うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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上限

名人戦の期間中に賢王戦が終了し、電脳戦が始まった。今年の前哨戦は、九頭竜が準優勝ソフトを相手に先手番で辛勝している。今年からパソコンのスペックに上限ができたせいで、ソフト側は10秒で1000万手前後しか読めなくなった。

 

……スペック的には俺が天衣に買ったノーパソより下だな。そして読める手が少なくなったということは、必然的に弱くなるはずなんだけど、それでも弱くなったとは感じないかな。ソフト開発者たちが頑張った証だろう。

 

『まあ1000万手も読めば良い手が2つ3つは出てきますからね。しかし奥深くまで読むことができなくなると、九頭竜が仕掛けた罠も突破出来なくなりますか』

(何だかんだで上限はでかいわ。しかも決めたのはパソコンに詳しくない世代だろうし、ソフト開発者は辛かっただろうな)

『ですがスペックを落としたことで、世界中の誰もが同じソフトを同等以上のパワーで動かせるでしょう』

(……天衣も勝てなかったし、これでもほとんどの人類には届かない高みにあることは疑いようもないんだけどな。たぶん俺、九頭竜、歩夢は勝てるわ)

 

将棋ソフトの開発は難しいようで、例えば同じソフト同士で対局をし、経験を積もうにも、無理攻めが通ってしまって勝ったりすると逆に弱くなってしまうらしい。経験を積もうにも、人間のように効率的には行かないのだとか。たとえ数億数兆の対局を重ねても、まだまだ将棋の解明には程遠いだろうとソフトの開発者は言っていた。

 

……膨大な経験を武器に挑んで来た3年前のアルファゼロは、確かに強かったけど将棋自体はかなり歪だった。1000手を超えるとか普通の将棋じゃないし、実質持将棋からの殴り合いだったからな。一方で去年のアルファゼロは、強引に演算力を高めて勝利した。こっちの方が強かったのは言うまでもないことだけど、将棋ソフトとして見た時にスパコンを利用するのは落第点なのだろう。

 

『……あのスペックのパソコンでも、ここまで強いのですか。来年には少し緩和もされそうですし、アルファゼロ以外にも負けそうですね』

(終盤はソフトの方が絶対的に強いのは分かるけど、まだ中盤の山場だろ……。ここまで強いなら、九頭竜も歩夢も勝てないかもな。

おーい、アイさんの手番ですよー)

『下手したら頓死しそうなのでちょっと待って下さい』

(頓死?

……おい、これ勝てないだろ)

『終盤で巻き返します』

(ソフト相手にどうするんだよ)

 

序盤から強かったソフトは中盤の山場で真価を発揮し、僅かな駒得の代わりにこちらの玉は丸裸にされた。この攻めの速さはやべーな、そしてここからソフトが得意な終盤だろ?無理だな。

 

『……2六銀』

(王手か。こっから詰むか?)

『詰みませんが、詰めろ逃れの詰めろは可能です』

(それ後で詰めろ逃れの詰めろ逃れの詰めろをかけられない?……あれ?)

『マスターも気づきましたか。詰めろ逃れの詰めろ逃れの詰めろ逃れの詰めろがあります。それに対する有効な返し技が、向こうにはありません』

(俺は2六銀を聞いたからわかったけど、何で2六銀の前に今の手順が見えるんだよ……)

 

後手番だし、駄目だろうと思っていたら終盤でアイが逆転する。いや、逆転と言えるほど差はなかったけど、その差がなかった状態でソフト相手に勝ったのは大きい。

 

後手番で勝ったことで、次は先手番での対局だからもう負けはないけど次の電脳戦の対局の前に名人戦の第7局がある。ここまで結局6連勝と、それこそこの前の賢王戦の九頭竜相手の時と結果は変わらない。だけど九頭竜は結局、角落ちで俺に勝てていない。ここで俺相手に角落ちで名人が勝つなら、名人にとってそれは最高のシナリオでの引退なんだろうな。

 

「今年のソフトは、パソコンのスペックが制限されたせいで弱かったわね。パソコンのスペックの上限を決めるのは、難しいのかしら?」

「いや、ほぼ確実に俺が勝てるよう調整をしたと思うぞ。今年将棋界で初の八冠が誕生するなら、その前の電脳戦でその八冠がソフトを相手に完敗ってどう考えても印象悪いだろ」

「ああ、理由が分かってすっきりしたわ。大師匠なんかはパソコンにも詳しいから、何であんなにスペックを低くしたのか疑問だったのよ」

「今の将棋連盟の上層部には半分ぐらいパソコンを分かってない人もいるだろうけど、半分は分かっていないとあの絶妙に低いスペックにはならない」

 

当日は天衣が解説をするそうなので、相方はあい辺りかな。……女王戦で空さん相手に3勝1敗で防衛したばかりだから、ハードスケジュールではあるけどこれは天衣本人の希望だろう。あと天衣がハードスケジュールなら俺とかどうなってんのと思うぐらいには対局詰めだし。大体は竜王戦で勝ち上がっているせいなんだけど。

 

『あとは、三番手直りのせいですかね。来年度の棋士総会で解消されれば良いですね』

(肯定派の中心人物である名人が引退するなら、来年度には三番手直りは消えて俺に配慮された制度ができるはず。というかできなかったら怒る)

『一応、地方のイベント等は名人が引き受けてくれるそうですし……三番手直りの解消だけでも日程はかなり楽になります』

(まあ俺が楽になるだけで、将棋界はちょっと頭を悩ませそうだけどな。八冠が生まれれば将棋界は盛り上がるけど、八冠の独占状態が長くなると盛り下がるから難しい)

 

今年八冠になるとして、来年以降はどうするかな。天衣も成長しているけど、タイトル戦で俺を負かす日なんて5、6年経っても来ないだろう。それよりかは今のアイでも時折ヒヤッとするような展開になる九頭竜の成長に期待したいけど、そろそろ頭打ちになる気がする。

 

「そういえばあの中二病棋士、本を出したのね」

「中2のJCに中二病棋士といわれるのは歩夢が可哀想になってくるから止めてくれ。

あー、神鍋流1五香をまとめた本か」

「師匠はこういう本は出さないの?」

「今度出す予定。

FPSの基礎、キルレート3への道って本だけど」

「……将棋のは?」

「上級者向けに書きたいけど、1冊の本では収まらんからどうしようか状態」

 

歩夢が本を出したようなので、通販サイトで見ると表紙に決め顔の歩夢が写っていた。これは女性ファンの方が買いそうだな。中身は数ページだけ見れたけど、矢倉である程度戦える人前提の本だから、アマ有段者に届かないぐらいの人からアマ二段、三段ぐらいの層向けだ。たぶんこれを完璧にマスターすることができる女性がいるなら、女流棋士になれると思う。せっかくだし、晶さん用に買っておくか。

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