うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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大師匠

団体戦も3週目に入って、今週は月光会長のチームと対戦。こちらの先鋒は当然天衣で、相手の先鋒は月光会長。天衣から見て月光会長は大師匠に当たるということで話題になるが、既にあいと清滝先生でその構図はやっているという。

 

ここまで団体戦での天衣の成績は2連敗で、本人としては何としても勝ちたい場面。しかし月光会長も、手を抜くということは無いだろう。この対局に月光会長のチームが勝てば、勝ち抜けする可能性がグッと高まる。

 

チーム大神:先鋒夜叉神四段、中堅大木五冠、大将飯盛五段

チーム炎熱の駒:先鋒月光九段、中堅鏡洲四段、大将清滝九段

 

うちとしてもこの試合で負ければリーグ勝ち抜けの可能性がグッと下がるので、先鋒と中堅を入れ替えることも考えたけど、まあ天衣が負けても飯盛さんが勝つだろ。何より、天衣対月光会長の対局が見たかった。

 

互いに、特設ステージでの対局も慣れて来た頃。史上2人目の中学生棋士対史上初の小学生棋士の対局は、天衣の後手番で始まった。

 

『……使うつもりでしょうね』

(ああ、使うだろうな)

 

初手7六歩、2手目3四歩、3手目2六歩、4手目2四歩と、親の顔より見た後手番角頭歩を使う天衣。天衣の後手番角頭歩は実際にアイと何万局も指している中で、何千回も見たので親の顔より多く見た局面かもしれない。月光会長と天衣の口が開いたけど、何を言っているのかは音声が伝わって来ないので分からない。

 

でも「馬鹿の一つ覚えですか」「何とでも言いなさい」みたいな会話であることはアイさんが読み取った。……公式戦初手合わせで、月光会長に後手番で勝ったらそれはそれで凄いことだな。その後、当然ながら月光会長は開戦を選択せず、天衣は向飛車にする。いつも通りの流れだ。

 

『月光会長と清滝先生が同い年なの、いつ見ても信じられないですね』

(いつ見ても月光会長が若々し過ぎる。そして将棋の内容まで若々しいからやべえ)

『……月光会長側から、2五歩と仕掛けました。これは天衣対策の研究をしてますね』

(たまに低段同士のプロ棋士の対局でも後手番角頭歩戦法は見られるようになったからな。……会長としての責務を果たしつつ、将棋の研究を続けているのは素直に凄いと思うわ)

 

既に恩返しを受けた弟子の弟子から恩返しされるのは嫌なのか、天衣の攻め筋を利用して先に月光会長から仕掛ける対局となる。天衣は囲いに2二飛と飛車を振ってから6二銀、3二銀、4二玉、5一金左と4手しか使っていないにも関わらず、月光会長から仕掛けたのは月光会長がほとんど居玉のままだからだ。

 

……これ、月光会長も後手番角頭歩対策の研究をしているよな。あの忙しさで、何処にそんな余裕があったのか知りたい。しかし天衣にとって、この相手からの仕掛けはもちろん研究済み。アイに何千回と駄目だしされて鍛え続けて来た伝家の宝刀だ。

 

2筋の攻防の最中に角交換が行なわれ、互いに馬を作る。後手番という不利は跳ね返して、今は天衣が微妙に有利か。ただ光速の寄せと呼ばれる月光会長の終盤力は強い。天衣の成長した終盤力と比較しても、圧倒していると言っても良い。未だにA級なのは、それなりの理由がある。

 

52歳で、しかも盲目なのにA級って時点で魑魅魍魎の生き物だよな。常に最短の詰みを意識して指しているし、細い攻めを成立させてくる。だけど今回、月光会長は終盤で苦しめられる。

 

アイもそうだけど、将棋指しは未知には弱い。天衣の囲いが、初見で思っていた以上に詰まし辛いのか、時間に追われ始めた。一方の天衣は、弱点を補強するかのように5四香と取った香車を囲いの上部に打ち込む。

 

天衣は飛車を切ったため、その飛車が月光会長の駒台に乗っている。しかし使い道がなければ、それは腐っていくものだ。一方の天衣は馬と桂馬を連動させ、香車の睨みも活かして月光会長の金を剥がした。

 

『鈍重な攻めですねぇ』

(大師匠相手に、悠長な攻めだな。月光会長の守りは薄いから、決まりそうだけど)

『決まりませんよ。9五角で天衣の攻めは一旦止まります』

(あー、一手隙が出来て止まるのか。天衣が端歩を突かなかったから、攻防の角を許した形か)

 

天衣が若干リードを続けるものの、月光会長の攻防手で形勢が分からなくなる。……別に7四桂から詰み筋は無いはずだけど、コビンを狙われるのは嫌だろうな。持ち駒が尽きている天衣は8四歩と突くけど、これで手番が月光会長に渡った。

 

……天衣の囲いは、横から攻めるのはちょっと辛い。だから攻めるなら上部からになるけど、そうなると数対数の勝負になりやすいし、受ける方も受けやすい。そのはずだけど、月光会長が受け辛い手で攻めて来るから天衣も時間を使うことが多くなった。

 

互いに考慮時間を完全に使い切って1分将棋になり、月光会長からの最後の猛攻を凌ぎ切る天衣。その猛攻が途切れた瞬間、天衣は月光会長の玉を最短経路で詰ませるのに必要な最初の一手を指し、月光会長が投了。現役A級棋士に、天衣が初めて勝った瞬間である。

 

『まあA級棋士相手でも2割程度で勝てるとは思っていたので……3連敗しなくて良かったですね』

(今回はまぐれのようなものだけどな。盲目だからこそ、初めての陣形には戸惑う。……もし月光会長の視力が失われていなかったら、この勝負は天衣の負けだったよ)

『あ、流石に気付きますか』

(飯盛さんでも気付くぐらいのミスだったし、中盤の山場でのミスは大きいわ)

 

月光会長が天衣の攻めを咎めるべき場面で咎めなかったところが月光会長側の大きなミスで、それは感想戦でも触れられていた。天衣も気付いていたのか、自分から指摘している。まあ、相手のミスがあろうが天衣の勝ちだし、よくやったとしか言えない。別にミスが無くても互角の局面に戻っていただけだし、勝負がどうなっていたかは分からないしな。

 

先鋒の天衣が勝ち、中堅戦は鏡洲さんと俺の一騎打ち。当然ながら、鏡洲さんは一刀両断されて負けた。総手数71手。早指しだとしても短手数で終わったな。というかあっさり銀損とか鏡洲さんもミスが酷かった。

 

これでチーム大神は2連勝したので、大将戦は行なわれずに勝利。+2ポイントで1位の月光会長のチームと順位が入れ替わって、3位から1位に浮上した。まあ現状+1ポイントの九頭竜のチームも次は女流棋士チームなので2連勝して1位になりそうだけど、そろそろ勝ち抜けられるチームが絞られて来た感じがするな。


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