うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
『……申し訳ありません。先手番の利が、思っていた以上に大きいですね』
(ソフト相手に、負ける日が来ること自体は分かっていたわ。でも思っていたより、遅かったな)
『第2局は先手番になりますが、必ず勝てるとは言い切れません』
(しゃーない。グーグル先生が都合3年ぐらいか?AIを駆使して全力で開発した将棋ソフトだぞ。勝てねえわ)
2020年。コロナは流行どころか発生すらせず、タピオカは無事ブームが終了して店舗数を減らすことになった。そんな中、迎えた電脳戦の第1局。今年は歩夢が前座としてソフトの大会で準優勝したソフトを相手に挑んで負けたから、嫌な予感はしていたけど、アルファゼロは2年前の敗戦から異常なレベルで成長を果たして俺とアイの前に君臨した。2年前のアルファゼロに100戦100勝って何それ怖い。
いや、ぶっちゃけ後手で勝つのは無理だろ。何か開発者の1人が「大木六冠でも1000回に1回しか勝てない計算」とか言ってたけど、勝てるビジョンが見えない。対局中、アイが負けると言うから一手だけリソースをほとんど全部譲って貰って交代したけど、コンピューター相手に詐欺は無理だし、読みで上回ろうとしたけど駄目だった。
「負けて良かったとは言いたくないけど、師匠も人間だったのね」
「ナチュラルに人外扱いはしないでくれ。一応人間のはずだ」
天衣は中学1年生となり、今年から制服に身を包んでいる。対局中も制服で指すので、人気にさらに拍車がかかり、あいと人気トップを争っている。なおタイトルも空さんから女流玉座を、あいから山城桜花を奪取しているので女流三冠になり、あいと6つあるタイトルを折半している。6月にある女流棋帝戦も勝つだろうから、天衣は女流四冠になる感じかな。
あらかじめ勝ち上がるタイトルを絞って獲得する姿は俺と被るようで、師弟揃って予定通りの敗北があると話題になっている模様。いやしょうがないじゃん。全タイトルを一気に取ろうとすると、対局数がえげつないんだよ。
『だからと言って、竜王戦で未だに6組なのは明らかに手を抜いていると公言しているようなものですよ』
(取りに行かないタイトルで中途半端に勝つぐらいなら休みが欲しい。切実に)
今年の名人戦の挑戦者はA級順位戦を全勝した歩夢になったけど、ソフトを相手に負けたせいか1局目は負けていた。最近の歩夢は、明らかに強かったし賢王戦の本戦トーナメントでも天衣をフルボッコにしていたから名人相手でも行けると思ったんだけど。……俺相手に、賢王戦で7連敗したのを引きずっているのか?
これからの巻き返しに期待したいけど、相性がやっぱりよろしくない模様。こりゃ名人は来年まで名人のタイトルに意地でもしがみつく気だな。他のタイトル戦では勝ち進めなくなってきているし、明らかに衰えてはいるんだけど、歳を取って経験が増えた分、昔の全盛期よりも引き出しはむしろ多くなっている。
「でもあれは、相手が反則よ。向こう、リモートでの出場なんでしょ?」
「ルール内の事象に反則も何もないわ。会場に持ち込めないほどのコンピューターって、どんなものなのか一目見てみたいけどな」
アルファゼロが本気なのは、リモート出場ということからも窺える。……どんな化け物スペックのコンピューターで演算しているんだろうな?アイが純粋に押し負けるということは、マジもんのスパコンなんだろうけど。
(うちのスパコンは、もう相手のスパコンに歯が立たないってことだ)
『だから面倒くさがらないで初手からマスターが指して下さい。そもそもあれだけ読めるようになっているんですから、リソースを分ける必要もないでしょう。対局中は私を消して下さい』
(んー、考えておくわ。……持ち時間の使い過ぎで、負けないようにしないとな)
うちのスパコンが作り上げた脳の下地は、使いやす過ぎて一気に手が読めてしまう。軽く数十手先を何千パターンと読むだけで、1時間の時が経過しているのは勘弁して欲しい。ただこれ、カタログスペックまで出力は出せてないんだよな。電脳戦の第2局は俺が先手番だから、意地でも勝ちたいけど、勝ちたいと思うだけで勝てるような相手じゃない。
「……なあ、目線がとうとう同じ高さになったんだが?」
「師匠が低すぎるのよ。あと私、まだ155センチだけど、少し厚底の靴を履いてるから」
『もやしっ子のマスターでは、もう天衣に力でも敵わないんじゃないですか?』
(この前マウントを取られた時、若干力比べになったけど負けてたじゃん。もう抵抗出来ねーよ)
中学1年生になった天衣は、本当に大きくなった。なおあいの方が色々と大きくなっている模様。中学進学というタイミングで、九頭竜はあいを家から追い出せなかったため、女性関係の泥沼化は避けられない。そんでもって、あいの身体が女らしくなってきたことで九頭竜の理性がガリガリ削られている。
……空さんは結局、胸がぺったんこのままだからな。九頭竜も女流棋士を女乳棋士と言う程度にはおっぱい星人だから、あい優勢になりつつある。まあ1番戦闘力が高いのは桂香さんだけど。桂香さんも桂香さんで、自身の将来について色々と悩み始めているそうだから、九頭竜争奪戦に参加する可能性が無きにしも非ず。もうアラサーだし。
『他人の心配するより、自分の心配をした方が良いんじゃないですか?最近の天衣のアプローチ、どんどん過激になっていますよ』
(向こうも法律には詳しい人が多いし、中学卒業までそういうことはしたら不味いことぐらい天衣も分かってるだろ)
『その時まで天衣に好意があれば良いですね?』
(怖いこと言うなよ。
……憧れや尊敬から発生した愛情だろうから、冷める可能性もありそうなのが辛いな)
お嬢様達が集う小学校に通っていた天衣は、お嬢様が集う中学校へ進学。中高一貫の私立女子校だから、学歴で師匠を超えることが確定した瞬間である。たぶん、大学まで行くだろうな。俺も今からでも大学目指そうか?アイが居れば、東大でも余裕だと思うし。……いやでも卒業まで通うのが面倒だからいいや。
『東大が余裕とまでは言えませんよ。今年のセンター試験でも、一問間違えましたし』
(試しに解いてみて、900点中892点だろ?東大でも余裕だろこんなん)
アイと雑談をするけど、目下に迫った電脳戦の第2局の勝ち方はイメージ出来ない。千日手を利用しようとしても、たぶん千日手に漕ぎ付く前に捻じ曲げられる。一矢報いたいけど、かなり厳しい状況だな。