うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
天衣と生石玉将の道場に通い始めて3日目。今日は生石玉将が居ないので、飛鳥さんに頼んで天衣に番台の仕事をさせる。
「な、何で私がそんなことしないといけないのよ」
「いいか。番台は営業スマイルが求められる接客業だ。将棋界も同じで、営業スマイルが出来ない奴は仕事が来ないし、嫌われる。
内心でどう思っていようが、表面上では取り繕うことをしろ」
「……師匠も、愛想笑いは苦手じゃない」
「それも売りにはしているからな。だが基本は笑顔で挨拶だ。
ほら笑え。にぱーって」
「しないって言ってるでしょ!」
生石玉将が居ない日には、振り飛車好きなお客さんの数も減るので今の内に天衣に接客業をやらせる。可愛いから、営業スマイルが出来るだけでファンが急増するだろう。研修会に入ってないから、ここで天衣の礼儀や立ち振る舞いの矯正をしておく。
「将棋には必要ないことかもしれない。だけどな、将棋界には必要なことだ。
お前の勝手な振る舞いで、スポンサーが降りたらそれだけで棋界にダメージが入る。師匠の俺の顔にも泥を塗る行為だということは分かっておけ」
「……分かったわよ。やれば良いんでしょ!完璧にこなして見せるわ!」
「よし。
じゃあ大人1人だ。ほら、スマイル」
「くっ……。10000円、お預かりいたします。お先に9000円お返しします。……ごー、ろく、しち、はち、きゅー。残り、300円のお返しです。ご利用、ありがとうございます」
「お、思っていたよりも出来てるな。じゃあ俺は風呂に入ってくるわ」
『礼儀に関しては付け焼刃でも、やらないよりマシですからね』
(やって損することじゃないしな。やって損することじゃない上、得をするんだからやらない理由が無い。天衣に関しては、飛鳥さんと晶さんも見てくれるし大丈夫だろ)
『それにしても、小学生を働かせる師匠って印象最悪でしょうね』
(うるせえ。多少場をほんわかさせるツンデレ台詞なら許容できるが、人の地雷を踏み抜く部分は矯正しないと俺の胃が持たねえ)
まず天衣の接客を俺で試すと、意外にもまともな対応は出来ていた。天衣はやれば出来る子だな。問題はやらないことなのだが。将棋の修行は必要だけど、将棋界で生き抜く方法も必要なことだ。少なくとも愛嬌があるだけで、かなり生きやすさが変わって来る。
内心どれだけ馬鹿にしてようが、表で出す部分を取り繕えば評価は上がる。研究会で標的にされる確率も減るし、最新の情報も入りやすい。将棋を指す以上は全員敵、馴れ合い不要という天衣の考えは、非常に孤立してしまいやすい。
そんな下衆いことを考えながら大きなお風呂の湯に浸かると、天衣の付き人も入って来た。晶さんじゃなくて、いつも遠巻きに警戒している別の男の人で、ゴリマッチョ体型だ。
……めっちゃ怖いし、筋肉量と傷跡がやべえ。なんか雰囲気を見るだけで、歴戦の戦士だということが分かってしまう。マジもんのヤーさんマジやべー。
そしてそんな人がこの湯に入って来た理由なんて、1つしかない。俺と、話をしたかったのだろう。
「……天衣お嬢様は、両親が亡くなられてからずっと1人で将棋を指し続けていた。亡くなられた両親との、幸せな思い出が将棋だったのだ。そのお姿があまりにも居た堪れなく……我々は、お嬢様を甘やかし過ぎたのかもしれない」
「……甘やかし過ぎた、ね」
「だから大木先生には感謝している。天衣お嬢様は今、人として成長しておられる。1人でずっと殻に籠っていた天衣お嬢様が、外へ目を向けてくれているのは大木先生の教育のお陰だ。
……だからこれからも、天衣お嬢様を導いて欲しい。我々からの、願いだ」
「言われなくても、天衣が一人前のプロ棋士になるまで面倒は見ますし、それからも年上として、先輩として、師匠として教えられることは教えて行きますよ」
ゴリマッチョが、俺に頭を下げるという構図だけでも震え上がる。転生しても嫌いな食べ物は嫌いなままだし、怖いものは怖いんです。具体的にはゴリマッチョの体育会系。人として、相いれないことが経験として分かってしまっている。
でも、それでも会話は良い感じに取り繕う。ここで選択肢を間違えたら死orDeathだ。それに天衣に関しては、どこまで伸びるか楽しみだし、正直に言うと弟子育成が楽しいです。
『とことんマスターは、ゲーム脳ですよね。そう言えば今日からウォットでイベントですよ』
(え?マジで?……天衣を放って帰ったら駄目かな?流石に駄目か。今日は徹夜だな)
『明日、玉将戦の一次予選の決勝がありますよ』
(あー、玉将戦に関しては生石玉将と於鬼頭帝位の対決が見れなくなるからパスするし、丁度良いな)
『そーですか。マスターは何なら取りに行くんです?』
(棋帝は俺が取りに行くから安心しろ)
『マスターは棋帝の挑戦者決定戦に勝つおつもりですか?今回で名人が99期目を獲得するから、竜王戦が100期目で盛り上がるんですよ?』
(……あー。いやまあ、そろそろ俺もタイトル欲しいし。別に竜王戦が永世七冠とタイトル99期目を賭けた戦いでも盛り上がるだろ)
とことん自分本位で色々と考えた後、風呂から上がって天衣の様子を見に行く。すると、そこには笑顔を振りまく美少女の姿が確認出来た。ちゃんと接客が出来ていて一安心したし、営業スマイルの上達速度も速い方だな。
番台を飛鳥さんに交代して貰った後は、道場のお客さん達と多面指しをする天衣。天衣を囲むようにして机が並べられ、おっさんやお爺さんが天衣を取り囲む。一見すると怪しい図だけど、ここの道場の客、生石玉将が時たま指導対局をしているからか、筋が良いしそこらの将棋道場よりレベルが高い。
と言っても、天衣の敵ではないので天衣には全勝目指して勝ち続けろと伝えました。生石玉将の道場の客の実力は、ばらつきがあるもののアマ初段からアマ四段クラスが多い。アマの四段だと、底辺の女流棋士より強いことも多いし、この道場は振り飛車党しか居ないからマイナビ女子オープン対策にバッチリだ。
……たぶん、組み合わせとかは原作と変わるんだよな。下手したら、1回戦であいと天衣が当たるかもしれないし、原作と組み合わせが異なる以上、天衣が絶対に勝ち抜ける保証なんてどこにも無い。
俺は、ひたすら天衣に勝ち抜く力を付けさせるしかない。不敗の女流棋士にはしてみせるって言ったんだ。だから、頼むから女流棋士には負けないでくれ。
あ、空さんは女流棋士では無いので負けてもセーフです。現状で五分だと思いたいけど、最近の空さんの将棋を見てないから何とも言えないんだよな。まあでも女王のタイトル戦までに、あと半年以上の時間がある。向こうも成長するだろうけど、成長速度は天衣の方が上だろうし、女王のタイトル奪取も可能かもしれないな。