うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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中学生名人

小学生名人戦というものがあり、中学生でプロ棋士になるような人物は大抵これを勝ち上がっている。九頭竜八一も小学生3年生の時に小学生名人戦で最年少優勝者となり、この時の準決勝で神鍋歩夢に、決勝で月夜見坂燎に勝っている。中学生でプロ棋士になるような人間は、大抵が小学生の時から、早ければ小学生になる前から将棋の大会での活躍をしている。

 

しかしこの男は違った。名前は大木(おおき) 晴雄(はるお)と言い、中学1年生の時に中学生名人戦で優勝をした男だ。不思議な事に彼は、今までのどの大会にも出場記録が無かった。大木は次の年の8月に奨励会へ1級で入会。そのまま24連勝をし、三段リーグを一期で、しかも全勝で突破した。

 

“負け知らず”そんな言葉が囁かれ始めるのに、時間はかからなかった。他を圧倒して中学生名人を獲得した大木が、次に姿を見せたのが奨励会試験の時。元々奨励会有段者並みの棋力の持ち主だと思われていた評価が、ここで一転した。数ヵ月前のような細かなミスが無くなり、正確無比な手を差し続ける。

 

無敗で三段リーグ入りした大木が、それでも無敗で勝ち続ける姿を見て、誰かが『常勝名人』と呼び始めるのに時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

(流石に今の時期から常勝名人は不味くね?というか本当にあの名人に勝てるんだろうな?)

『マスターの心配はご無用です。公式戦ではないのが残念なぐらいですよ』

(にしても、ニコ生の企画で名人が俺と歩夢と九頭竜相手に早指しで3番勝負?そんなこと、よく名人が了承したな)

『竜王戦の6組で優勝した九頭竜八一と、若手棋士の中で最高勝率を叩き出している神鍋歩夢、不気味な常勝名人こと大木晴雄の三人はトリオで次世代の棋士として注目されてますよ』

(おい最後ぉ!誰が不気味な常勝名人じゃい!)

 

とある配信サイトの企画で、無事に三段リーグを突破した俺と、竜王戦の6組ランキングで優勝をした九頭竜八一と、順位戦C級1組にて全勝街道を突き進んでいる神鍋歩夢の3人が名人に挑戦することとなった。そして当然先鋒は俺なんだけど、初戦で勝ったら企画倒れになってしまう。

 

本当に勝っても大丈夫なんですかとスタッフさんに念入りに何回も聞いたところで、名人が登場。話を聞かれていたようで一言「対局が楽しみだよ」と言って去っていった。いや本当に、勝てるんだろうな?膝が震えて止まらねえ。

 

公式戦では無いけど、お互いに気合いを入れ、将棋盤を挟んで対面する。よし。アイ、任せたぞ。

 

『……初手から指図します?ある程度までなら自由に指して良いですよ』

(わーい。じゃあ矢倉だけ組んで替わるわ)

『それなら100%事故は無いですね』

 

早指し勝負ということで、持ち時間は秒読み30秒の考慮時間が1分10回のNHK方式。ぶっちゃけNHK式は持ち時間としてかなり短い方なんだよね。ただ矢倉を組むだけだと面白くないから、1手10秒きっかりで指し続けてやろう。

 

そう思っていたら名人が飛車を振ったので矢倉を組めなくなったふぁっきゅー。とりあえず玉を角の横まで移動させて、船囲いからの居飛車穴熊。振り飛車なんて1手損する不利飛車なんだからその1手分でこちらの穴熊が完成しやすいんだよ。

 

俺が穴熊に移行したのを見て名人が仕掛けてきたので、無視しようとしたらアイから待ったがかかる。まだ互角だけど、この仕掛けを無視したら若干こちらが悪くなって、名人相手だと巻き返しが難しいらしいのでここで交代。アイが巻き返し難しいって断言するの、珍しいな。というかスパコンでも名人相手に巻き返すのは苦しいのか。

 

まあ自称スーパーコンピューターさんだし、実態は現実のスパコンより遥かに弱いのかもしれない。そんなことを考えていたら、名人をボコボコにし始めるアイさん。いや中盤の捻り合いに強すぎるだろこのスパコン。怒涛の攻めで名人の受け駒を強引に剥がすとか、随分と力任せなアイさん。

 

まるで鈍器でぶん殴ったかのような攻めに、とうとう受けきれずに潰れる名人はそれでも活路を望むために攻めに出るけど、その対応は素の俺でも簡単に出来るぐらい雑な攻めだった。所謂形作りだけど、容赦なく攻め駒を毟り取るアイさんは間違いなく鬼だ。

 

ラスト、93手目の7九金打を見て名人は投了。名人は考慮時間を使い切ったにも拘わらず、こちらは考慮時間を1回も使ってないのは流石に不味いかも。まあでもお遊びみたいな企画だったし、勝ってしまっても良いって言われてたから勝っても良い対局だったと思う。

 

名人との感想戦は適当に話を合わせて、早仕掛けが不味かったんじゃないですかねという結論に至ったのでこれで俺の役目は終了。あとは九頭竜と神鍋を応援するけど、簡単に負けてしまった。

 

その姿を見て、俺はあることに気付く。

 

(あれ?名人と九頭竜って、九頭竜の竜王防衛戦まで手合わせしたことが無かったんじゃ?原作ブレイクってレベルじゃないんだけど、どうしてくれるのこの企画の企画者)

『ご安心下さい。2人とも早指しとプレッシャーのせいで、らしからぬ序盤のミスで潰れているので問題無いですよ』

(じゃあこの負けで、九頭竜が竜王を取れなくなる可能性は?)

『無いからマスターは安心して順位戦に臨んで下さい。原作ブレイクしそうなのは、九頭竜八一が一期目でC級2組を突破しそうなことの方ですよ』

(んー?順位戦の方はこの負けでがた落ちして欲しいけど、竜王戦は勝って欲しいジレンマ。まあでも普通、竜王戦で勝ち進んでいたらリソースは竜王戦に突っ込むはずだし、大丈夫かな)

 

早くも原作は色々と崩壊しているっぽいけど、今日も将棋界は平和です。平和のはずです。名人に勝った時の心境?そんなものは知らん。俺はひたすらアイの指し手に感心しっ放しだったよ。


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