うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
将棋のタイトル戦は、時々海外で行われる。九頭竜が名人を相手に、初めての竜王防衛戦となった時の第1局はハワイだったし、珍しいけど全くないというわけじゃない。そして今年の竜王戦の第1局は、アメリカの首都ワシントンD.C.で行われる。竜王戦以外だと中国が会場として選ばれることが多いんだけど、竜王戦はアメリカが続くな。
せっかくなのでよくテレビで見るホワイトハウスの前まで来たけど、中までは入れない模様。しかしまあ、アメリカは土地の使い方が贅沢だな。公園とか明らかに広すぎる。日本が狭すぎるだけだと思うけど。
『弟子に通訳でおんぶに抱っこの観光とか師匠としての面子大丈夫です?』
(アイが通訳だと会話のラグが不自然なんだよ。スペイン行った時とは違って天衣は特に負担になってなさそうだし、大丈夫だろ。
本当に負担になってるなら通訳スタッフ連れて来てるはずだから)
せっかくなので本場アメリカのハンバーガーをレストランで注文しようとすると、お値段なんと25ドル。最近の為替で換算すると日本円にして2800円。あまり高級そうなレストランじゃないのにこの価格って、わりと高いな。まあ天衣も俺も値段は気にしない人だけど、日本の感覚のままだと海外の外食はどこも高い。日本だと高いモスが安く感じる。
「それにしても、師匠って海外でも人気なのね。結構人が集まってなかった?」
「たまにチェスの大会を荒らしていたおかげだな。たぶん集まった外国人、将棋を知っている人よりチェスファンの方が多いぞ」
チェスの国際大会は短い期間で行われるものもあったので、行って即大会に出場し、とんぼ返りで帰ってくることを何回か繰り返した。たまに天衣もチェスの国際大会についてきて、出場したりしているのでなんか天衣も日本のランキングで3位になっているのは気にしない。
まあ今年の竜王戦がアメリカで行われることは早い段階で分かったし、海外に行く経験は積んで良かったと思う。いざという時、夜叉神家は頼りになったし。……天衣のお爺さんは、パチンコ台とか芸能プロダクションとかを経営しているだけの実業家なのに何でこんなゴリマッチョな人員が多いんだろうな。
前夜祭では九頭竜が最初に挨拶をするけど、流石に慣れたのか初手でミスることもなく全力を出し切りたい旨を話していた。最近の俺の対戦相手の挨拶のトレンドは、勝ちたいとか防衛したいとかそういうのじゃなくて「全力を出し切る」なのどうにかならないかな。
『マスターはマスターで無難な台本を求めるのどうにかしましょうよ。どうせなら全力を引き出させた上でねじ伏せたいとか言って良いんですよ?』
(何その如何にも負けそうなラスボスが言いそうなセリフ。いいからさっさと無難な台本プリーズ)
『いつも通りのテンプレで良いじゃないですか』
(……テンプレートを作成して、同じ挨拶しかしないから大木ロボ説が加速するんだろうな)
アメリカでの対局だけど、大盤解説は行われる。将棋連盟がファン向けの旅行プランを組んでいて、結構な数の日本人も来ているからな。で、現地のアメリカ人も聞けるようだけど何人来るんだろう?一応、アメリカも将棋の大会を開けるぐらいには将棋人口が増えたようだけど、トップ層でもアマ三段とかそのぐらいのはず。
対局室はホテルの大部屋に和室があるようなのでそこで行われることになり、始まった竜王戦の第1局。毎回平手でも香落ちでも3連敗しているけど、それでも平手で勝つのを諦めていないのは本当に貴重な存在だと思う。
対局はお互いに居飛車の矢倉を組む展開になったけど、おやつで食べたアイスのせいか、単にアメリカに来てからの食生活が悪かったせいか、お腹を下した俺は2度ほどトイレに15分ぐらい籠った。そのせいで、消費持ち時間は30分を超える。人相手に平手でこんなに持ち時間使ったの、初めてかも。
『アメリカに来てから油っこいものしか食べてないからでしょう』
(ステーキにハンバーガー、ポテトにフライドチキンと見事に重たいものばかりだったしな。
でも、アメリカで生活していれば体重は増やすことが出来そうだな)
『……今日の夜、ホテルで体重計に乗って現実を見れば良いんじゃないですか?』
(……お腹を下した後に体重を測ると、大抵は減っているからなぁ)
しかし対局はこちらが優勢で、後手番ながら主導権を既に握っている。九頭竜が封じ手の時間になって長考を始めるけど、ここでの消費持ち時間が多いと、せっかくこっちが持ち時間を消費したのに2日目早々に決着がつきそう。
そして2日目。封じ手から数手は九頭竜が盛り返したけどアイの筋書き通りなので見せかけの盛り返しです。九頭竜にとっては「これは上手く行く」と思った手が用意された最善手で、ノータイムで切り返されるからやってられないはずなんだけど、まあ粘る粘る。
『天衣と九頭竜の差は、確実に詰まっている気がしますね』
(そりゃ棋力は伸びれば伸びるほど伸びしろがなくなるものだから、天衣と九頭竜の差は必然的に縮まるだろ。
というか九頭竜相手にマウントポジションを明け渡す将棋は流石に怖いわ)
『九頭竜の攻めはあと一歩届かないこと、マスターも読み切っているのでは?』
(アイに任せている間は分からん。ギリギリの勝負は読み切り辛いわ)
最終的には、終盤で差がついた圧勝となった。竜王戦の対局が終わった後はまたぶらりと観光を続けるけど、天衣と一緒にショッピングをしているような気分だった。食べ物を探索したり、大型のショッピングセンターのような場所で服を買うだけだったからな。美術館とか行っても2人とも楽しめないのは分かっているので、物欲優先の思考である。
そして天衣の懐から出てくるブラックカード。カード会社から招待されないと持てないようなクレジットカードなので、お金にかなりの余裕がある俺でもまだ持ってないです。年会費35万とか聞いて感性が庶民の俺は持てないなと思った。天衣は普通に使ってるけど、だからこそ外に出るときは付き人やボディーガードの人がいつもいる。
晶さんがチャカを持っているのも、それなりに理由があるということだな。日本だと普通に銃刀法違反で犯罪だけど。何か今回は夜叉神家の付き添いの人が多いなと思ったら、数人が銃を仕入れに行っているのを目撃した。あれって日本に持ち帰れるものなのだろうか。