うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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分岐

九頭竜と大木の帝位戦が始まり、天衣は聞き手役としてニコ生の解説に呼ばれた。解説役は山刀伐八段で、天衣とコンビを組むのはこれで3度目となる。

 

「皆様おはようございます。聞き手役を務める夜叉神天衣です」

「そして解説は私、山刀伐尽が担当します。よ、ろ、し、く!」

 

黒のゴスロリ衣装に身を包んだ天衣は、山刀伐と共に始まりの挨拶をする。そのうちカメラには対局者である大木が先に姿を現し、下座で胡坐を組む。しかし九頭竜が後から現れると、大木は正座に組み直した。

 

「画面中央の立会人は生石九段、記録係は鏡洲四段です。山刀伐先生は両者と対局経験がありますが、九頭竜竜王とは指し分けの星でしたね?」

「指し分けと言っても、最初の3連勝はまだ九頭竜竜王が弱かった時期だからね。いや竜王を取った時は強かったけど、まだまだ荒かったというか、それが今では大木五冠以外敵無しだからボクでも敵わないよ」

「そうは言いつつ、負け始めた後も2勝はしてますね?」

「ボクも九頭竜竜王も結構勝ち上がるし、対戦する機会は多いからね。流石に何度も負けるような醜態はさらせないよ。……大木五冠以外にはね」

 

九頭竜と山刀伐はタイトル戦の予選や本戦で当たることが多く、現在までの対戦成績は5勝5敗と五分である。最初の3連敗の後から九頭竜は強くなったという山刀伐だが、その強くなった九頭竜を相手に2勝しているところにこの男の強さが垣間見える。

 

「夜叉神くんは大木五冠と公式戦での手合わせ、まだしたことがないよね?」

「はい。雑誌の企画で夏休みに指す予定ですが、公式戦ではありません」

「人によっては、大木五冠との対局は色々と感じるものがあるから、是非弟子の意見は聞いてみたいね」

「えっと、それってどういう……?」

 

九頭竜に触れた後は、もう1人の対局者である大木に触れる2人。まだ公式戦での大木と天衣の対局は実現しておらず、団体戦も同チームである以上、対局の機会が無い。そもそも新四段の天衣が、タイトルの数が六冠になろうとしている大木と公式戦で戦うことは難しい。

 

当然のことだが、タイトルを持っている場合はそのタイトルの予選に参加しないし、九頭竜やA級棋士達を相手に最後の1人になるまで勝ち続けないとタイトル挑戦者にはなれない。

 

「夜叉神くんは初心者に指導する時、ある程度出力を落とすよね?あれを自分が受けると、なかなかに心に来るよ」

「……でも、それでも山刀伐先生は勝てなかったんですよね」

「うん。大木五冠には1度も勝てたことが無いね。というか本当の意味で、彼に勝てた人はいないと思う。でも、だからこそ自分の未熟さを感じるよ」

 

公然の秘密になっている暗黙の了解を、将棋ファン達が薄々感じていたことを、山刀伐は口にする。それは今日、山刀伐が語りたい内容に関係するからだった。

 

対局が始まると、それに合わせて大きな駒を動かしていく2人。しかし九頭竜が長考を始めると、場を持たせるためにトークが始まる。

 

「ソフトのせいで、一時の自分は将棋が一本道のように思えていたんだ。ソフトは最適解としての指し手を教えてくれるからね。でも、そうじゃなかった」

「ソフトは、特に序盤中盤は深くまで読み切れません。分岐の数が多すぎるからです。だからソフトが提示して来る最適解は、全然最適解ではないと前に師匠が教えてくれました」

「分岐に関しては、10の220乗の話かな?」

「えっと、いえ、その話の続きです。

今の将棋の平均手数は116手で、その分岐は10の220乗になりますが、師匠が言うには将棋の最適解を求める時、116手は短すぎるようです。そして116手が短すぎるということは、116手を元にして出された10の220乗という数字も小さすぎるということになります」

「アルファゼロを相手に、1102手の将棋を指した大木五冠がそういう話をすると信憑性が出て来るね。おっと、そろそろ解説に戻ろうか。視聴者達が退屈してしまう」

 

山刀伐と天衣は、互いに何となく似ている部分があることを感じ取っていた。ソフトと将棋の分岐数についての話になった時、コメント欄には≪10の220乗って何桁?≫≪←221桁だよ≫≪将棋の奥深過ぎィ!≫≪じゃあ今日の対局は長手数になる?≫などのコメントが流れる。なおいつも通り≪天衣ちゃん可愛い≫≪罵りなさい!≫などのコメントも流れるが、天衣も慣れたのかスルーするようになった。

 

「大木五冠と九頭竜竜王の将棋は、相掛かりでの真っ向勝負になっている。そして大木五冠は居飛車から、三間飛車の位置まで飛車を動かした。右玉の弱点を攻めるつもりだろうね」

「九頭竜竜王が2筋突破をしようと端歩を突きましたが、大木五冠は反応せずに3五歩です」

「互いに、攻めが成立するかちょっと怪しいところだね。少し先の展開まで並べてみようか。これを同歩と取った場合は……」

 

九頭竜も大木も、細い攻めを成立させようとするために解説役が読み切れないという事態が発生する。大木の真骨頂が表れる中盤戦で、先に攻めを成立させたのは大木だった。九頭竜の玉が攻めを受けている場所から近いため、受け方をミスすると一瞬で詰んでしまうから、必死に凌ぐ必要がある。

 

その状態でも、九頭竜は攻めを成立させていた。大木の攻撃を受けきれば、返す刀で大木の陣形を破壊することが出来る。そうなれば、入玉も視野に入る。しかし大木がそれを許すはずもなく、4六歩と歩を垂らされて苦しい局面になった。

 

「この4六歩を、ノータイムで繰り出してくる辺りが大木五冠だよね。封じ手まで待っても良かったと思うけど、そんな盤外戦術を取る必要もないってことかな」

「九頭竜竜王は、封じ手をする側の方が多いですからね。山刀伐先生は封じ手に関して、封じる方が良いと思いますか?」

「いやー、気にしたことは無かったかな?封じ手をする側も封じ手をする時に時間に追われるから、難しいんだよね」

 

天衣の質問に、気にしたことがないと山刀伐は嘘の解答をした。封じ手の5分前に大木が指したことにより、ほぼ確実に九頭竜が封じ手をする側になるが、大木が指しているのに1日目の終了段階でまだ勝負が決していない対局はこれが初めてだった。

 

そのため、コメントでは≪九頭竜、1日目終了段階で生存確認≫≪大木はどこかでミスった?≫≪全然ソフトの最適解が指されない将棋≫≪ういろう残ってりゅううう!≫などのコメントが流れた。お茶を啜り、九頭竜が封じたことにより帝位戦第1局の1日目は終了する。


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