うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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永世竜王

歩夢が「あの悪逆非道の暴君に正義の鉄槌を降して来る」と竜王戦開幕前に言っていたけど、無事3連敗してストレート負けを食らいそうになった4局目。香落ちの対局は執念で勝ち切り、5局目も平手で勝ったけど、6局目で負けて2勝4敗という内容だった。

 

歩夢はまたタイトル獲得チャンスを逃したし、結局九頭竜は永世竜王の資格を得たか。というか「童貞or処女を喪失したら強くなるor弱くなる」は将棋界だとよく言われる話なんだけど、あいつ強くなるのかよ。何という理不尽の塊。

 

……いやまあ、理不尽な存在の方が将棋が強いなんてよくある話なのだが。現六冠の人とか、深夜にゲームしまくって対局中にうとうとしていますし。祭神とか畜生の時の方が強かったと思う。

 

『プライベートは充実している棋士の方が強かったりしますからね』

(プライベートが充実……充実?

歩夢が3連敗からの4連勝決めるかと思ったけど、やっぱ厳しいな)

『3連敗した後に4連勝すれば第4局の香落ちが問題になるとは思いますが、そもそも3連敗した後に香落ちで勝ったとして、その後平手で3連勝するのはかなり難しいことなんですよね』

(……まあ、九頭竜が相手だったしな。今のアレ相手に平手で3連勝は歩夢には厳しい。そもそも開幕の3連敗が痛すぎる。それだけ実力差があったってことだけど)

 

世間では初代永世竜王の誕生に湧いたけど、竜王戦の期間中に、来年度の竜王戦の予選は始まる。来年の竜王は取りに行くタイトルだから勝ちに行くけど、例の元真剣師でアマ竜王の人と同ブロックになった。天衣が。

 

『今年の竜王戦の予選は、マスターとの公式戦初手合いになりそうだからと天衣も気合いが入っていましたが、例の元真剣師はかなり強いですね』

(初戦で鏡洲さんを寄せ付けずに勝ったからなあ。鏡洲さん、今年も順位戦は全勝だし絶好調の若手と言っても過言ではないのに)

『若手……若手?』

(……まだ鏡洲さんはプロ棋士になってから2年程しか経過してねえ。30代前半は、まだ若手で良いんじゃないか?)

『私は新人王戦の参加基準である26歳辺りが区切りだと思いますけど?』

 

若手の定義は難しいけど、世間一般ではアイの言う通り26歳ぐらいが基準になりそう。ちなみに昨年の新人王は飯盛さんだった。天衣が途中で負けてなければ俺との記念対局が実現していた可能性は高いけど、まあ負けたものは仕方ない。そもそも記念対局は、非公式試合だしな。今年は天衣が優勝したけど、記念対局は名人が行なうことになったので結局師弟対決は実現しなかった。わりと残念。

 

そして竜王戦6組のランキング戦は対局数が多いので、将棋会館の同じ部屋で複数の対局が行なわれることもあるけど、今日は隣で例の真剣師が辛香さんと戦っていた。俺の相手はいつぞやのC級1組にいる勝率4割棋士だな。寝てても勝てそう。

 

今年からC級2組の順位戦に参加する辛香さんは、対局中もおしゃべりの多い人だ。というか年配の人ほどおしゃべりをよくするし、対局中に全くの無言になることはそこまで多くない。

 

「あんさんは元奨でっか?」

「いや、違う。

俺が将棋を覚えたのは高校卒業後、組に入ってからだから19歳の頃だな」

「それはまた……。

師匠とかおられます?」

「組の代打ちをしていた、元奨が一応の師匠ということになる。ただ基本的な将棋の勉強は、プロの対局の棋譜で行なった」

 

素直に元真剣師はべらべらと境遇を語るけど、この人は将棋に出会うのが遅かったタイプか。19歳で将棋に出会ったら、当然だけどプロ棋士は目指せない。奨励会の試験を受けられるのが、19歳以下だしな。ルールを憶えた時点で年齢制限はオーバーだ。

 

「初めはプロの先生の対局の棋譜を見てもちんぷんかんぷんだったが、1年も経てばお互いの意図が棋譜から見えるようになり、さらに1年も経てば元奨の先生やその対局相手が弱いと思うようになった。その辺からだな。俺が真剣師として本格的に活動し出したのは」

「その元奨の方は、奨励会をどこで辞めはったん?」

「二段だ。そして俺は、組の代打ちを任されるようになってから一度も負けたことがない」

「それはそれは。今まで対戦相手に恵まれましたなあ」

 

『何か表に出て来たら駄目そうな人間ですよね。小指無いですし』

(は?うわほんとだ。左手の小指がない人間初めてみたかも)

『ですが将棋は強いですよ。天衣と同じ程度には』

(そりゃヤーさんでキャリア20年ぐらいの真剣師とか、踏んで来た場数がヤバいだろ。あと純粋に攻め合いのタイミングが上手いわ)

 

辛香さんは煽りながら、得意の泥沼持久戦に引き摺り込もうとしているけど、あの顔はもう敗北を悟ってそうな顔だな。あと修羅場を幾つか切り抜けてそうな真剣師さんは、粘る相手の対処も得意そうだ。アマチュアで3回戦進出はかなりの好成績だし、さらに勝ち上がりそうだな。4回戦、準々決勝で天衣と当たるなら見物だ。

 

将棋はアマチュアとプロの差が激しいと言われているけど、ソフトが改善されていくにつれ、アマチュアが手軽にプロ棋士以上の存在から将棋を教わることの出来る環境へと変化した。その結果アマの大会のレベルは跳ね上がり、アマの最上位層は最下位層のプロ棋士相手には勝てるであろう状況になった。

 

将棋の競技人口が増えたということは、それだけ将棋の天才が将棋を始めるきっかけは増えたということだ。特に将棋を始めるのが遅かった人達が、こうしてプロを目指すことも増えるだろう。

 

(何か今日、まったり惨殺してるけど変な事してる?)

『マスターの指示でチェスの解析を進めているのですが?自分で出した指示をお忘れです?』

(対局中にもやってるのかよ。変なミスしたりしないだろうな?)

『するわけないじゃないですか。というかもう決着がついているのに心配性ですね』

 

俺もアイに任せて普通に勝ったけど、何か平凡な手が多かったなと思っていたらアイはチェスの勉強をしていた。いや、来年の初頭にイベントがあるからといって、ガチになり過ぎだろ。確かにチェスのグランドマスターを相手に後手番でフルボッコに出来るレベルまで頑張れとは言ったけど、アイならもう世界ランク一桁に勝てるレベルだろ?

 

『世界ランク一桁だろうが虐殺は出来ますよ。ですが将棋よりも紛れが少ない分、より慎重にならないといけません』

(……世界中からチェスの腕自慢を集めて脳内100面指しをするんだろ?俺に勝ったら賞金10万ドルとか、グランドマスターも出て来るんじゃね?ただでさえアルファゼロに1勝したことで、世界に名を売ったからな)

 

チェスの世界のことはよく知らないが、来年の年始に世界中からチェスプレイヤーを募り、応募者が100名を超えたら世界ランクの上から順に100名を選出。東京で脳内100面指しを決行するらしい。日本での将棋ブームは巻き起こったが、それを世界に広げるための取り組みだな。

 

なお来てくれるチェスプレイヤー達にとって、俺に勝ったら10万ドル、負けたら何も無しというオールオアナッシング仕様なので、本当に強い人が来てくれるかは微妙。せめて飛行機代ぐらいは出してあげようよ。そして俺が100面全敗したら将棋界は10億円ぐらい負担しないといけないんだけど、そこら辺ちゃんと考えているのか不安になる。


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