うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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団体戦初日

動画サイトが主催の将棋の団体戦、通称Sリーグが開幕し、その初戦は大神対巨匠になる。どちらもネーミングセンスが無いせいでチーム名が酷い。試合前にメンバー発表があるけど、たぶんこの瞬間が1番盛り上がるのかな?

 

チーム大神:先鋒夜叉神四段、中堅大木五冠、大将飯盛五段

チーム巨匠:先鋒生石九段、中堅辛香四段、大将久瑠野七段

 

天衣を先鋒にすることは読まれていたというか、察知されていたようで、生石さんは中堅に捨て駒のような形で辛香さんを配置。これは負けかな。

 

「……先に2勝するのが大事なら、やっぱり先鋒には強い人を置くのがセオリーよね。

負けるつもりは無いけど、勝てるか怪しいわよ」

「勝てる可能性があると思っているなら大丈夫だろ。新四段が現役A級棋士に勝てる可能性なんて、普通は皆無だ。

まあ、団体戦でぶっちぎるのは不可能だし良い感じに盛り上げる予定だよ」

 

控室で天衣を送り出すけど、この控室にもカメラがあるのはちょっと嫌だな。スマホをポチポチしていても許されるだろうか?ずっと映っているわけじゃないみたいだし大丈夫かな?

 

「飯盛さんは、もし試合になったら頑張って下さい」

「はい。死ぬ気で頑張らせていただきます」

 

飯盛さんは5歳年上のはずなんだけど、なんか外見はおっとりしてるんだよな。Sリーグの公式ホームページには何故か身長や体重も公開されており、167センチ73キロと書かれている。前に見た時より、少し太ったか?

 

俺のプロフィールは158センチ40キロとなっており、天衣は150センチ43キロ。あれ?もう天衣の方が3キロも重いのか。別に天衣が太っている感じは全くしないし、飯盛五段の贅肉が5kgぐらい欲しい。ツイッターで「太ったから5㎏は減らしたい」とか言ってんじゃねーよ。あとハーゲンダッツとタピオカを常用している時点で普通の人が痩せるのは無理だよ。

 

『天衣と生石さんは、当然ながら公式戦初手合いですね。……勝率は18%ぐらいでしょうか』

(今780面だっけ?780局中、140局は勝てるの?マジで?)

『マジです。ただ、生石さんもこの対局を落とせないことは理解しているので意地と意地のぶつかり合いになりそうですね。腐っても生石さんは元タイトルホルダーです』

(いや別に生石さん腐ってないし。むしろ指し盛りの全盛期だろ今。早指しも得意なタイプだし、天衣の初戦としては辛い相手)

 

生石さんと天衣の対局は、お互いに飛車を振る相振り飛車になる。最近のプロ棋士同士の対局だと、相振り飛車の時点で珍しいけど生石さんの中飛車対天衣の向飛車か。どちらから仕掛けるかで、捌いた後の形が大きく変わる。

 

『コメントの数が凄いですね。そして大半が天衣を応援しています』

(実力はあるし、スポンサーが指名してくれと言うのも分かるぐらいの数字は持ってる。ただまあ、生石さんに勝てるかと言われれば……)

『……既に劣勢ですか。中飛車を相手に、金無双の銀が上がらない形を選択するのは良いですが、攻めに使いたい銀を動かし辛いのでしょう。先ほどから攻めが止まっています』

(何が1番辛いって、生石さんの矢倉が間に合っていることだよ。……天衣は端攻め開始か。まあ、それしかないわな)

 

2人とも緊張とは無縁の性格だと思っていたけど、ここまでカメラに囲まれた、特別ステージでの対局は普段とは違うものが将棋に出てしまうのだろう。お互いに、動きは重い。どちらも軽快な捌きや動きが持ち味なのに、遅い将棋だ。

 

序盤の時点で歩を1枚損した天衣は、それが響いて中盤戦も苦しくなる。たかが一歩、されど一歩。大したことのないような差に見えて、この一歩は生石さん相手だと致命傷だ。生石さんは歩得を利用して、突き捨てから継ぎ歩、垂れ歩と全ての戦法に共通する見本のような攻めを見せる。

 

『天衣の姿勢が、若干悪くなりましたね。……早指しは、一度形勢が傾くと巻き返しが辛いです』

(10分+1分×10って、かなり短いしな。まあ生放送で一般の人向けの対局だから仕方ないけど)

 

将棋指しは、盤面を見ずに形勢判断をすることも可能な人がいる。特に序盤中盤で、形勢が悪くなっている方は考えることに必死で姿勢が崩れていることに気付きにくい。……プロ棋士になってから、あの体勢になったのは初めてか?如何に序盤中盤で、相手を圧倒してきていたかが分かるな。

 

結局天衣は持ち時間を使い切り、時間に追われるように指す。悪い手では無いけど、正解の手からも遠いし、巻き返しは難しいか。その後、形作りのために数手だけ王手を続け、天衣は投了。119手だけど、わりと長い対局だった。

 

『そもそも、生石玉将が先手の時点で辛い対局でした。……団体戦ルールで天衣が後手なら、マスターが先手、飯盛さんが後手というのは本当に最悪のパターンですね』

(覚悟の上ではあったけど、なってしまったものはしょうがない。時間は押しているし、中堅戦は一瞬で終わらせるぞ)

『プロになってからも、粘り強いってレベルじゃないぐらいに負けない将棋を指す辛香さんが相手なんですが』

(それでもアイなら、粘らせずに勝つことは造作もないだろ)

 

1局目で負け、後が無くなったわけだけど、俺は勝てるとして飯盛さんが久瑠野さんに勝てるか微妙だな。早指しなら、全くの五分に見える。関西研修会の幹事をしていて、子供達に囲まれるわけだし、早指しが苦手ということも無いだろう。というか早指しが苦手な棋士の方が珍しいかも。ある程度はみんな早指しを指せるからな。

 

飯盛さんの早指し勝率7割は、まだ2年目で弱い棋士と当たる回数が多いからという理由もある。……まあ今は3局目のことをあれこれ考えても仕方ないか。さっさと辛香さんを倒そう。

 

「いやあ、こんなに早くこうして大木先生と将棋を指せるとは思って無かったんですわ。

生石先生からははよお負けて来い言われましたけど、粘らせてもらうで」

「ええ。どうぞ」

 

対局前から、負けることは前提で、それでも自分の将棋は指すと宣言する辛香さん。俺の強さがよく分かっているからこその発言だろうけど、このルールで粘られると大将戦の決着が深夜になるかもしれないから、アイは全力で粘らせない将棋を指す。徹底的に、辛香さんへ駒を渡さないように指しており、アイに誘導されるがまま攻める辛香さんは、ギリギリのところで駒が足りなくなった。

 

そこからの反撃で、あっという間に詰められる辛香さん。完全に攻め切らせたわけじゃないけど、それでも中々にえげつない将棋だったな。少し将棋を知っている、程度の観客にはかなり良い勝負に見えただろうし、実際に最後の局面を見れば良い勝負だったと思えるような盤面だ。

 

……実際には辛香さんを一から十まで誘導して勝った対局だし、対戦相手の辛香さんも「そう攻めるしかない」と誘導され続けながら指したわけだから、対局後は気持ち悪いものを体験したかのような目でこちらを見ていたけど。とにかくこれで、1勝1敗か。勝負は大将戦の、飯盛さん対久瑠野さんの決着に委ねられた。


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