うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
「……大木先生、天衣お嬢様の才能がさっきの女より下という話は本当か?」
「昔は、ですよ?今は五分だと思います。実力はまだ追い付いていないでしょうけど、近い内に追い越すと思います」
「んん?将棋の才能というのは、最初から持っている能力みたいなものだろう?」
「ええ。生まれつき持っている力です。でも別に、それが伸びない道理は無いでしょう?」
最年少の天衣は、最年長の鞨鼓林さんとの対局を最速で終わらせた。天衣がノータイムで指している内に、すぐに鞨鼓林さんにミスが出て、試合は中盤に入ったところで終わった試合になった。その後、天衣は個人スポンサーの方々と写真撮影をするために別室へ。
また、予選決勝へ進出したということで天衣には再度個人スポンサーの募集が始まる。2割はマイナビに吸われるけど、勝てば8割のお金が手に入るんだから天衣は今日の対局だけで凄い稼ぎになっているはず。実家がかなりお金持ちだから、お金には困って無いだろうけど、あいは……あいもわりと、お金持ちの家か?
『わりとじゃなくて、かなりお金持ちですよ?日本一の旅館雛鶴の一人娘ですし、九頭竜には毎月のお金が振り込まれていたはずです』
(ああ、そうだった。タイトル戦に着る和服とかを買うために貯金しているんだったな)
しかしまあ、あれだけのスポンサーがつくのは天衣とあいにそれだけの魅力があるということだ。これはとても重要なことだし、今の段階でこれなら、凄まじい勢いで人気は上がっていくだろう。お金もまあ、相当稼ぐだろうな。
『2人が1日で500万円ほど稼ぎそうな姿を見て、遊ぶ金欲しさにプロ棋士を目指したマスター、何か一言』
(次は盤王を目指します)
『二冠目は盤王ですか。ということは今月下旬の玉座挑戦者決定トーナメントは負けに行くんです?』
(いや?挑戦者決定戦は勝って、タイトル挑戦者になってストレート負け食らっとく)
玉座戦は、9月からタイトル戦になる。玉座を保有しているのは名人で、竜王戦は10月からになる。……原作の方で、タイトルの99期目が棋帝だったってことは、この玉座を名人は失冠していないと竜王戦がタイトル通算100期目を賭けた戦いにならない。
原作でこの辺がどうなっているのかは分からないけど、まあ現時点で名人はタイトル通算98期で、玉座と盤王を保有している。竜王が100期目になるよう調整するなら、俺が玉座の挑戦者になって負けるのが1番だ。棋帝を取った分の、埋め合わせをすることが出来る。
『既に原作ボロッボロなんですが取り繕う必要あります?』
(いや、ノリと勢いと気分で棋帝取っちゃったから、九頭竜の覚醒フラグを折ってそうで怖くなったんだよ。そこは個人的に折りたくないし、だからせめて100期目ということは同じにしようと思った)
『簡潔に言うと?』
(全部俺の気分です)
『最低過ぎません?まあでも名人相手なら、マスター自身が戦ってみたかったんじゃないです?』
(俺だけだと、三段リーグを抜けるのに何期もかかる程度の実力だろ?いやでも戦ってみたいし、玉座戦は俺自身の力で挑戦してみるか)
今後の方針としては、玉座戦の挑戦者になって名人に99期目のタイトル獲得をさせ、竜王戦で100期目を賭けた戦いをして貰う。幸い、今年の日程だと玉座戦をストレートで防衛すれば、竜王戦第1局までに99期目が間に合っている。
で、名人防衛で100期目を獲得するということはその前にある盤王も失冠しているはず。この盤王を獲得して、大木二冠になっておこう。
「お、終わったわ……」
「お疲れさん。予選決勝戦は鹿路庭さんが相手だけど、大丈夫か?」
「昼食休憩を挟むから大丈夫よ。私はただ、笑顔で立ってるだけで良かったし」
写真撮影を終えた天衣は少し疲れているけど、大丈夫かと聞かれたら大丈夫と答えてしまうお年頃。まあでもこれぐらいの消耗状態でも、ミスを減らす努力をしながら多面指しはしているから、本当に大丈夫だと思う。
予選決勝は、あい対祭神の対局と天衣対鹿路庭さんの対局に注目が集まる。1回戦の時と変わらず、祭神が遅刻して持ち時間を減らした。原作と違うのは、最初から秒読みに入っているということ。どれだけ舐めてるんだあいつ。
「大木先生!天衣お嬢様の対局はどうなっている!?初手から騒めいていたが……」
「初手は鹿路庭さんの2六歩で、振り飛車党の鹿路庭さんが居飛車宣言をしたから驚かれたんですよ。
ですがお互いに角道を開けた後、抜きっぱなしの伝家の宝刀2四歩で4手目にして天衣がペースを握りました」
「後手番かくとーふ、だったか。それは、必勝法なのか?」
「必勝法ではありませんが、高い確率で乱戦にはなる戦法です。そして天衣の指すネット将棋のサイトは、乱戦が多いです。
……開戦からの手順、天衣は二千局以上指していますが、鹿路庭さんはほとんど無いでしょうね」
「……要するに?」
「天衣が勝ちます」
一方で天衣対鹿路庭さんの試合は、天衣の後手番角頭歩からお互いに竜を作って攻め合いに発展している。まるでアマチュア同士の殴り合いだけど、実際に片方はアマチュアの小学生だった。乱戦で一気に試合は加速し、鹿路庭さんは天衣の守りの駒を剥がしに行くけど……。
「遅い」
天衣は一言だけ呟いて、鹿路庭さんの攻めを放置し寄せを始める。対局中の声を拾うの、忘れていたな?詰んでいるわけじゃないけど、詰み一歩手前までは行くな。天衣の玉に王手がかかるまで、二手隙が必要だけどもう無理だ。
最後は鹿路庭さんが粘ったけど、天衣がきっちり縛って貫禄の勝利。本戦進出を決めた。さて、祭神対あいの方はどうなったかな。
「あいも秒読みに入ったのか。
……うわ。この難解な局面で1分将棋は気の毒だな」
『祭神の王に、詰みがありますね。初手5二金です』
(え?あ、本当だ。そして5二金と指したな)
祭神対あいの試合は、一見すると難解な局面だったけど祭神側に詰みがあり、あいはそれを1分将棋中に読み切って勝利した。本当に、終盤力は鬼というかソフト並みだな。終局図からアイが予測した棋譜を見るに、えげつない程の大逆転特化型棋士だ。
桂香さんも恐らく原作通りの組み合わせで泣きながら勝利。負けた方が女流棋士になれない戦いで、お互いにお互いのことを知っているというのはとても辛くて苦しい戦いなのだろう。
天衣、あい、桂香さんの三人はこれで本戦出場が決まった。一斉予選は今年、12人が通過できるけど、その12人の枠に3人とも収まったということだ。これで一先ずは、安心できたかな。
今日は九頭竜の誕生日ということで、あいが今日の勝利を師匠にプレゼントしますと言った途端、九頭竜はあいのことを衆人観衆の前で抱き締めていたけど、絵面的にはどう見てもアウトです。いや感動的なシーンなんだけどね。九頭竜は今日スーツ着てて大人っぽいからね。空さんが絶対零度の視線で見つめていたことの方が印象的だった。
次の目標は天衣が奨励会試験に合格することだけど、こちらは師匠が立ち入れないので祈るしかない。1級受験を合格出来なければ、1年やり直しのペナルティはキツイ。だけど天衣自身が強く1級受験を望んだし、それを目標に強くなった。奨励会員相手に3連敗は、しないと思いたいな。