくっているところを見ると、プロ棋士と比較するのもアレだけど。

 

女流棋士のボリューム層は、アマ三段~アマ五段ぐらいだろう。最底辺の女流棋士相手なら、今の晶さんでも勝ち目は出て来る。次に道場へ行った時、アマ二段へ昇段出来ればマイナビ女子オープンのチャレンジマッチが楽しみだな。

 

『天衣から教えて貰う頻度も少し増えたみたいですし、案外鋭い視点は持ち合わせていますよね』

(純粋に将棋へかける時間が短いから成長自体はゆっくりだけど、最近はソフトも導入して勉強しているらしいぞ)

『パソコンを使うのは得意そうでしたね。しかしそれでまだアマ二段というのは……』

(いや、普通だろ。2年ちょっとで初心者からアマ二段なら十分な気がするが)

 

今年は駄目でも、来年辺りは予選を勝ち抜く可能性すらある。まあ勝負の時に来年のことを考えている奴は来年も駄目なんだが、晶さんはそういうタイプじゃないのが安心できる点だな。

 

明日の団体戦は、夜の6時から東京で行なわれる。N○Kスタイルで最大3連戦だから、決着は深夜の可能性すらあるな。N○Kスタイルの持ち時間10分+1分×10の将棋だから早指しが得意な飯盛さんを指名したし、本当に他のチームから指名されなくて良かったわ。

 

まあまだC級1組に昇級したばかりの、どちらかといえば無名な棋士だし、他にも強い人はいるから俺以外の人は遠慮したのかもしれない。とりあえず全試合で大将を任せることになるから、下手すれば1局も出番無いよと言ったらOKを貰えた。飯盛さん、イエスマン過ぎない?こちらとしては有り難いけど、少し申し訳無い気持ちになった。


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