うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
電脳戦の第2局は、京都の仁和寺というお寺で行なわれる。電脳戦の開催場所は歴史のあるところが多いけど、ここもかなり歴史ある場所だな。俺の先手番で始まり、この対局で俺が負ければ、人類がAIに負けた日として記録されるだろう。
……先手番で負け、2連敗で幕を閉じるのは人類の完全敗北だ。結構な人からお前は人間じゃないと言われているような気がするけど、気持ちは人類代表のつもりだし、一般人から見てもそうだろう。だからせめて、この勝負には勝ちたい。
『複雑な展開になることは容易に想像できます。そうなった場合、私が少ない局面で助言するのはむしろ邪魔でしょう。消して下さい』
(うい)
『健闘を祈ります、マスター』
アイを一旦脳の片隅へ追いやって、初手である7六歩を指す。相対するアルファゼロは、8四歩だ。まあ、最序盤の数手は人類最強の指し手も最高峰のAIも同じ手を指す。問題は、その最序盤が終わった後だ。
あっという間に不利になる、ということはないけどアルファゼロはミスをしない。十数手先には敵の好手が悪手になっている、という罠も回避するだろう。ならこの序盤で、何とかするしかない。
……何とかするしかない、ということは分かっているんだけど思っていた以上にどうしようもないな。第1局は、アイが297手で負けた。互いに機械のように、ひたすら自陣の勢力を広げるような将棋だ。見ていて疲れるような将棋だった。それで負けたのだから、アイには頼れない。
こちらは飛車を振り、向飛車対居飛車の対抗形になる。アルファゼロは時間をあまり使わないので、とうとうこちらの消費時間の方が多くなった中盤戦。多少の不利は覚悟で用意していた千日手の筋へ強引に連れ込んだ。アルファゼロが千日手の回避をすれば、こちらが僅かに有利になる局面。
アルファゼロは、千日手の筋を辿る。嘘だろこいつ。千日手にするのかよ。というか、誘い込まれた?
『どうするんです?後手番になればもう勝てませんよ?』
(うわあ。いきなり出て来るな。
脳のリソース100%渡すんじゃなかったのかよ)
『今の私は、リソース全く使ってないですよ。
……引き分けですか』
(いや、引き分けにはしねえ。たぶんだけど、勝ち筋が見えた)
同じ局面が3度出来たところで、よく見てみると、千日手の手順を外れたところに、僅かな勝ち筋があった。アルファゼロは千日手にしようとしたけど、ソフトは基本、千日手を回避しようとする。アルファゼロも例外ではなく、千日手は負けに等しい評価をされるはずだ。それでも千日手にしようとしたのは、回避したら確定で不利ということを読み切ったからか。
『6七歩……?このタイミングで自陣に歩を打つなんて、何手先を読んだんですか?』
(まあ見てろ。この歩が絶対に生きて来るから)
こちらが千日手を解消する手を指し、千日手が解消されたアルファゼロはこちらの陣地を攻めて来る。千日手の手順の中で、こちらが有利になる離脱タイミングがあったので、そこで離脱した後、持ち駒の歩を自陣に打った。この歩の意図を、アルファゼロに読み切られなければ俺の勝ちだ。
アルファゼロは、俺の読み通りに攻めて来る。まあほとんど一本道だし、高段棋士でも同じような攻め方をするだろう。こちらも攻め合いに出て、王手をかける。うん。今日は本当によく見える。
『……待ち歩ですか。馬と竜の筋が、見事に止まっています』
(細かい分岐は沢山あったけど、向こうが最善しか選択しないなら一本道。だからこそ、歩で止まる)
77手目に6七歩と打ってから、67手後。アルファゼロが6八竜と指した時、アルファゼロの陣地への利きを止めるためだけに打った歩は、無事に機能した。ここからの逆襲で、僅かにリードを奪える予定だけど、持ち時間がもう無いな。
(あと1時間か。時間に追われる経験は本当に無かったから、新鮮だな)
『もう、終局まで読み切っていますよね?
……アルファゼロを相手に勝利、おめでとうございます』
(ぶっちゃけ、引き分けが無ければ将棋は先手必勝だわ。それほどに先手の利は大きいし、何とか勝ちに持って行けた形だな。
次は後手番になったら千日手狙いにするけど、勝てると思う?)
『アルファゼロが千日手に応じる以上、千日手狙いは難しいでしょう。指し直しは体力勝負になりますし、負けると思います
そして今日のアルファゼロは、最新版ではありません。安定版である以上、アップデートをしてくるでしょう』
(……そっか。ま、一矢報いただけで十分だわ。次はアイが指してくれ)
『……終局前に倒れないで下さいよ。せっかくの勝ちが、負けになりますから』
アルファゼロの玉は、最後の最後まで逃げる。だけどするすると逃げて行くその道も、俺が舗装した道だ。最後、6六桂と打ってアルファゼロの玉は何処へ逃げても金打ちで詰みと言う状況になる。そこでアルファゼロは、投了をした。
……まだ詰んでいないのに投了する将棋ソフト、か。マジでこのAI、人格宿ってるんじゃねーの?そんなことを思いながら立とうとすると、上手く立てなくてふらつく。着物が汗まみれで気持ち悪い。
今日の一局で、星は五分になった。しかし相手は確実にアップデートしてくるだろうなという、予想がある。というか向こうが安定版と最新版があることを言って、負けるまでは安定版で挑むと言っていたからな。後手番なら万に一つもないだろうし、先手番でも厳しそうだ。
そして迎えた第3局ではこちらが先手番を握り、俺が必死の抵抗をして入玉するも、持将棋になって指し直しに。アルファゼロが先手番となり、交代したアイが288手目で投了。電脳戦で、人類はAIに負けた。
(まあ、届かないわな。1秒で数億手は読む化け物相手にどう勝てと?)
『九頭竜や歩夢視点、私達はこう見えていたんでしょうね。最新版は安定版相手に先手後手入れ替えて1万局指して5割5分勝ったとのことでしたが、明らかに最新版の方が強いです』
(まーでも、世間ではそれほど差が無かったとされている感じだしこれで良かったんじゃね?)
『結果だけ見れば負け、勝ち、引き分け、負けの1勝2敗1引き分けですからね。それに、先手番では負けませんでした。一般人には、勝った1局が奇跡の1局だったとは分かりません。おそらくあと1000回指せば、999回は負けるでしょうが』
いつまで回避できるか分からなかった敗北だけど、実現するとどうしようもない悔しさが湧き上がってくる。まあでも先手番で負けることは無かったし、向こうも来年以降、また出て来るそうなので、地道に経験値を貯めて行くしかないな。