うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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初の2日制のタイトル戦だった玉将戦は、2日目開始時点で全対局が終わっていた将棋だった。しかし今回はまだ九頭竜が戦える盤面のため、ネット界隈では九頭竜への声援が多い感じ。

 

(流石は西のまおー様だな。ソフト超えは伊達じゃねえわ)

『九頭竜視点は苦しい戦いですが、2日目なのに戦えている時点で他の棋士とは違いますね』

(高いういろうを食べて苦々しい顔する時点でどっかおかしい。大事なタイトル戦中に)

『クリスピーサンドを食べてご満悦な顔をする方も相当おかしいと思いますがね。大事なタイトル戦中に』

 

来年辺りにはスマホも取り上げられそうだなと思いつつ、臨む2日目だけど既に九頭竜の持ち時間は30分を切っている。1日目に時間を使い過ぎているからな。普通の棋士は、終盤のためにある程度は時間を残す。終盤に時間が残らないと、ほぼ確実に負けるからだ。

 

もちろん、終盤に強い棋士なら序盤に時間をたっぷりと使っても良いが、そうする人は少ない。中には序盤に持ち時間をフルに使って、終盤の1分将棋を全く気にしないという変わった棋士もいるけど、大抵の棋士は終盤に時間が残っていないと時間に追われる。

 

今回の九頭竜は、序盤中盤と持ち時間を使いまくった。1日目で終わらせないようにするため、という理由もあるだろうけど、九頭竜の考え方というか、基本方針はアイと共通するところがある。それが序中盤の重視で、九頭竜は今回特に中盤でしっかりと持ち時間を使っている。

 

そして今日の九頭竜の様子を見るに、ここから終局まで、ある程度の回数は読み切っているはず。もうここから終局まで、読もうと思えば読める盤面だからな。俺でも数パターンは読めるけど、全部アイの勝ちパターンか。一夜かけて読めば、数十パターンは読めそう。

 

『九頭竜は10時間ほどかけて、500通りぐらいは終局まで読んだんじゃないですか?』

(は?何それヤバ過ぎ)

『ついでに言うと、私は10分で800通りは終局まで作ります』

(スパコンの事情は聞いてねえ。というかアイはここから何通り一夜で作ったんだ)

『ざっと5万局ぐらいです。ここから負けるパターンは、マスター側を私が指す限り無かったですね』

(九頭竜側もアイが指してるだろうが。それとも3人目の人格でも生えたの?)

『生やそうとマスターが思えば、生えるのでは?』

(そんな簡単に生えてたまるか)

 

九頭竜が残り少ない時間を更に削り、1分将棋に入って着手する。お、勝負手だ。取られる飛車を放置して歩成か。俺ならここで時間を使いたいところだけど、アイにとっては想定済みの手でしかないな。

 

『2八成銀』

(攻め合いか。1手差になるのか?)

『今回は九頭竜が頑張りましたからね。この戦型で2手差以上は将棋のルールの仕組み上、不可能だと思います』

(将棋の底が見えて来た件について)

『残念ながら将棋の底はまだ1割どころか1%も見えてないですよ』

 

アイの言う「この戦型」は、中盤の刺し合いも含んでいる。九頭竜の決死の攻め合いは、全部アイの手の平の上だったということだな。終盤になって案の定九頭竜側に細かなミスも出たらしいし、九頭竜に負ける日は遠そう。

 

九頭竜の玉に必死がかかったところで、九頭竜が最後に王手をかける。一応、逃げたら詰むか?

 

『逃げても最善を選び続ければ詰みませんね。まあ取れば確実に詰まないのですが』

(取ったら角が逃げながら王手、かな。いや必死は解消されないし王手が続かないな)

『そもそも銀をただ捨てした時点で九頭竜玉はどうやっても詰みです。あ、投了しますね』

 

「……負けました」

「ありがとうございました」

 

終局時点で、俺の残り持ち時間は7時間53分。微妙に減っているのはトイレに2回ほど行ったからです。流石に二日制のタイトル戦で、消費持ち時間0分は難しい。キッチリ体調管理すれば九頭竜相手でも行けると思うし、生石さんとの玉将戦では消費持ち時間0分をやったけど、そこまでやる必要性も無い。

 

このまま行けば、4局目で香落ち戦を迎える。最近は色んな将棋ソフトが出ているから、その色んなソフトを相手に香落ちでの多面指しをしているけど、2年半前に角落ちで指していた時よりも圧倒的な進化をしているようで、アイは勝ち辛くなったようだ。なお普通に勝つ模様。天衣がビビって声すら出なくなってたのは印象深い。

 

「いや、角落ちで25面指しして勝ってただろ」

「あの時のソフトと今のソフトで、角落ち分の差はあるじゃない。なのに香落ち25面で勝つのは頭おかしいわよ?

しかもあの時は、当時から見て数年前の型落ちスマホじゃない。今使っているの、最新式のよね?」

「1年前のです。どうせ来年の春辺りに性能の良い廉価版が出るしな。あとスマホで使えるソフトは旧型新型関係なく、ぶっちゃけ弱い」

「今のスマホのソフトを弱いと言えるの、師匠だけだと思う」

 

試しに天衣にソフト相手の多面指しをさせると、かなり良い勝負になっている。……いや、かなり時間は使っているか。持ち時間の制約を付けなかったせいで、単に1対1を10局順番に指しているだけじゃねーか。

 

結果は言うまでもなく、天衣の全敗。まあスマホで使えるソフトと言っても、スマホ最強のソフトは将棋ソフトの大会でかなり良いところまで行ったからな。しかしまあ、このソフトに勝ったソフトに勝ったソフトを相手に搦め手を使ったとはいえ勝った九頭竜は強いわ。天衣との差は、まだまだあるな。

 

『当然ですが、A級棋士との差はそう簡単に埋まるものではありませんでした』

(今は純粋に天衣が大きくなるのを待つしかないか。いくら思考が大人びていても、子供の脳では物理的な限界がある)

『まだ11歳ですし、マスターが11歳の頃の私はA級棋士相手に勝てるかどうかでしたしね』

(そう考えると天衣もやべーな。え、というかその頃のアイってそんな弱かったっけ?)

『マスターとの対局は、相性が良かったから大勝が多かったんですよ?マスターの攻めは分かりやすいごり押しですし』

 

アイは俺が生まれてからずっと強かったし、常に成長を続けているけど、アイが1番成長した時期は小6から中2の時期だろう。天衣は今年中に、何かの棋戦でA級棋士と手合わせして、勝って欲しいかな。直近では名人と対局出来る可能性があるし、是非糧にして欲しい。


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