うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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殴り合い

9月から行なわれる団体戦は九頭竜チームが無双を始めたので今年度は優勝を掻っ攫われそうだなと思いながらも、九頭竜のチームとは別のリーグになったし、天衣と飯盛さんがいるから決勝までは行けそうだなという状況。

 

というか椚とあいと空さんと祭神はずるいわ。大木の対抗馬としては九頭竜しかいなかったんだろうけど、総合力でこちらは圧倒的に負けている。……ハーレムの件は、まだ祭神にバレてないようだけど時間の問題だろう。マジ時限核爆弾。

 

なお今年の特別枠は月光会長が引退棋士を引き連れての参戦。妥当なスペシャルチームとしての参戦で、チームの成績はそんなに良くないけど、月光会長がわりと勝っているので引退は早かったんじゃないかと囁かれている。

 

そんな中、マイナビ女子オープンの本戦が始まる。出場する16人の中には、晶さんの姿もあった。……昨年度はチャレンジマッチで2勝2敗と何とも言えない結果で終わった晶さんだけど、今年はチャレンジマッチを勝ち抜き、予選トーナメントは相手に恵まれたために本戦出場を果たした。

 

1年かけてアマ二段からアマ三段にもなっている晶さんは、この本戦トーナメントの初戦で勝てば女流棋士になれる。もしも女流棋士になれたら、俺の弟子になるそうなので天衣の妹弟子爆誕である。そして本戦1回戦の相手は桂香さんだから、わりと可能性があるというね。

 

流石に空さんやあい相手は角落ちや飛車落ちでも無理だろうし、元タイトルホルダーの供御飯さんや月夜見坂さんの相手も当然無理だ。そんな中、桂香さんに当たったのは幸運としか言い様がない。言っちゃ悪いけど、本戦出場者の中で晶さんが唯一勝てる可能性の残る相手だったと思う。

 

晶さんにとってはわりと今後の人生がかかっている一戦で、俺と天衣は東京の将棋会館のすぐ近くの喫茶店で対局を見守る。ちなみに、晶さんと桂香さんの隣で指しているのはあいと空さんです。対局場がひりついた雰囲気になってそう。

 

『晶さんの将棋は、見ていて面白いですよね。無鉄砲というか、自由さがありますよ』

(奇襲戦法を好んで自由奔放に指しながら、実は隠れて一点集中突破狙いとか俺に通ずるものはあるかもしれない。まあ主な成長方法が、天衣の対局の解説を俺から聞く、だったからなぁ)

 

桂香さんと晶さんの将棋は、晶さんが振り飛車の三間飛車で桂香さんが居飛車という無難な立ち上がり。晶さんが石田流を指しているのをみると、ちゃんと勉強もしているのは分かる。

 

一方の空さん対あいの対局は、序盤から殴り合いに発展していた。空さんは防御よりのバランスタイプだし、あいはカウンター型の持久戦術が得意なのに、そんなこと関係無しに序盤から互いに角交換して馬を作って殴り合ってる。この女同士の戦いは怖いわ。……というかもしも1対1で九頭竜を争っていたら、現実のものになっていた可能性があるの怖い。

 

『お互いに左手でネクタイを握りしめながら、右手で顔面を殴り続けるような将棋ですね』

(現実で起こらなくて良かったわ……天衣があいの相談に乗っていたからかな?)

「天衣はあいとどんな会話をしたんだ?一応、ボイスレコーダーは持って行ってたんだろ?聞いても良い?」

「……聞かれたくない会話が入っているから駄目よ」

「じゃあその部分だけ消して良いから、残りを聞かせてくれ」

 

問題解決する前、九頭竜が本格的に殺される懸念があったので天衣には念のためにボイスレコーダーを持たせていた。建前としては、あいが九頭竜に危害を与える行為を示唆する発言があった場合、取り押さえられるようにするため。本音としては、単純に天衣とあいの会話を聞きたかったから。

 

(よし、じゃあまずは消されたデータを復元してと)

『……女の子の聞かれたくない会話を真っ先に聞こうとするド外道マスター』

≪は、初めての時ってどんな感じだった?≫

≪えっとね、私は師匠に貫かれる妄想を何千回としていたけど、やっぱり妄想と現実は……≫

「何聞いてるのよ!え!?何で聞いてるの!?」

「すまん、操作ミスった」

 

天衣と騒ぎながらもボイスレコーダーの記録を聞くと、天衣が何とかして九頭竜の幸せを第一に考えるようあいの思考を誘導していたことが分かる。まあ、元々あいから九頭竜への好感度は青天井だったし、少し独占欲を抑えるように説得して、それが功を奏した形かな。今では立派な九頭竜狂信者になって、九頭竜のことを第一に考えるようになったし。でも空さんとは将棋で殴り合う。

 

「もう……。

……師匠は、別の女を作らないわよね?」

「作らないというか、作れねえわ。

げ、晶さんが押され始めた」

「あのおばさん、たまに強いわよ。特に定跡型の将棋なら力を発揮するし……それでも他の平均的な女流棋士よりかはマシってだけだけど」

「で、空さんとあいの将棋は形勢不明だな。微妙に空さん有利か」

 

晶さんの将棋は晶さんが不利になっていってるけど、晶さんの狙いは読めているし、実現したら逆転勝ちだろう。空さんとあいの対局は、殴り合いの末に空さんがリードを奪った。来年の女王戦の挑戦者は、空さんになりそうかな?

 

『ずっと狙っている手が、桂香さんにバレなければ勝ちですか。……ああ、決まりましたねこれ』

(桂香さんは、見事な頓死だな。誘導し切った晶さんが強かった将棋だけど……危なっかしい将棋を指すなあ)

『少なくとも、女流棋士になるか否かが決まる一局で指す将棋では無いですね。そこが晶さんの強みでもあるのでしょうが』

(……マジで女流棋士なっちゃったよ。天衣はこれで、姉弟子になったわけだ)

 

「本当に、晶を弟子にするの?」

「するしかないだろ。……1番弟子は天衣だけだから安心しろ」

「……師匠への弟子入り希望の数、凄いのよね?」

「ツイッターのDMで嫌というほど来る。ちゃんとプロフィールに弟子入り希望DMはNG無視しますって書いてるのに」

「ええ……」

 

終盤も終盤、最後の攻防で一気に桂香さんの玉を詰まし切った晶さんだけど、頓死筋を利用しての勝ちは晶さんらしい感じがする。これで俺は2人目の弟子が出来たことになるし、その弟子は年上という摩訶不思議状態に突入した。

 

天衣にも言われたけど、俺への弟子入り希望の人は多い。まあ月光会長の方が多いんだけど、そのうち何人か育てろと言われるようになるのかな。今までは天衣だけに集中したいという言い訳を使ってたけど、晶さんも女流棋士になったし、回避は難しそう。

 

そして空さんとあいの殴り合いの結果は、空さんに軍配が上がった。なんか血塗れの拳を握っている空さんの姿が幻視出来そうな将棋だな。隣の将棋と比べると恐ろしくハイレベルな戦いだし、あいも最後までよく耐えたわ。しかしまあ、女の争いって恐ろしいな。


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