うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
前夜祭5分前にホテルネオアワジに着き、色々と注意をされながらも無事に前夜祭を終えた後は、ホテルの個室でスマホを見る。天衣のインタビューの記事は、早速ネットに上がっていたので見ることが出来た。
▼九歳七ヵ月で一斉予選進出は史上最年少ですがご感想は?
「とても嬉しく思います。しかしまだこれから一斉予選がありますので、浮かれずに気を引き締め直したいです」
▼勝利の喜びを誰に一番に伝えましたか?
「師匠です。電話で今淡路島にいる師匠に勝利を伝えたら、おめでとうと言って下さいました」
▼四連勝出来た理由は?
「女流棋士の先生方が、油断してくれたからではないでしょうか?」
▼師匠から何か作戦とかは教えて貰いましたか?
「反則には気を付けろとだけ、念入りに言われました」
……誰だコイツ?
『ちゃんと淡路島にいる証言はしてくれましたね』
(問題はそこじゃないんだけど。何か変に丁寧な言葉になってるし、そんなに番台のバイトが効いたか?)
『というか全駒しかけておいて猫被るのは……それも良いかもしれませんが』
ついでにマイナビ女子オープンを勝ち抜けるには4連勝が条件だけど、敗者復活戦というのもあって桂香さんが敗者復活戦で勝ち上がっていた。桂香さんの最後の相手は天衣が勝った粥新田さんで、天衣がやらかしていたからか粥新田さんは酷い将棋で負けていた。南無。
明日はJS研のメンバーが東京に行って、天衣もJS研のメンバーと行動を共にする予定。鳩森神社に行って、そこで棋帝戦の中継を見る流れだったかな?九頭竜が、鹿路庭珠代女流二段のおっぱいに悩殺される姿を全ニコ生視聴者が目撃してしまう。
いやでもしょうがない。16歳だもの。俺もすぐ傍に鹿路庭さんが居たら胸元に視線が行くわ。
『アホなこと考えてないでそろそろ寝ましょうか』
(今日は朝早かったからな。マジでマイナビ女子オープンの付き添いはタイトル挑戦者のやるべきことじゃなかったかもしれん)
『ようやく気付きました?わりと今日の行動、弟子思いの師匠として見ても引かれるやつですよ』
(うるせえ。天衣の初めての大会だぞ?初めて育成結果が公になるんだぞ?見るしかないだろ)
これで天衣は一斉予選に進む。女王のタイトル挑戦まで、まだまだ長い道のりではあるけど、今日の様子を見るに大丈夫そうかな。
マイナビ女子オープンのチャレンジマッチ翌日。天衣とあいを含めたJS研のメンバーは、九頭竜に引率されて鳩森神社に訪れた後、東京の将棋会館に向かった。そこで九頭竜はJS達の引率を桂香に任せ、棋帝戦の解説に向かおうとする。
「初手から終局まで!?タイトル戦の解説って、十時間以上かかりますよね……?」
「もちろん。ただ今日のタイトル戦は大木が出るから、対局時間は実質半分になるかな」
「え?あ、大木先生が……え?」
「そう。師匠の棋帝戦第3局よ。……まったく、大事な試合の前日なのにこっち来るんじゃないわよ」
あいが九頭竜の仕事内容に驚いていると、九頭竜は今日の試合が大木の対局だからマシだと言う。大木は持ち時間をほとんど使わないため、その点は解説役に有り難がられていた。
将棋会館の将棋道場に入るJS達だったが、天衣は1局だけ指して休憩をすると言い、九頭竜の出ているニコ生の中継をタブレットで見る。対局室のカメラに、まだ両対局者は映っていなかった。
「立会人の清滝九段と、記録係の椚奨励会初段の姿が見えます」
「ええ、うちの師匠がいますね」
清滝が座布団の位置などを細かく調整していると、両対局者が入場する。持ち時間は各4時間。タイトル戦の中では短い持ち時間での対局が始まる。鹿路庭は慣れた様子で現棋帝の篠窪太志棋帝の紹介をした後、九頭竜に話を振った。
「では次に先手番の挑戦者の紹介ですが、こちらは九頭竜先生が詳しいですよね?」
「ええ。挑戦者は、大木七段。プロ入り後、すぐに歴代記録である28連勝を塗り替え29連勝の記録を樹立しました。前の将棋電脳戦では最強ソフトを完封したソフト超越者であり、圧倒的な勝率から付いたあだ名は常勝将軍です」
「大木七段は、持ち時間をほとんど使わないことでも有名ですね」
「そうですね。史上4人目の『持ち時間を1分も使わずに勝利』を成し遂げたことで有名でもあります」
両対局者の紹介が終わったところで、早速棋帝の指し手が止まる。タイトル戦で10分20分は長考に入らないが、生放送ではその間を持たせないといけない。
ここで、1回目のおやつタイムの情報が流れる。棋帝戦は9時に対局が開始され、10時になるとおやつが運ばれてくる。ニコ生でもこの時間は人気があり、九頭竜や鹿路庭は当然おやつタイムに触れる。
「篠窪棋帝は氷なしアイスコーヒーと和菓子を、大木七段はキンキンに冷えたハーゲンダッツのストロベリーを頼みました」
「篠窪棋帝は最近の流行形を選択しましたね。一方で大木は、いつも通りの我流です」
「棋帝戦の第2局ではハーゲンダッツのグリーンティーが溶けていて少し不機嫌そうでしたから、今回はキンキンに冷えたものを頼みましたね」
「アイスというのはお腹を冷やすため、普通のプロ棋士は避けがちなのですが……大木は美味しそうに食べます」
「大木七段は、お腹を壊さないんですか?」
「いえ、今までに何度か壊しているはずです。大木が持ち時間を消費している時は、大抵トイレに行っている時ですね」
タイトル戦のおやつは、売っているものであれば大抵の要望が通る。大木はこのタイトル戦、全てのおやつタイムでハーゲンダッツを要求しており、ネット上では「なまいきだ」「プチ贅沢の仕方が可愛い」「腹壊せ」「ハーゲンダッツ食いたくなって来た」などの声が散見される。
九頭竜はその後、これまでの指し手の解説を始めるが、視線が鹿路庭の谷間に集中していることが視聴者でも分かるほど露骨だった。「クズ竜胸見杉ワロタ」「まだ十代だからね、仕方ないね」などのコメントが流れ、それを見た天衣はため息を吐き、顔を上げると虚ろな目をしたあいがいた。
「ししょーは、何をしているんです?」
「私の師匠の指し手を解説しているわ。女流棋士の胸に夢中になりながらね」
「……ちょっと、行ってくるね?」
「……好きにしたら?正直、見るに堪えないもの」
あいはフラフラと、将棋道場から出て九頭竜の下へと向かう。その姿を見た天衣は、またため息をして、あいの後ろを駆け足で追った。