うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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キャリア

竜王戦を勝ち進んでいるアマ竜王の元真剣師さんは、3回戦も勝って準々決勝で天衣と当たった。ここ数年は、ソフトのせいでアマの快進撃が余計に生まれやすくなっている気がするけど、この人は純粋に強い。

 

『竜王戦の賞金額、6組から勝ち進めば6000万円近くになります。真剣師としての血が騒ぐのでしょうか』

(まあそういう類の人種だし、天衣が勝てるか微妙だな。……相手は41歳。将棋を覚えたのは19歳というのが本当の話でも、キャリアは20年以上だ)

『天衣も3歳前後から指しているので、キャリアは10年程度ですね』

(俺が指導した期間は、その内の4年だけどな)

 

竜王戦の予選の持ち時間は5時間と長いものの、元真剣師さんはほとんど使っていない。ちなみにこの対局に真剣師さんが勝てば、プロ編入試験の条件も満たすらしい。何かの一般棋戦でも勝ち上がっていたのか。名前は全然見たことないのに。

 

対局は元真剣師さんの先手で始まり、右四間飛車をしてくる。アマチュアの有段者がよく使うような戦法で、形がある程度決まっているから初心者でも破壊力が出やすい戦法だ。後手番角頭歩を使いたかったであろう天衣にとっては梯子を外された形の将棋になったし、面倒だな。

 

『互いに、一つの戦法にこだわりを持っている人達の戦いですか。天衣の方が不発だったのは痛いですね』

(後手番角頭歩は嫌というほど指しただろうけど、相手が右四間飛車にしてくる変化を検討したのは少なかったはず。……そもそも、右四間飛車を指す奨励会員やプロ棋士は少ないというか希少だからな)

『自玉が薄くなりがちですから、攻めだけでは勝てないプロの世界だとあまり使いません。九頭竜はたまに使いますが』

(あの変態、自玉を薄くしてスリルを楽しむような超速度特化型の将棋になってるから)

 

将棋というのは不思議なもので、流行の戦法が出来ると必ず特効薬が作られる。その特効薬が流行ると、今度はその特効薬を駆逐するようなウイルスが流行る。そのウイルスが流行ると、またワクチンが開発される。これが堂々巡りになっているから、特定の戦法だけを指して勝ち続けるのは難しい。しかしアマチュアの世界になると、一本の戦法に特化するだけでも有段者には届くんだよな。

 

……この元真剣師さんは、右四間飛車に特化した人なのだろう。それだけでプロの中で通用するとは思えないが、今のところは竜王戦の予選でプロ棋士相手に3連勝しているから通用していると言える。全対局が右四間というわけじゃなく、初戦と3回戦が右四間なのだけど。だからと言って、2六歩、2四歩と後手番角頭歩を使わせてから右四間にするのは俺でも予想外だった。

 

向飛車対右四間飛車とかいう滅多に見られない形の将棋になり、天衣の攻めは空振る。2筋を突破されても良いから4筋を突破しにいくという元真剣師さんの狙いは正しいし、強い。2筋よりも4筋の方が、互いの玉に近いしな。

 

『角交換をしてから7七角と、自陣に角を打つのは相当この盤面についても研究していますね』

(先手番の利が最大限に活かされているし、案外代打ちになってから負けたことがないというのは本当かもな)

『……天衣にミスが出ました。これは……』

(竜王戦の予選で公式戦初手合い、とはならなかったか。一般棋戦は勝ち上がる予定ないし、もう天衣はタイトル戦を挑むしかねーな)

 

天衣のミスもあったが、元真剣師さんの最大の勝因は2枚の自陣角だろう。元真剣師さんは角交換後、7七角と自陣に打ち付け、それに天衣が角を合わせるも、元真剣師さんが飛車角交換に持ち込んだ。これあれだな。アマチュア特有の感性に負けたやつだな。

 

玉と飛車のこびんを2枚の角でそれぞれ狙われた天衣は、非常に指しにくい将棋になったとは思う。相手はこちらの研究を幾らでも出来るのに、こちらは相手の研究がほとんど出来なかったとか言い訳は出来るけど……負けは負けだ。

 

後で晶さんも交えて反省会だな。なんか晶さん、女流棋士になってから負けが続いているし。実力がまだ足りていないことは分かっているけど、勝てる相手には勝ち切らないと女流は簡単に引退まで追い込まれる。

 

「で、元真剣師は棋士編入試験を受けると。試験官は天衣なのか?」

「ええ。大師匠がランダムで選んだみたいよ?」

「……絶対嘘だろ。選んだの見え見えじゃん」

 

プロ棋士になれる試験は試験官が四段から八段まで、各段位で一人ずつ選ばれるけど、五段として天衣が選ばれた。しかも四段で選ばれたのは空さん。絶対にランダムじゃないだろこれ。

 

『そう言えば空さんは、強くなりましたね。一方のあいは弱くなった感じです』

(問題の日から2ヵ月後の女流玉将戦は天衣が勝ち進まなかったタイトルだけど、あいから空さんがタイトルを強奪していたからな)

『今度の女流帝位戦は、あい対祭神ですか。天衣以外の3人は一冠ずつ保有する感じになるでしょうか?』

(そうなるだろうな。前に祭神が女流帝位をあいに奪われたのは、同時に女王戦を天衣と戦っていて、その第1局で精神を折られたのが大きかったからな。現に天衣に負ける前の女流帝位戦第1局は、祭神が完勝してるし)

『……供御飯さんと月夜見坂さんがタイトル挑戦者になる日は、もう来ないでしょうね』

(プロ棋士になった女流棋士4人が強すぎる。しかも数年後には5人になる可能性がある。全員、供御飯さんと月夜見坂さんより年下なのも大きいし、2人とも弱くなってるからどうしようもない)

 

女流棋界は天衣が四冠のまま増やす気が無いようなので、残りの3つを奪い合う感じになっている。天衣は女子中学生としての生活も、普通に忙しそうだからな。中高一貫のお嬢様学校だけど、友達付き合いとかも大変らしい。そもそも出席日数がわりと危ういけど、その辺は理解のある教師陣だから何とかなるだろ。

 

「負けた直後にこういうの渡すの嫌なんだけど、はいこれ。今年のチョコ」

「お、ありがと。

……え、なにこれ」

「将棋の駒の形のチョコレートが売ってたから、詰将棋を作ってみたのよ」

「あー、25手詰めか。詰め上がりがハートだな」

「詰ますの早過ぎよ!?自信作だったのに」

 

本日はバレンタインデーだったので、チョコの駒を買ったらしい天衣からその駒達を使った詰将棋を受け取る。というか将棋の駒の形のチョコなんて売っているのか。

 

詰将棋の方は移動合や限定合もあるから、25手詰めのわりには難易度高いぞこれ。……天衣は今年の詰将棋選手権、全問正解出来たら良いな。

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