うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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脳内100面指し

俺の脳内100面指しはちょっとした伝説にはなっていたけど、嘘っぽい上に大会に来た人やイベントに来た人しか知らなかったから世間一般には広まって無かった。しかし今回は違う。チェスの世界ランク6位の人や、二桁の人がゴロゴロいる中での脳内100面指し。

 

まあ、これで100連勝したら朝や夕方のニュースで少しぐらいは話題にされるだろう。カメラを持った報道陣も来ているし、わりと注目されている。

 

『新年一発目から将棋界はアホなこと考えますね。チェス界としては大迷惑だと思うのですが』

(今でも名人のレートは日本国内2位だし、将棋界が勝手にやるならそれはそれで良いんじゃない?でも1勝で10万ドルの賞金設定はアホだわ。お陰でランカーがわんさかいるぞ)

 

勝てば10万ドル、負ければ帰りの飛行機代も出ない今回のイベントは、ちゃんと将棋連盟側が賞金を用意している。しかし勝って下さいねと軽く言う月光会長の目はマジだった。いや目は見えてないはずだし、開いてすらいなかったけど、マジだった。

 

そしてイベント当日、会場はお祭り騒ぎだ。日本にもチェス愛好家は結構いるようで、世界中の有名チェスプレイヤーが集まったのだから当然と言えば当然か。もしも全勝することが出来れば、今年の世界チェス選手権に招待するとか言われた気がする。なお俺へのギャラは100局合わせて10万ドルの模様。ちゃんと貰えるものは貰ってますけど負ける度に1%減るとか聞いてない。

 

チェスも将棋の棋譜と同じように、指す場所を口頭で伝える手段がある。Qd2と言えばクイーンがd2の場所に移動した、という感じだな。ポーンの場合は場所だけで示すようなので、a4と言えばそれだけで伝わる。白と黒の2手1組で1手(1ムーブ)らしいけど、会場では100人が1人ずつ言っていくスタイル。めっちゃ時間がかかる。

 

「d3!」

「3番d3です」

『d6』

「d6」

 

英語で飛んでくるチェスの駒の動きを、わざわざ翻訳してくれるスタッフさんにこちらの指し手を伝える。相変わらずのど真ん中でアイマスク姿のため、傍から見れば囚われているようにも見えそう。

 

集まった100人の腕自慢の内、50人ぐらいはグランドマスターと呼ばれる方々だけど、チェスに命を賭けていると言っても過言ではない人達をばっさばっさと切り伏せるアイさん。雑に任せたのにこの仕事ぶりはヤバいわ。

 

『マスターがこうして実力を誇示しようとすること自体が珍しいですから力は入りますよ』

(誇示するというか、単純に将棋界へ迷惑かけまくりだからその償いなんだよな。一般棋戦でわざと負けたり、竜王戦でいつまでも6組って本来なら許される事じゃないし)

『あと対局中に相手の持ち時間の分だけ外出したり、寝たりとやりたい放題でしたからね』

(当人間で問題が無ければ大した問題じゃない九頭竜と比べれば、俺の方が棋界に迷惑かけてる自覚はある。あとそろそろ、1強状態の弊害が出て来そうだしな)

 

結構な長丁場になったものの、無事に後手番で100面全勝を成し遂げたのでアイマスクを外す。すると机の上に突っ伏すアメリカ人や、項垂れているロシア人の姿が確認出来る。……ここまではデモンストレーションで、アイにとってはここからが本番だ。

 

チェスにも当然将棋と同じようにソフトという存在があり、将棋のソフトよりもその歴史は圧倒的に長い。しかしそのソフトを相手に、アイは先手番なら勝てるようなので、先手番でそのソフトと戦ってみる。

 

(こっちを先にデモンストレーションとしてやっておけば、100人の方は真剣に挑んで来たんじゃないか?)

『あの100人、全員真剣だったと思いますよ。あとマスターはチェスのソフトを舐め過ぎです。私がどれだけ極めても、マスターがどれだけ極めても、後手番で勝つことは一生ないでしょう』

(でも先手番では、一月ちょっとで勝てるんだよな。……チェスがどれだけ先手有利なゲームかよく分かる)

『将棋もいずれはそうなるでしょうね。ボードゲームの宿命です』

(その点、囲碁はコミがあるから調整はしやすいな。ボードゲームとしては優秀なのかもしれない)

 

チェス界においては、十数年前に既に人類がAIに負けているようなのでここで先手番を持って勝って、後手番で引き分けたら、実質人類はAIに勝利したことになる。一応、ソフトは一昨年の大会で優勝したものだ。昨年にアルファゼロ相手に負けてるけど。

 

そんなソフトを相手に、先手番でキッチリと勝ち切るアイさん。334ムーブってヤバいな。2手1組で1ムーブなので、将棋換算すると667手目でチェックメイト。ただひたすら有利を広げるだけの対局において、アイは無類の強さを発揮する。

 

一方の後手番では、将棋でいう千日手に当たるスリーフォールド・レピティションを利用する。将棋では4回同一局面になると千日手だけど、チェスは3回同一局面になると千日手だ。ただし将棋のように強制ではなく、審判に申告をしないと引き分けにはならない。自動的に引き分けにはならないということだな。

 

その上、チェスにも連続王手の千日手があるのだけど、これは反則にならず千日手扱いで引き分けだ。将棋で反則負けとなる連続チェックの千日手はチェスだと常套手段であり、不利な側が連続チェックの千日手を狙うのは当たり前だとか。なので、後手番を持ったアイは『この前見つけました』という最短ルートでの連続王手の千日手を狙いに行く。

 

将棋と同じような感覚で、クイーンとビショップをあっさりと捨て、敵のキングを端に誘導するアイ。その後、ルークで追いかけ回してあっさりと同一局面が3回出現する。やっぱアイはやべえわ。向こうのソフトはまだ序盤だと思っていたら、いきなり捨て駒乱発でキングを釣り上げ、連続チェックの千日手を敢行だからな。初手から引き分け狙い以外何物でもない。

 

ソフトを相手に1勝1引き分けだったので、一応人類側の勝利ということになる。この分野でもアルファゼロは最強格らしいので、いずれ勝負することになるだろうけど、まあチェスにおいては先手後手の有利が将棋以上に激しいし、先手後手でワンセットなら1勝1敗にしかならないだろう。

 

『……いえ、チェスだと1分1敗にしかならないでしょう。突き詰めればどうあっても2分にしかならないかと』

(まあ、チェスは将棋より引き分けが多いゲームだからな。残りの駒数によっては完全解明もされているし、将棋より完全解明は早そうだ)

 

恐ろしいものを見たと言いたげな外国人達は、次々と会場を去るけど一部の人間は俺が人間か疑い始めたので金属探知機でくまなくチェックされた。どこで買ったんだろそんなもの。というかどこからどう見ても人間だろ、いい加減にしろ。


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