うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
「もう、何で勝てないのよ!」
「そうそう簡単に勝たれてたまるか。しかしまあ、平手で俺にここまで迫れるのは奨励会員にも中々居ないぜ?」
修行5日目。天衣は生石玉将と例の3面指しを20回以上して、角落ちでは2回、香落ちでは1回勝った。しかし平手では全敗だ。いやまあ、当然と言えば当然なんだが。
将棋は強い人が必ず勝つゲームじゃない。強い人でもミスはするし、生石玉将だってミスはする。そのミスで、ひっくり返せない力量差がある時だけ全勝と全敗になる。要するに天衣と生石玉将で、それだけの力量差があるってことだ。
特にこの3面指しは、超が付く早指しだ。天衣のミスはあるけど、生石玉将のミスもある。それでも平手で負けないのは、プロの意地だな。
「生石玉将は、天衣と空さんの実力、どちらが上だと思いますか?」
「実力は五分と言いたいところだが、もし女王のタイトル戦で当たるなら、タイトル戦の経験の分は銀子ちゃんの方が上だろ」
(やべ。生石玉将と空さんの研究会って秘密だっけ?)
『秘密でも無いと思いますが、知っていると不自然ではありますね』
「まあ、そうですよね。今度俺もタイトル戦なんで、その時の雰囲気は天衣に伝えようと思います」
「挑戦者決定戦で、名人が相手でも関係無しか。その気楽さは羨ましいな」
今度の棋帝の挑戦者決定戦は、名人との勝負。だけどまあ、アイなら勝つでしょ。そもそもあの名人は、衰えて来ているしな。全盛期なら1%ぐらい負ける可能性はあったかもしれないけど。
『たとえ名人が全盛期でも、勝率は99.9999%ですよ』
(アイが100%と言い切らない時点で、あの名人が一線を画す実力の持ち主であることは分かる)
「名人相手でも、ノータイムで勝ち切りますよ」
「……ソフト相手に、あの勝ちっぷりだ。序盤でふざけない限り、まあ負けないだろうな」
ちなみに棋帝戦の持ち時間は各4時間なので、タイトル戦の中で1番短かったりする。1次予選の時とか、持ち時間は1時間だけだし。1日制のタイトルなので、封じ手も無い。賞金も少ないので、タイトルの中の序列も1番下だ。確か、優勝賞金は300万円だったな。同じ七大タイトルだけど、スポンサーの差で竜王戦とは優勝賞金に10倍以上の開きがある。
(新人王が200万円だったことを考えると、300万円は少なく感じるよな)
『どーせ、幾らあってもパソコンとゲームに費やされるんですから、同じでしょう?』
(なにおう。最近は服とか駒とか盤にも費やしてるだろ。というか天衣のお父さんの字、何処にあるんだっけ?)
『鏡洲三段のツテではありませんでしたか?……わりと今から、12月10日に贈るプレゼントのことを考えるのはキモイですよ?』
(うるせえ。あれだけは何としてでも贈る)
しかしたとえ優勝賞金が少なくても、格式あるタイトルであることには変わりない。棋帝を取ったら大木七段じゃなくて大木棋帝になるしな。
天衣の指導期間として、生石玉将の1週間分の時間を貰っているので、明日と明後日は天衣が泊まり込みで将棋を指す。お嬢様の天衣にとっては、たぶん初となるお風呂掃除も経験した。
ゴキゲンの湯には広い浴槽があり、掃除する時に天衣は体操着姿になる。それがこけたせいで若干濡れて、ピッタリと張り付いているのを見て……。
カメラを持っていた晶さんが、鼻血を噴出した。せっかく掃除したのに血で汚すんじゃねーよ。
『というか晶さんは、高そうなスーツでお風呂掃除に参加して大丈夫なんですかね?』
(実際は安いんじゃない?組全体で統一するために、大量発注してるとか?)
天衣は若干恥ずかしがっていたけど、恥ずかしがるならせめて飛鳥さん並みの双丘を手に入れてから恥ずかしがれ。そんなことを考えていたら、天衣からのジト目を頂く。口に出してないのに伝わるとか怖すぎない?俺とアイの脳内会話も、もしかして筒抜け状態?
こういう時は俺から話題を切り出そう。あ、そうだ。この話はしてなかったな。
「天衣は、脳内将棋盤が何面ある?8面あるか?」
「8面ちゃんとあるわよ。頑張れば、9面は行けると思う」
「……はぁ!?」
「ん?生石玉将は何面です?」
「……ちゃんと集中すれば3面は行けるけどよ。お前ら、マジで言ってんのか?」
「どうせなら試してみます?天衣の能力的に、10面までは行けそうですけどね」
原作の方のゴキゲンの湯では、脳内将棋盤の話題が出ていた。この時にあいは脳内将棋盤が11面あることをカミングアウトして、九頭竜と生石玉将の度肝を抜くんだけど、多面指しに慣れた天衣も10面ぐらいまでなら指せそうではある。
「嘘だろコイツ……脳内6面指しで、いつもと同じじゃねーか」
「いや、今で結構きつそうなのでやれて8面までですね。飛車落ちまで完勝出来るのは、成長した証かな」
せっかくなので、生石玉将との対局で試すことに。生石玉将の方は平手、香落ち、角落ち、飛車落ち、飛車香落ち、2枚落ちの6面を盤面を見て指して貰って、天衣の方は目隠しをする。すると、生石玉将相手に二枚落ち、飛車香落ち、飛車落ちの3面で天衣は勝利し、残りの3面では綺麗に負けた。
指し終わった後はそれなりに消耗していたので、まだ本気での脳内8面指しは厳しいかな。ついでに俺の脳内将棋盤が何面あるかを聞かれたので、100面以上とだけ伝えておく。
「嘘じゃ、ねえんだろうな。試しに道場の客らと脳内100面指しをしろと言っても、普通にこなすんだろ?」
「プロ棋士を100人呼んで貰っても構いませんよ?」
『限界まで脳をフル稼働して良いなら、600面ぐらい行けますよ』
(まずそんなにプロ棋士が居ないわ。プロ棋士の人数が200人行かないし、女流含めても600人なんて届かん)
ラストの2日間は俺が対局と仕事であまり様子を見れなかったが、生石玉将との3面指しを中心に、対人戦の経験を積み重ねたようだ。これが良い影響を与えてくれれば、ネット将棋の六段8面指しもクリア出来そうだな。最終日の最後の対局は、指示通り生石玉将と角落ち戦だけ指して、天衣が勝ち切ったらしい。
生石玉将に角落ち戦で勝てたということは、天衣が1面だけに集中した時の実力は奨励会二段クラスか?マイナビ女子オープンのチャレンジマッチが終わった後の奨励会試験、本気で1級受験も考えて良いな。
奨励会試験は落ちたら1年を無駄にするので、絶対に合格するために安全に行くのが普通だけど、現時点でこの実力なら1級はまず受かる。ただまあ、受験時に空さんとの対局はありそうだな。1級受験だと、空さんとの手合いは香落ちになる。どうせ香落ちの勉強はやらないといけないことだし、試験を見越して香落ちでの戦い方も教えておくか。