うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
リーグ戦も佳境を迎え、1位の俺のチームと最下位の釈迦堂さんのチーム以外はどこも2位があり得るという状態。月光会長のチームは山刀伐さんのチームに2勝1敗で勝ち、生石さんのチームは釈迦堂さんのチームに2連勝で勝つ。
チーム風林火山:先鋒山刀伐八段×、中堅阿曽原六段○、大将八丁五段×
チーム炎熱の駒:先鋒月光九段○、中堅鏡洲四段×、大将清滝九段○
チーム巨匠:先鋒生石九段○、中堅久瑠野七段○、大将辛香四段
チーム天空撃摧:先鋒釈迦堂女流六段×、中堅雛鶴女流四冠×、大将祭神女流四段
これで月光会長はまた2位に浮上したけど、最終戦が生石さんのチームなんだよな。清滝先生と久瑠野さんの対決次第だけど、生石さんのチームが勝つ可能性だってあり得る。
……天衣と飯盛さんがあいと祭神に負けるという最悪のケースでも俺のチームは同率2位にしかならないから、勝ち抜けは確定的と言っても良いか。同率2位ならチームリーダーの直接対決というのは大きい。
天衣はここまで1勝3敗で、飯盛さんは2勝1敗。想定していたよりかは悪くなかったし、このまま1位で抜けることが出来そう。天衣は、女流棋士チーム以外の先鋒戦で全敗想定だったからな。月光会長に勝ったお陰でずっと楽になっている。
そして日程の都合上、先に他のチームの試合が行なわれた結果、順位が確定した。よってこれから行なわれるのは消化試合だけど、来場者数は変わらない。
チーム巨匠:先鋒生石九段○、中堅久瑠野七段○、大将辛香四段
チーム炎熱の駒:先鋒月光九段×、中堅清滝九段×、大将鏡洲四段
チーム風林火山:先鋒山刀伐八段×、中堅阿曽原六段×、大将八丁五段
修羅雪姫:先鋒九頭竜竜王○、中堅空四段○、大将二ツ塚五段
1位:大神 7勝4敗 +3
2位:巨匠 8勝7敗 +1
2位:修羅雪姫 7勝6敗 +1
4位:炎熱の駒 7勝7敗 ±0
5位:風林火山 6勝8敗 -2
6位:天空撃摧 4勝7敗 -3
……いや、万が一釈迦堂さんに天衣が負けて、億が一俺があいに負ければ2連敗で+1、同率1位が3チーム出来るという構図になるのか。まあ天衣が釈迦堂さんに負けることは無いだろうと思ったら、天空撃摧の先鋒が祭神だった。何で?
『祭神の希望でしょうね。あと、億が一でも私があいに負ける可能性は無いでしょう』
(いや分からんぞ?例えばさっき食べた牛丼で食中毒になる可能性は、1億分の1ぐらいあるだろ。将棋である以上、負ける可能性はいつだって0じゃねーよ)
祭神と天衣の対局は、天衣の後手で始まる。勝てると思いたいところだけど、まだ天衣と祭神の実力差は勝ち負けがはっきりしているほど大差じゃない。大差じゃなければ、将棋というのは10局指せば1局は勝てる。その1局がこの対局である可能性は否定出来ない。
(アイはまだ九頭竜に10割勝てる?)
『勝てますよ?何でマスターが不安になっているんですか』
(いや、最近の祭神が4月の女王戦の時より一回り強くなってるなと思って)
『強くなったというよりかは、元に戻った感じですね。元々帝位リーグの予選トーナメントで勝ちあがれるだけの実力の持ち主です。女王戦で勝った時のイメージを持ったまま指すと、天衣は足を掬われますよ』
帝位リーグに挑戦しながら、あい相手に女流玉将の防衛戦を行なったり、天衣相手に女王戦に挑戦した結果、全てに負けて色々と失った祭神だけど、別に将棋自体が弱くなったわけじゃない。
(……後手番角頭歩で、開戦か。乱戦は祭神にとっても嬉しいだろうな)
『奇襲戦法でありながら、上手く決まった形でも別に相手より特別有利になる戦法、というわけじゃないんですよね。ただ高確率で、天衣の得意な乱戦になります』
(その上、研究もバッチリだから今までは開戦していても勝てた。祭神相手は分からんが)
『……祭神もある程度は天衣の得意な後手番角頭歩を勉強したようですね。よっぽどタイトル戦でストレート負けしたのが悔しかったのでしょう』
祭神は天衣の後手番角頭歩に、6六歩と角道を止めてからの開戦を選択。後手2四歩から6六歩、4四角、2五歩の流れだな。角交換をしてから桂馬を跳ねる流れが無くなって、そのまま桂馬が跳ねるだけだから大した変化はない。
その後祭神は2三飛成と竜を作り、天衣の2二飛を誘ってから2四歩とと金を狙う。この辺はすでに定跡化している流れでもあるけど、天衣が特段良くはならない変化だな。お互いに飛車を持った状態で、序盤から一気に終盤戦へ移行する。
桂馬を跳ねさせ、2七飛と打ち、と金と桂馬を狙う天衣だが2四飛と祭神に合わせられ、2六歩と打つ。この辺は研究済みというか、幾つかある内の既定路線の一つ。しかしこの既定路線は、進めば進むほど天衣有利か。2四飛よりかは2八飛の方がまだマシだった。
恐らく祭神は、開戦して勝算があったのだろう。この角道を止めての飛車交換は、互いに敵陣を食い破る形だ。しかし残念ながら、この形での開戦で祭神が2四飛と合わせる受け方について、天衣はほぼ全変化を終局図まで把握済みだ。
まあアイにも見落としがあるかもしれないし、アイ以上の指し手が思い浮かぶなら祭神の勝ちもあり得るけど……既にこの形は、アイが終わらせた形だ。以下3八銀、2八飛成まで進んで、祭神が若干劣勢。やっぱり後手番角頭歩で先手から開戦するのは駄目だな。
この後で天衣には3五角と角を上がり、祭神の飛車に当てる手が存在する。これを受けるのは中々に難しく、祭神は少し考えてから5八金左と指す。ぶっちゃけ良くない手だし、天衣は構わずに3五角と上がり、祭神は3四飛と角を狙う。あ、終わった。
『……2七歩成以下、天衣の優勢は揺るぎないでしょうね。角を捨てて、攻めを成立させます』
(ここから逆転の芽はねえな。3四飛は直感的な奴ほど嵌るし、天衣の守りは薄いけどそれ以上に祭神の守りが見た目以上に薄い)
角と引き換えに、金銀2枚を手にする天衣。実際にはと金も使っているから角+歩と金+銀の交換だけど、それでもかなり天衣が有利になった。そしてこのままだと必死がかかる祭神は6八玉と早逃げをするけど、ここからの挽回はアイでも難しい。これでまだ30手ほどしか指してないのが後手番角頭歩の恐ろしいところ。
『祭神が何か突拍子もないことをしてくれるかと期待しましたが、駄目でしたね』
(開戦して勝ってリベンジしようとした決意は見て取れたけど、スッパリと斬られたな)
『そもそも6六歩が論外です。祭神の敗因は5手目6六歩ですよ』
(随分とはっきり言うな。角交換からの飛車交換を防ぐためとはいえ、歩で止めるのは悪手だったか。その後の4四角は手損のように見えて、かなり好手なんだよな)
『3三角と出る変化もありましたが、祭神が開戦すると読んだんでしょうね』
これでチーム大木の1位抜けは確定し、決勝トーナメントでは向こうのリーグの2位のチームと対戦することになる。その前に、あいとの対局を終わらせてくるか。ヤバい勢いで成長しているのは棋譜からも分かるけど、実際に対面して指さないと分からないこともある。まだ天衣には勝てないと見たのか、俺に挑戦してみたかったのかは分からないけど、アイが指すし手加減はない。