うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
Sリーグの開幕から4週目を迎えて、とうとう九頭竜のチームとの対決を迎える。こちらのオーダーは変えてないけど、向こうが少し変えて来た。
チーム修羅雪姫:先鋒九頭竜竜王、中堅空四段、大将二ツ塚五段
チーム大神:先鋒夜叉神四段、中堅大木五冠、大将飯盛五段
恐らく空さんでは飯盛さんに勝てないと見て、完全に中堅戦を捨てる形のオーダーだ。まあ実際、空さんと飯盛さんなら7、8割の確率で飯盛さんの勝ちだろうしな。二ツ塚さんは今のところ良い所が無いけど、C級1組の中では上位の存在だろう。というか今年、飯盛さんと仲良くB級2組に上がるかもしれない。
天衣の後手番で始まった九頭竜対天衣の将棋は、お互いに矢倉を組む普通の将棋になった。……俺を除けば、間違いなく棋界最高峰の九頭竜相手だ。普通に考えれば今の天衣が後手で勝てる可能性は無いに等しい。だけど月光会長を倒し切ったことも考えると、僅かに勝ち目はあるな。
『何が勝ち目はあるな、ですか。今の天衣では刃も届かないですよ』
(いや届いてる届いてる。天衣も馬を作ったじゃん)
『作らされた馬にどれほどの価値があると思っているんですか。ここまで全部九頭竜の手の平の上ですよ』
九頭竜の恐ろしい所は、天衣ですら転がされるような手順を、その場で構築しているんだよな。いやまあ研究量も確かに多いけど、山刀伐さんの方が遥かに多いし、九頭竜以上の勉強をしている奴は普通にいる。
だけど九頭竜の深い読みは、それを覆す。指す度に強くなる将棋界のサイヤ人的存在は、月光会長に勝てた天衣でも届かない。そもそも、月光会長と天衣が10回指せば天衣が9回負けてもおかしくないからな。あの勝利自体わりと奇跡。
九頭竜は、情け容赦なく天衣の囲いをバラバラにする。横からは強い平矢倉を下段から切り込んで、あっさり詰ますか。天衣にとってもこの将棋は、良い経験になったはず。後で検討会もしようかな。
『於鬼頭さんに4連勝をした帝位戦から1年が経過しましたが、あの頃よりも研究量自体は減ってそうですね』
(何だかんだ忙しそうだし、あいが女流タイトル戦に出まくっていたから暇が無かったのかもな)
『しかし読みの深さが他の棋士とは比べものになりません。あ、天衣が投了します』
(あ、はい。画面越しでも投了タイミングは分かるものなのね)
先鋒の天衣が負け、中堅戦では俺と空さんが戦う。……空さんとは俺自身の力で戦ってみたいけど、ここで負けると色々とヤバいのでアイが指す。空さんも夏場で疲れが溜まっているとはいえ、三段リーグを17勝1敗で切り抜けたヤベー奴だからな。絶対冬から始まる竜王戦の予選では勝ち上がるわ。
高校生になった空さんと、こうして将棋盤を挟んで対峙するのは初めてか。こういう対局では制服を着て来る空さんは、何も知らなければ普通の美少女である。こちらを睨みつけて来る空さんは、何というか、可愛げがあるな。
『この美少女が同棲しようと迫っているのに断り続ける九頭竜は正気ですか?』
(既にあいと同棲生活を過ごしているんだよなぁ。絶許)
『そろそろ九頭竜が3人で住もうとか言い出す頃合いだと思いますが』
(いや、九頭竜は空さんからそういう話を切り出すまで待っている感じだな。あいからは切り出さないだろうし……流石に自分の口からそういう言葉を出したらヤバいことぐらい九頭竜でも分かる)
対局はアイの先手で始まり、扇子で目から下を隠しながら、冷や汗を掻く空さん。今回はアイが早くから仕掛けているけど、もうこの時点で指し辛さは感じているのか。仕掛けたら悪くなる箇所が多いため、どう指せば良いか迷っているんだな。
(そう言えばアイは時々指し方が変わるよね?相手を誘導する指し方が増えたというか、何というか)
『今頃気付いたんです?
短期的にはこちらが不利になりますが、その先をずっと読むとこちらが良くなる手順を優先して指していますよ』
(やっぱりソフト対策?)
『それ以外何があると言うんですか。マスターの好む良い勝負の演出も出来てますし、勝てるのであれば特に問題無いかと』
結局空さんは地雷原に飛び込んで来たけど、思っているより粘っているなと思ってたらアイの演出だった。相手にとっても都合の良い展開を進めながら、キッチリ勝ち切るとかプロレス芸極まってるな。
チームとしては1勝1敗となり、勝負の行方は二ツ塚さんと飯盛さんの対局結果に委ねられた。お互いC級1組の若手棋士同士、意識していることだろう。試合は飯盛さんが後手番だけど、とうとう穴熊を組み始めた。そんなに負けたくないか。
……プロ棋士同士の対局でも、穴熊は完成すれば脅威だ。じゃあ何で指す人がそこまで多くないかと言うと、まず完全な形では完成しないからだ。攻めを放棄して穴熊の完成を急げば、穴熊が完成する頃には攻め筋が無くなっている。そうなればそのままジリ貧で負けるだろう。
「天衣は飯盛さんと2人の時、何か話しているのか?」
「たまに師匠のことを聞いて来るわよ。どこであの強さを身に着けたのかとか、どういう弟子入り経緯だったのかとか。師匠は?」
「最初の頃は同じスマホゲームをしているからその話で盛り上がったな。後は天衣の将棋について、指し手の提案をしてくるから検討したりしている」
大木狂信者なだけあって、俺のやっているスマホゲームに関しては全部プレイしているようで話題は被る。とりあえずフレンド登録だけはしたが、あまりやり込んでは無いんだよな。まあプロ棋士生活しながら幾つもスマホゲームをするのは普通の人間だと難しいし仕方ない。
飯盛さんの穴熊は、案の定間に合わなかったけど開戦しても戦える形か。まだ完成していなかった穴熊に、持ち駒を埋め込んで崩すのが面倒な囲いに変形し、二ツ塚さんの攻めを防ぐ。一方の飯盛さんの攻めは遅いけど、穴熊の硬さを考慮するとギリギリ間に合うか?
(え、間に合う?)
『本当にギリギリ間に合う、というところですね。飯盛さんがミスしなければの話ですが。
あっ……』
(うわ、二ツ塚さんがミスするのか。まあ早指しだしこういうこともあるわな)
『飯盛さんは、普通に咎めましたね。これは勝ちです』
一進一退の攻防で、良い勝負だった将棋は、一手のミスで二ツ塚さんが転げ落ちる。飯盛さんが逃すわけなく、そこからはあっさりと勝ち切った。これで九頭竜のチームに2勝1敗で勝ち越し、ほぼ2位以上が確定。あとは女流棋士チームだけだし、何とかなるものだな。