うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
マイナビ女子オープンの一斉予選までの間、天衣には軽く奨励会試験の筆記対策をやらせた。実は奨励会試験では筆記試験があり、ある程度の棋力と一般常識を必要とする。
「次の一手問題と、棋譜を読んでの局面作製。あとは詰将棋ね」
「筆記試験の対策はしっかりやる必要性があまり無いけど、成績優秀者なら1勝分のボーナスが加算される。
あとは一般常識だけど、小学4年生にはちょっと難しいかもな」
「どんな問題が出るのよ?」
「中学生以上なら超簡単な問題ばかりだ。にほんしょうぎれんめいを漢字で書いて下さいとか、ローマ字で書いて下さいとかだな。まあこれは年齢を考慮されるし、よっぽど酷くない限り筆記試験では落ちない」
ぶっちゃけ筆記試験の成績で合否が左右される状況なら、対局での成績が散々だったってことだから落ちた方がマシだが、一応教えておいた方が良い事ではあるので教えておく。天衣は小学校で真面目に授業を受けているらしく、教育はしっかりとされているから一般常識の方は何とかなる範囲。
一方で将棋の試験問題は、俺が心配しなくても大丈夫なレベル。詰将棋が何問か解けなかったのは仕方ないけど、まあ成績優秀者になれる可能性は高い。一次試験は受験者同士の対局で、大抵の受験者は5級か6級受験なので、天衣との手合いは4級差の飛車落ちか5級差の飛車香落ち。
アマ四段クラスに、この手合いはかなりキツイかもしれないし、5級差は受験者同士ということが考慮されて飛車香落ちじゃなくて飛車落ちとかになるかも。
……でもまあ、無鉄砲に3級受験とかをする人も時々いるし、そういう人が多ければこの受験者同士の対局は楽に突破出来る。最大の問題は二次試験であり、ここで椚とか空さんとかの奨励会員に勝たないといけない。
大丈夫かなと思っていると、天衣が六段の8面指しをクリアする。これは単純に、対戦相手に恵まれたのと天衣の棋力が上がったからか。四段の6面指しの時も運良くクリアして、7面指しでの五段昇段に手間取っていたけど、これからの9面指しでの七段昇段は手間取るってレベルじゃなくて、しばらくは六段で対戦を続けそうだな。
そもそも、奨励会員ですらこのサイトで六段から七段に上がるのは難しい。だから9面指しというハンデで、六段から七段に上がるのは次の関門を突破しないとかなり険しい道のりになるはず。
9面指しになってからまた少し勝率が悪くなり、六段から五段に落ちた天衣は「何でこんなミスするのよ!」と叫び声を上げた。良い感じに煮詰まって来ているけど、まだまだ対局数は足りないか。
チャレンジマッチから2週間が経過し、一斉予選が始まる。チャレンジマッチの時と同じメンバーに加えて、空銀子が加わった一同は、九頭竜、空さん、桂香さん、あいの4人組と俺、天衣、晶さんの3人組に分かれている。今日の空さんは聞き手役で呼ばれており、九頭竜は空さんに指名されて解説役を依頼されている。
九頭竜はたぶん、内弟子のあいと一緒にいるだけで炎上するけど、俺もじわじわと悪口が目立って来た。しかしまあ、今日も九頭竜がメイン盾になってくれているのでそこまで炎上しない。九頭竜は、空さんとも親密な関係だと噂されているからな。今の九頭竜、完全に空さんの付き人というか、召使い状態だけど。
そして会場に着くと、予想以上の観衆が集まっていた。例年の、3倍以上の人は来てそうだな。俺達、というかあいと天衣と空さんを見て騒ぎだしたので、すぐに会場の方へ入る。そこで俺と九頭竜は、とんでもない数の個人スポンサーにビビった。
雛鶴あい……216(特別スポンサー:121、通常スポンサー:95)
夜叉神天衣……236(特別スポンサー:165、通常スポンサー:71)
「桁が違う!?」
「……天衣もあいも、ヤバ過ぎね?」
『あいだけでも、マイナビに553000円入ってます。マイナビは笑いが止まらないでしょうね』
特別スポンサーの方は1万5千円、通常スポンサーでも1万円なのでこの数は異常だ。前回のニコ生で、人気に火が付いたな。というかあいも天衣も、原作よりスポンサーの数が増えている気がする。
空さんは出場者達に対局者控室へ行くよう言うと、九頭竜の耳を引っ張って解説会場へ移動する。俺と晶さんは観客席に移動しようとしたところで、祭神に絡まれた。いきなりすぎてちょっと怖かったし、九頭竜の気持ちを味わえた気がする。
「おーきは、考え変わってないよねえ?」
「変わってねえぞ。だから安心しろ。弟子入りした時の天衣の才能はてめえより下だ」
「なっ!?大木先生!?」
祭神は俺の考え方というか、弟子の基準が変わってないかを確認しに来たようだ。で、俺の言葉に晶さんが驚くけど、弟子にした時の天衣の才能は現時点での祭神より下なのは紛れもない事実だ。
「将棋を教えて欲しかったら、才能減らしてから来い」
「……チッ、変わってねーな。
お弟子さんに言っといてよ。本戦で待ってるから潰されに来いって」
「分かった分かった。言っといてやるからさっさと対局場へ行け」
俺と祭神の関係は、1局将棋を指しただけの関係だ。とある日、九頭竜が俺に頼って祭神を丸投げして来たので、俺は1局だけ祭神と指してフルボッコにした。で、強い相手がいるネット将棋のサイトは教えたが、付き纏われるのは嫌だったのではっきり言った。「才能がある奴を育ててもつまらないから、さっさと帰れ」と。
その瞬間、祭神は俺と分かり合えないことを察したのか興味はまた九頭竜の方へ戻って行った。お互いにエゴイストだし、俺も分かり合える気はしない。だからたぶん、祭神は天衣のことを才能の無い奴だと思っているだろうな。
『マスターが言いたいのは、才能の伸びしろが無い奴を育てるのはつまらない、ですよね?その言い方だと弟子になれた天衣が才能0みたいになっちゃうじゃないですか。女流棋士の中でなら、トップ5には入る才能の持ち主でしたよ?』
(トップ5かは、怪しくね?生まれ持った才能なら空銀子、祭神、あい、エターナルクイーン、のじゃロリ、岳滅鬼辺りでトップ5は埋まりそう。何だかんだ言って、天衣は学生名人に幼少期から育てられてアレだからな)
『そう並べられると、トップ5かは怪しくなりますね。エターナルクイーンは女流タイトル独占などもしていますし、岳滅鬼は才能が潰れても奨励会2級でしたか。
まあどちらにしても、ガブリアスよりフライゴンが好きな奴の思考回路は理解出来ませんね』
(それ禁句。しばらく黙れ)
祭神とあいは、たぶん原作通りの予選決勝でぶつかる。2人とも、俺のせいで多少なりとも変化はしているから、この対決がどうなるかは分からない。ただまあ、あのサイトで八段になっているんだから祭神の才能は本物だ。だからどれだけ、あいを舐めてかかるかにかかっているな。