うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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旅館ひな鶴

帝位戦第4局を迎え、旅館ひな鶴が対局場となる。最近は年2回ペースでタイトル戦の会場になっているから、将棋ファンからの知名度も上がって来た旅館だ。元々の知名度も高いけど、それに加えてあいの人気が流れ込んでいるように見える。よってあいのお母さんである女将さんも有名になって来た。

 

(うわ、完全にアウェイだ。空さんがあいに負けた理由も分かるわ)

『プロ棋士には繊細な生き物が多いですからね。さっさと自室に引き上げますか』

(俺は別に繊細じゃないけど、繊細な空さんはきつかっただろうなこれ)

『自分を繊細じゃないと思い込んでいる超繊細な神経質男』

(あ゛?)

 

当然、旅館関係者の大半は雛鶴あいの師匠である九頭竜を応援している。今回の対局は香落ちだから、九頭竜でも勝てる可能性もあるんじゃないかと考えている将棋ファンも多いっぽい。そして実際、アイでも九頭竜との香落ち戦は未知数だと言っている。

 

対局はお互いが振り飛車を用いる、相振り飛車に。アイも九頭竜も揃って三間飛車にするのは珍しいというか、香落ちでしか見られない戦型だろう。

 

『ここから1六飛、1四歩とするのが九頭竜の構想ですかね。どちらも攻め手に欠く展開ですが、相手は香落ちの弱点である端を攻めることが出来ます』

(え、じゃあどうするの?)

『玉頭から相手の飛車を攻めます。8四歩』

(……あー。これこっちの方が早い攻めになるのは何となく分かるな)

 

香落ちの弱点である端を攻め破ろうと準備する九頭竜に対し、その端を攻める暇を与えないために玉頭を押し上げて相手の攻め駒を攻めるアイさん。やることがえげつないというか、よく踏み切れるなこんなん。

 

そして即座に対応してくる九頭竜は九頭竜でおかしい。来週19歳になる若者とは思えない冷静さ。こっちは人生2周目なのに、九頭竜の方が大人に見えて来る不思議。

 

『マスターは、永遠に子供のままじゃないでしょうか?』

(アダルトゲームを嗜むのに子供扱いはおかしいことに気付け)

『……月に合計5万の支援は、同人ゲーの作者達に貢ぎ過ぎでしょう?』

(臨時収入が入ったから……好きな事にぐらいお金を使わせてくれ……)

『支援している作者一覧を天衣が見たらどう思うんでしょうねえ』

(そこは購入履歴を既に見られているから精神的に大丈夫だわ)

 

戦況は、徐々にアイがリードを奪って行く。ぶっちゃけこの展開もう見飽きた。もっとこう、一発逆転の逆転劇とか出来ないのか?

 

『無理難題を言わないで下さい。ただでさえ一発逆転が難しいことは、マスターも分かっているでしょう?九頭竜相手に一発逆転が可能な局面へ誘導するのは、将棋の40枚の駒を全て上に放り投げて、全部表にするぐらい難しいです』

(5枚の振り駒なら表裏を自在に操れるから、40枚も練習すれば何とかなりそうな気がして来るのは何でだろう。……うん、無茶苦茶なことを言ってるのは自覚している)

『香落ちは、この様子だとまず負けなさそうですね。問題は角落ちですが』

(九頭竜に負けたソフト相手に、角落ちで勝てなかった時点でお察しです。まあ負けても仕方のない対局ではあるけど、負けたくねえな)

 

第4局はそのままアイが勝ち、4連勝で帝位を奪取。これで大木五冠から、大木六冠になるわけだな。あとは名人と竜王だけだけど、まあ名人を取ってから竜王の順番で問題無いだろう。九頭竜が無冠になった時、永世竜王の資格があるとないとじゃ大違いだろうし。

 

「あと3局か」

「……そうだな。

今の対局、俺はどこから悪かったと思う?」

『飛車を振った時点で悪かったんじゃないですかねえ?』

「飛車を振った時点で負けてたんじゃないか?相振り飛車から同型を目指していたのは分かるし、そこから守備重視で自分だけ端攻めという構想は悪くなかったとは思うけど。あとは……」

 

対局終了後に、軽く二言三言喋った後、フラフラと立ち上がって自室の方へと向かう九頭竜。そしてその九頭竜を、介抱しようとするあいと、止める空さん。……天衣は今日、対局が入っていてこの場には居ない。まあ大事な賢王戦の予選トーナメントの試合だし、放棄するわけにはいかないな。

 

『賢王戦は、天衣が予選を勝ち上がれる可能性の高いタイトル戦ですからね。段位で区切っていますから、四段の天衣は予選では敵無しでしょう』

(飯盛さんや、二ツ塚さんすら四段トーナメントにはいないからな。今日は準々決勝で、勝ったようだから後2回で本戦トーナメント進出が決まる)

『あいも勝ち上がっていますから、まあ決勝で当たるでしょうね』

(……四段しかいないとはいえ、プロ棋士達を相手に勝ち上がる姿は祭神のようだな)

 

負けた後、1人にさせた空さんは流石に九頭竜のことをよく分かっている。九頭竜はこの後、たぶん泣くだろうからな。俺が相手で、泣けるほど悔しさを感じるのはある意味凄いと思う。大抵の棋士は諦めているからな。もう対局相手がここまで悔しがる姿を、見ることは少ない。

 

泣く九頭竜を、よしよししてあげたいあいと、1人にさせてあげたい空さん。性格の違いだなぁとは思うけど、俺はよしよしされたい派です。たぶん甘やかしてくれる人がいたら、際限なく堕落していたと思う。だからこそアイはそういう性格にはならずに毒舌を吐き続けるんだろうけど。

 

『だからと言って、スマホゲーの小さな女の子キャラに母性を求めるのは間違っていません?』

(別に求めてませんしー。パーティー組んだらたまたまそういうキャラばかりになっただけですしー)

『うわ、オタクの言い訳にしか聞こえない言い訳するのは止めましょうよ。

というかそのゲーム、ヒロインが11歳ですよね。天衣も11歳……あっ』

(何があっ、だ。文句あるならはよ言えや)

『ロリコンは早く治した方が良いですよ』

(うるせえ。やっぱ文句あっても言うな)

 

金沢から1人で帰ることになるけど、スマホゲーの周回をしながらアイと軽口を言い合う。……よし、また天井まで金を注ぎ込むか。団体戦の臨時収入が大きかったから、幾らでもお金を使える気分になってしまう。タピオカ店でこちらへ流れ込むお金が、10桁あるのは見なかったことにしよう。どんだけ流行ってるんだよ。

 

……これ、夜叉神家にも相当な額のお金が入ってそうだな。最近夜叉神邸の人が増えた理由が分かった気がするし、今後も力入れそうだな。そろそろブームは終わると思うけど、流石のアイもブームの終わりがいつかということまでは分からないらしい。


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