うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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早指し

今年度の団体戦は、俺のチームと九頭竜のチームが昨年度と同じく決勝で当たるという展開に。東京オリンピックの影響で団体戦自体は9月スタート、3月に決勝トーナメントと昨年度に比べればゆるゆるなスケジュールになった今回の団体戦。

 

予選はポイント制にして、先鋒から大将まで6ポイント、8ポイント、10ポイント、12ポイント、15ポイントと割り振るのは良いけど、俺が中堅、天衣が副将に居ればわりと大体何とかなってしまった。先鋒と次鋒に置いた捨て駒2人の成績は予選リーグ計10局中1勝と散々な成績だけど、後ろ3人で勝ちまくって堂々の1位通過だ。チーム勝利で+10ポイントの恩恵は大きかった。

 

そして決勝では九頭竜のチームとの読み合いの結果、次鋒戦で俺と九頭竜が対局することに。すげえなアイ。5分の一を引き当てたぞ。

 

『今回はなりふり構わず優勝を狙って来ましたから、本当に読み合いが発生しましたね』

(個人的にはもう九頭竜相手には捨て駒ぶつけてもよかったけどな。マジで残りの二人は勝たないし)

『5人全員が戦えるチームは、今回ありませんでしたからね。5人目は通算勝率が5割切るか切らないか、どこも数合わせの存在です』

(九頭竜のチームだけだわ。5人とも強いの。で、椚相手に飯盛さんは勝てるんだろうな?)

『勝てないと、困りますねえ』

 

決勝戦の先鋒戦は椚対飯盛さんとなり、序盤から積極的な攻めを見せる飯盛さん。この飯盛さんは、早指しだと強さは上から数えた方が早いだろう。一方で椚は竜王戦の挑戦者決定戦まで勝ち進んでいたけど、持ち時間が長い対局ほど真価を発揮する。要するに、持ち時間が短い対局は相対的に苦手だ。

 

持ち時間の長さの差を陸上に例えると、本当に短距離走、中距離走、長距離走ぐらいの差はあるだろう。持ち時間1時間=100メートルぐらいか?持ち時間1時間だと100メートル走、持ち時間8時間で800メートル走か。陸上競技は別に詳しくないけど、100メートル走と800メートル走は同じ走る競技でも全然違うはず。

 

そしてこの団体戦のルールはチェスクロック10分+考慮時間1分×10なので、超短距離走だと言っても良い。10メートル走とか、スタートダッシュで成功すればプロ相手でもアマチュアが勝てる可能性はある。……飯盛さんが先制して主導権を握りに行ったのは、早指しでは正しいことだ。

 

一方で椚も主導権を握られ続ける将棋は嫌だろうし、早めに攻め合いに出た。こりゃ短手数で決着がつきそうだな。早指しは普通の対局よりも短手数で終わる比率が高いし、これもまた正しいことではあるけど。

 

「椚も早指しは悪くないけど、飯盛さんの方が上だな」

「師匠の真似をして早指ししか指してないから、必然的に早指しに慣れるのは分かるけど……椚より上なのね」

「天衣もかなり早指しは得意だろうが。あとあの狂信者、4月に生まれる子供に俺の苗字から大輝と名付けたいらしくて許可取りに来た」

「頭おかしいわね。そもそも大輝なんて普通の名前なら許可なんて取らなくても良いじゃない」

「頭おかしくなかったら俺の狂信者はしてないだろうな」

 

僅かな時間での攻め合いは、椚の攻めよりも飯盛さんの攻めの方が早かったという至極単純な理由で飯盛さん優勢になる。飯盛さんはB級1組への昇級も決めたようだし、こりゃA級入りも可能性はあるな。

 

ラストは5二歩と椚の飛車の効きを消す一歩千金の手を指して勝利。時間をかければプロなら誰でも読めるような筋だけど、一瞬で読み切ったのは凄いわ。

 

次鋒戦を迎える前に1勝できたので、このまま3連勝で終われるだろう。次鋒戦となり、九頭竜との対局が始まるけど、平手での対局なら後手番でも余裕なんだよな。

 

(アイ、頼んだ)

『別に良いですけど、今年の電脳戦は私が指すんです?』

(アルファゼロが出てこないなら、アイの方が相性良いだろ。……アルファゼロは、2年に1回の出場になりそうだな)

『今年はどのソフトもダイエットに苦しんだようですし、昨年とそれほどレベルが変わらないなら勝てるのですが……』

 

アイ対九頭竜の対局は、九頭竜が先手番で雁木を使用しての居飛車だ。最近はまた使用率が上がってきている雁木だけど、個人的には好きになれない。居飛車対居飛車なら、素直に矢倉を組んだ方が良いと思ってる。

 

(まあ雁木の方が棒銀対策には良いけど。7六歩に同銀とできるのは強みだし)

『では棒銀で崩しましょうか?』

(遊ぶ余裕あるの?)

『ないです』

 

遊ぶ余裕はないと言いながらも、棒銀のような戦法で崩す辺りはアイに余力のある証拠だな。香落ちで負けすぎたせいで、九頭竜は平手で勝つイメージが湧かなくなってそう。

 

(げっ、これヤバイんじゃね?死んだふりしてたのかよ)

『ギリギリ一手差で勝ちですよ。九頭竜は自玉を虐めるの好きすぎるでしょう』

 

そう思ってのほほんと指していたらアイが一手差まで詰め寄られる。いつぞや山刀伐さんが九頭竜相手にしていた顔面受けだな。顔面受けをした後は、するっとアイの攻めを躱す九頭竜。おかげで1手隙が生まれ、九頭竜はこちらの玉に詰めろをかけた。

 

まあ詰めろ逃れの王手があって、その後に必死がかかるから勝ちは揺るがないけどヒヤッとするなあ。見ている側にとっては終盤まで、どちらが勝つかわからない対局だったと思う。九頭竜の受け方と躱し方まで読んだ上で、アイも指しているだろうけど。こいつはそのぐらい平然とやる。

 

『マスターも読めていたでしょう?』

(躱すところまでは読めなかったわ。持ち時間が短すぎるんだよ。

短距離走でも歴代棋士でトップクラスの才能を持っている九頭竜はいろいろとおかしい)

 

短距離走での強さは俺を除けば、間違いなく九頭竜がトップだ。次いで名人、歩夢、天衣、飯盛さんの順番かな。天衣も飯盛さんもトップ5には入ってくるだろうから、そりゃ団体戦には優勝するよ。……そう考えると、飯盛さんがミスったとはいえ飯盛さんに勝った元真剣師さんは凄いな。たぶん来年度辺りで、天衣か飯盛さんは別チームになりそう。

 

中堅戦では天衣があいと戦い、先手番だった天衣が先手番の角頭歩から向飛車を選択。お互いに囲った後に捌き合いとなり、飛車交換角交換を行って大駒が全部駒台に乗る将棋となったが、天衣が先にあいの玉を詰め切ったのは大きい。別にあいの終盤力を上回ったわけじゃないけど、終盤の入り口の時点で少しのリードで勝てるなら十分だ。……本当に、今年タイトル挑戦する可能性はあるだろうな。5%ぐらいだけど。


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