うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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香落ち

Sリーグ期間中に行なわれた篠窪さんとの棋帝戦はストレートで防衛を果たし、三番手直りのせいで迎えた第4局。香車を落としての対局となったが、アイの若干優勢である。タイトルを挑むようなプロ棋士を相手に、駒を落として勝てるアイさんは色々と異常だけど、そもそも香落ちはそこまで大きな差が生まれない。

 

例えば実力が全く同じプロ棋士が2人いたとして、勝率が5割だったとする。それが香落ちになると、上手の勝率は3割になる程度かな。何より、香車を落とすことによって先手番を貰えるならアイにとってハンデにはならない可能性すら出て来た。

 

『香落ち上手の研究も一応していましたが、数が足りていないですね』

(これで5局目も香落ちは変わらずか。アイに香落ちで勝つのも難しいだろうし、三番手直りの効果が出るのは7局目まであるタイトル戦の第7局だけか)

『流石に香落ちと角落ちとでは、話が違いますからね』

(大駒が無いのは流石に大きいわ。……なんで平香交じりまでにしなかったし)

 

7月から始まる帝位戦は7番勝負だし、九頭竜と二日制のタイトル戦で7局も指すとかちょっと辛い。14日間は将棋盤を挟んで対峙するってことだしな。そして九頭竜相手に角落ちで勝てるとは思えないので、一昨年の玉座戦以来となるタイトル戦での敗北をすることになるのは確定事項だ。

 

……これ、7番勝負のタイトル戦がストレートで決着することの防止策でもあるんだよな。3連勝すると香落ちの手合いになるから、4連勝し辛い。あとは、決着がついている状態で互いに本気では指さないのではという不安の声もあったけど、駒を落とされる側の棋士は負けたら確実に悪評が付く。

 

だから本気で指すだろうし、スポンサーの救済措置とはいえ、プロ棋士にとってはマジで悪魔のシステムだ。まあアイはアイで楽しんでいるようだし別に良いけど。

 

『篠窪さんの顔が歪み始めましたね』

(……まだ差はなくね?)

『もう差が無くなったの間違いですよ馬鹿マスター』

(いや、それは分かっているけど向こうの形勢判断の基準が分からん。まだほぼ互角なのに苦しいか?)

 

香落ちのアドバンテージは既に無くなり、苦しい顔が多くなった篠窪さん。ルックスの良い人は苦しんでいる時まで格好良いとかずるいわ。またファンが増えるんだろうな。元々テレビ受けが良い人だけど、最近はさらに露出が増えたし、学歴があるのは良いなあ。

 

(香落ちって、相手に端を攻めさせたらむしろこっちが有利なの?)

『こちらが有利になることは無いですが、香落ちのアドバンテージを活かすなら当然端攻めは必要です。しかし玉は落とした香とは反対方向にいるので、端攻めが成功した時の利点はそれほど大きくないです』

 

こちらの攻めを躱しつつ、何とか香車を成り込んでこちらの端を突破し、端攻めに成功をした篠窪さん。こちらを崩すのは早かったけど、全体的に見ると遅いんだよな。

 

そして躱したはずの攻撃が再度ブーメランのように篠窪さんの攻めの方の陣形へ突き刺さる。香車に続いて成り込みたかったはずの篠窪さんの飛車は歩によって封じられ、最下段に追い込まれた。この時点で、もうアイ有利になった感じかな。

 

成香を取り、逆に突破された端から逆襲するアイさんはそのまま篠窪さんを抑え込んだまま勝利。香落ちでも問題無く勝てたけど、アイ自身が香落ち上手の対策がまだまだだと感じたそうなので次の第5局までにはさらに強くなる模様。篠窪さんは香落ち下手の勉強を次の第5局のためだけに勉強し直すのは非効率的だし、差は開きそうだな。

 

『7番勝負だと3連敗してもまだ決着していない状態で香落ち対局を迎えるので、香落ちの勉強は無駄にはなりませんが……』

(九頭竜が3連敗からの4連勝とかやっちゃっているから、決着がついていないのに香落ちにする必要があるのかと問われれば微妙だな。……盛り上がる展開は増えるのかな?)

 

3連敗した後の香落ち対局で勝つと、次の対局は平手に戻る。そのまま2連勝して逆王手をかけ、都合3連勝になっても第7局は香落ちにはならない。あくまでこの制度は、平手での3連勝が条件になるからだ。……次のタイトル戦になる九頭竜との帝位戦は、角落ちまで行くだろうな。そこで勝てるかは分からないけど、上手角落ちの勉強も再開したアイは九頭竜よりも準備出来てそう。

 

「……香落ちって、ハンデとして成立させるなら下手が先手番も貰いたいわよ」

「上級者相手の香落ち戦で平手感覚のまま指すと絶対に負けるからな。そう言えば天衣は、香落ち下手の経験が少ないのか」

「奨励会だと、ほんの数戦だけね。すぐに初段まで上がったから、本当の香落ちの怖さは知らずに卒業してしまったわね」

「逆に、上手の指しやすさは知っているか。端のフォローは必要なんだけど、最悪突破されても問題ないからなぁ」

 

天衣が香落ちなら下手は先手番じゃないとハンデにならないと言っているけど、微妙なところだな。天衣が昔、香落ち下手で空さんと相振り飛車になった対局は天衣が穴熊を組んで端攻めされない利点を最大限利用したけど、空さんがもっと攻撃寄りの棋風なら先手番の利を活かして速攻をしていたはず。

 

下手で居飛車党なら素直に居飛車を指して良いけど、上手が定跡通りに振り飛車をした場合、下手が1一角成とした時に香車を取ることが出来ない。もはや香車がないことが、上手のメリットになってしまっている状態だ。何ならこの香車、平手だと取られないようにするために1手使って上げることもあるしな。

 

天衣と今日の対局を並べ終わった後は、香落ちで指してみる。奨励会に入る前、生石さんと香落ち対局で1回だけ勝っているけど、あれは生石さんが大ポカをやらかしたから勝った対局だし、下手香落ちでそのアドバンテージを突くのは本当に難しい。

 

「香落ちの場合は相変わらずの振り飛車穴熊か。別に香車がなくても、端攻めは成立するぞ」

「分かってるわよ。……香落ち上手なのに、居飛車なのね」

「別に香車が無いからって、居飛車を指したら駄目というわけじゃないからな」

 

そして天衣が振り飛車穴熊をしてくるけど、普通に速度勝負で負けていた。穴熊はプロ棋士同士の対局だと、組むまでが勝負だけど俺は穴熊を囲わせてから崩すのも得意だからな。しかしまあ、これから香落ち上手での対局が増えるのか。九頭竜とか、大真面目に対抗策を出して来そうだから少し楽しみではある。


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