うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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後手番角頭歩戦法

天衣の一回戦の相手は、右左口翠女流三段。イベントとかで、たまに見かけたことがある程度かな。女流三段ということは、それなりに棋戦を勝ち進んでいる証拠だ。

 

「大木先生、天衣お嬢様の将棋はどうなっている!?」

「落ち着いて下さい。まだ対局は始まってません。

その本に、対戦相手のことも書いてあるでしょう」

 

天衣の保護者として会場に入った晶さんは、分厚い本をペラペラとめくって目的のページに辿り着く。マイナビ女子オープンはマイナビの出版物も取り扱っているから、そこで棋士情報が載った本を買ったんだろうな。……俺のインタビュー記事も載っているはずなので、あまり直視はしたくねえ。

 

「……右左口翠女流三段。34歳で山梨出身。居飛車党の本格派で、矢倉も角換わりも横歩取りも指すと書いてある」

「あー、居飛車党か。地力はあるかもしれないな」

『この世代の女流棋士は、振り飛車党が多いですからね。その中で居飛車党ということは、地力があるということです』

(相手に振り飛車党が多い中で居飛車党になると、高い確率で居飛車対振り飛車の力戦が得意になるからな。マイナビ女子オープンは、不運で勝ち進めてないのか?)

 

「十時になりました。対局を開始して下さい」

「「よろしくお願いしますっ!」」

 

十時になり、対局が始まる。振り駒の結果、天衣は後手になった。原作では対局時に言葉で相手プロを煽っていたような気がするけど、煽ってないな?しかし対局の方で、挑発はしている。

 

後手番角頭歩戦法。先手番で行なう角頭歩戦法も奇襲戦法の1つだけど、後手番だとさらに乱戦になりやすい奇襲戦法だ。持ち時間の少ない大会では奇襲戦法が有用ではあるけど、天衣は後手番でそれを仕掛けたことになる。

 

後手番での角頭歩戦法という挑発に乗った右左口さんは2五歩と開戦を選択。同歩同飛車に、天衣は角交換をして桂を跳ねる。これが飛車に当たるし、お互いに角と飛車を持ちあった試合展開になるから乱戦になりやすいんだ。

 

お互いに大駒を持った状態で将棋を指すのは、常に拳銃を突き付け合っている状態と同じだ。しかしここで2人の明暗を分けるのは、持ち時間の差。

 

恐らく右左口さんにとって、この後手番角頭歩の知識はあまりない。むしろこの後手番角頭歩をキッチリと勉強している女流棋士はそんなにいないと思うし、だから持ち時間を使って考えている。一方で天衣は、わりとネット将棋でこの戦型を選択する。

 

当然、この戦型に対する知識の差では歴然とした開きがあるし、天衣はこの序盤をノータイムで指せる。

 

『元々早指しですが、まあノータイムですよね』

(天衣がノータイムなのは、相手の持ち時間の消費が激しいのもあるな。相手が考えている間にも、考えられるし)

 

奇襲戦法を受ける側は、知らない場合、慎重に考えて受けを選ぶ必要がある。間違った選択をすると、一瞬で潰れてしまうからだ。しかし時間を使い過ぎてもいけない。右左口さん自身、そんなことは分かっているだろう。だけど徐々に時間は減っていって、右左口さんは1番時間が欲しい中盤の時点で30秒将棋に突入した。

 

天衣の方が優勢だった上に、時間にも追われ始めた右左口さんは、ミスを連発して自玉の即詰みすら見逃す。天衣はため息を吐いて、即詰みの手順、しかも1番難しくて手順の短い詰みを披露した。

 

嫌という程、天衣の強さを知らしめる一局だったと思う。とりあえずこれで1勝。チャレンジマッチを勝ち抜くには4連勝が必要だから、あと3勝だな。

 

『……対戦相手、弱すぎません?感想戦も出来ずに泣き去っていくとか、心折れてますよ』

(言うな。突然の奇襲戦法に対応すら出来ず、持ち時間も切らして受けをミスって、小学生のアマチュア相手に惨敗しただけだ)

 

あいも初戦は勝ったけど、桂香さんは初戦で負けていた。相手は、焙烙さんか。名前の通り、焙烙玉のような将棋で爆発するかしないか、一か十みたいな人だしな。……これ、組み合わせはもしかして原作通りか?まあ抽選で決まる組み合わせだし、出場者が変わらないなら組み合わせも変わらないか。

 

『二回戦の相手も弱いですねえ。ゴキゲンの湯にいたスキンヘッドの人の方が、よっぽど良い将棋を指しますよ』

(あの人アマ五段だし、生石玉将の道場は別枠で考えろよ。……これなら、心配は要らないな)

 

この大会は注目度の高い対局をネット中継することでも有名で、九頭竜が四回戦の解説役として呼ばれる。あいつ、竜王なのに将棋の大会で変装して来なかったからな。来た時はプチ騒ぎになっていた。ついでに言うと、俺は現在進行形で棋帝のタイトル挑戦中なので、こんなところにいるとは思われて無い。

 

『明日、淡路島で棋帝戦の第3局を行なうのにこんなところにいるのはわりとヤバいです』

(まあでも、渋滞が無ければ18時の前夜祭には間に合うだろ?神戸からは、夜叉神家の車に乗せて貰えるし)

『それでも微妙です。本当に、ギリギリのスケジュールですから』

 

羽田から神戸まで、飛行機で1時間半ぐらい。ぶっちゃけかなりのギリギリスケジュールで動いているけど、何とか4連勝するまでは見届けることが出来るかな。

 

四回戦は13時半から始まる。天衣の相手は、粥新田女流三段。タイトル挑戦者にもなったことがある人らしいけど、天衣が先手番で負ける相手じゃない。そして案の定、攻め合いで早くも粥新田さんが銀損をし、負け一直線に向かっている。

 

一方で解説で呼ばれた九頭竜が、ネット中継で「小学生は具合がいいです」とか言ってるあいの試合は、あいが確実に勝ち切るような指し方をしていた。これは相手が弱い影響か、天衣との力関係が変わったからかが分からんな。

 

『九頭竜の変態発言は大丈夫なんですかね?解説らしいこともしてませんし』

(ネットの掲示板では大盛り上がりだから大丈夫でしょ。あいつが2年ぐらいでスレ数1000に到達していた理由が分かったわ)

『現時点でも、マスターより多いですからね。ロリ王の名は伊達じゃないです』

(あれは抜かせる気がしないわ。定期的に燃えるし)

 

クズ竜竜王が「小学生は最高だぜ!」と言った後、あいはあっさりと即詰めを見つけて勝ち切った。たぶん実際には言ってないと思うけど、それを全世界にリアルタイム配信する鵠さん流石です。

 

あいが勝った後、天衣も無事に勝って2人とも4連勝。天衣に関しては、ひたすらしつこく粘る相手を見て少し苛立ったのか、全駒を始めようとしたので粥新田さんが察して投了した。久々に飛車の不成とか見たし、性格の悪い部分は中々治らないな。たぶん粥新田さんの心も折れたぞ。

 

この後はブロック優勝者として写真撮影とかインタビューとかがあるけど、そろそろ俺は棋帝戦に向かおうか。天衣に一言おめでとうとだけ伝えて、羽田から飛行機に乗り込む。目標は淡路島にある、ホテルネオアワジだ。

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