うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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試験官

天衣が試験官を務める棋士編入試験について、月光会長に「選んだでしょう?」と聞いたら「ランダムに選びましたよ」と言い返して来た。どうやら各段位毎にプロ棋士の名簿を並べて、月光会長がその名簿から抜き取るスタイルらしい。月光会長は目が見えないから、確かにランダムだ。

 

そう思ったところで「その名簿って五十音順じゃないですよね?」と聞いたところで月光会長が連絡を切った。もう答え出てるじゃねーか。五段の人で夜叉神より後ろの人がいねーよ。プロ棋士は数が少ないんだから。棋士番号説もあるけど、そっちも天衣の特定は容易だ。

 

棋士編入試験では天衣より空さんが先に指すけど、元真剣師さんが既に右四間飛車使いということは認知しているため、その右四間飛車を拒むような駒組みになっている。

 

棋士編入試験で、プロ棋士側に勝つメリットは少ない。しかし将棋界には『自分にとっては消化試合でも相手にとって重要な将棋であれば全力で叩き潰すべし』という言葉があるし、進退を賭けた相手に全力を出すのはプロ棋士の使命みたいなものだ。九頭竜とか歩夢相手にやっていたしな。

 

……特に歩夢が帝位リーグで3連勝、九頭竜が帝位リーグで3連敗していた時の1局で、歩夢は九頭竜に負けてタイトル挑戦まで手が届かなかった。原作通りではあったんだけど、もう一歩でタイトル挑戦が決まっていた歩夢はわりと不憫だった。

 

『原作1巻の話ですか。あそこで九頭竜が負けていればというifは気になりますね』

(……そのまま帝位リーグは歩夢が勝ち上がっただろうし、於鬼頭さん相手でも勝てただろうし、九頭竜の二冠目は別のタイトルになっていただろうな)

『まあ、あそこで3連敗中の九頭竜に負けた歩夢が悪いで済む話ですが』

(うん。しかしまあ、月光会長は元真剣師さんをプロにする気が無いだろ。四段が空さん、五段が天衣、六段が飯盛さん、七段がしろがお?七段で八段が歩夢。ここから3勝は普通にキツイ)

『しろがおじゃなくて城ヶ尾七段ですね。たとえ対戦経験が無くても漢字ぐらいは読めるようになって下さい』

 

空さんと元真剣師さんの対局は、空さんが4筋に硬い形に組み上げている。3三の銀と5三の銀が、しっかり4四の地点を守っているからそう簡単には突破出来ない。しかし元真剣師さんは、角交換を行なってから今度は3一角、5三角成と角をぶった切る。駒の損得では空さんが有利になったけど、一気に陣形が危うくなった空さんは微妙に不利になった?

 

『今の空さんに勝ちますか。真冬で間違いなく調子は良いはずですが……』

(得意戦法でスカッた訳でもなく、純粋に実力で押し切られたな。まあ天衣に勝った時点で実力は折り紙付きだけど)

『天衣は、リベンジ出来ますかね』

(月光会長がリベンジの機会を早々に与えた意図ぐらい、賢い天衣なら察しているだろ。たぶん空さん以上に、右四間飛車対策をしているぞ)

 

空さんに勝ったことで、あと2勝でプロ棋士になれる元真剣師さんは数日後、天衣との対局を迎える。この間に元真剣師さんは、竜王戦の6組準決勝でも勝って決勝進出を果たした。なお決勝の相手は俺だから負けは確定している模様。

 

その前に、天衣のリベンジをさせる目的で組んだであろう対局は、元真剣師さんの先手番で始まる。当然、相手は右四間飛車だ。一方の天衣も、右四間飛車だ。こいつやりやがったわ。対策云々じゃなくて、真っ向から潰しに行ったわ。

 

『右四間飛車対右四間飛車は、例が少ないというレベルじゃないですね。恐らく過去の対局データベースでも多くはないでしょう』

(お互いに囲いは矢倉、ほぼ先後同型だな)

 

早々に互いに戦型を決めた後は、玉を囲い始める。互いに矢倉を組み、4五歩と開戦をした元真剣師さんは、歩を交換した後に4六角と飛び出る。一方で天衣は5三角と両方向へ睨みを効かせた。お互いにしっかりと駒組みをしたから、持久戦になりそうだな。

 

『……天衣も僅かな期間でかなり右四間飛車について研究しましたね。若干ですが、後手優勢かもしれません』

(まだ大規模な開戦すら起きてないし、起きる気配もないけど、後手を持ちたくなるのは分かる)

『マスターは天衣が指しているからでしょう?私は先手後手の指している人物が入れ替わっても後手を持ちますよ』

(それほど先手が指し辛いとは思えないけど、下手したら千日手か?お、端を攻め始めた)

 

天衣は7三の桂を端の8五に跳ばしたくて、元真剣師さんは3七の桂を中央の4五に跳ばしたい。この意識の差が、中盤の攻め合いで顕著に出た。駒得をしたのは元真剣師さんで、囲いを崩したのは天衣。前の空さん対元真剣師さんの対局とは、立場が入れ替わったな。

 

……元真剣師さん、攻めは確かに強いけど、受けはそこまで強くない。天衣は端を突破し、駒損を覚悟で更なる攻め合いに出る。細い攻めを繋げるのは九頭竜の得意とするところだけど、天衣も攻めはかなり九頭竜に近付いたな。まあ九頭竜の位置は近いようで遠いんだけど。あいつは伊達に勇者だの魔王だの言われてないわ。

 

『意地ですが、攻めに出た今の歩も良い手です。ソフトの好きそうな手でもありますね』

(ソフトの評価値は、今の一手でかなり上がったな。先手番のー320って、そんなに離れてるか?)

『離れてますね。もうしっかりと後手優勢ですよ。駒得をしても使い様がなければどうしようもないですし、元真剣師さんは苦手な受けをするしかありません』

(苦手とまでは言い切れないけど、攻めに比べると勢いがないのは確か。……あれ?これ詰む?)

『相手玉の逃げ方ミスってますよ。詰みはしませんが、詰めろにはなりますね』

 

難しい局面で、しっかりと詰めろをかける天衣。しかし元真剣師は詰まないと見たのか、天衣の囲いの駒を剥がしに行く。これは王手じゃないから、天衣が元真剣師さんの玉を詰ましたら勝ちだ。

 

『今の元真剣師さんの詰めろは分かりやすい詰めろですが、天衣の詰めろは分かり辛かったですかね?』

(いやでも、プロなら大半の人が今の詰めろは見抜くぞ。……この弱点の暴露は、元真剣師さんにとって不味いのでは?)

 

天衣は、しっかりと時間を使って何度も確認し、元真剣師さんの玉を詰まし切る。これで天衣はリベンジを果たしたし、元真剣師さんは1勝1敗か。ここから飯盛さんか歩夢、どちらか相手に1勝しないといけないのはキツイ。何だかんだ言って、プロ相手に勝ち越しは厳しい条件だな。


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