うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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奨励会受験

奨励会試験は一次試験、二次試験とあり、日程はお盆の時期。受験者同士の対局となる一次試験は、やはり5級受験や6級受験が多かったため、天衣は全対局で上手の駒落ち将棋になった。ついでに俺は連日イベントの仕事があったので、夜に棋譜だけ教えて貰った。

 

実は天衣は上手の勉強を香落ちまでしかしていないが、ぶっちゃけ将棋自体が強ければ上手は何とかなる。しかし安全マージンを十分に確保してから奨励会試験に臨む人もいるので、受験者同士では手合い違いが発生しやすい。

 

天衣は一次試験の二日間で合計6局を指し、5勝1敗という成績。負けた対局に関しては、3級受験しても良いような実力で6級受験をしている人がいて、その人と飛車香落ちの手合いだったから負けの言い訳は出来る範囲だった。

 

そして二次試験の初戦と二戦目は奨励会員相手に完勝し、2勝して合格が確定したところで空さんと当たった。空さんは二段なので、空さんが香を落としての対局。一応天衣に香落ちの定跡は教えたけど、それを使うと不利になると悟ったらしい天衣はとある賭けに出る。

 

『……空さんとの対局は、見事でしたねえ』

(あれは凄いわ。発想の勝利でもあるけど、一応王道でもある)

 

香落ちの試合で空さんが振り飛車を選択したのを見て、天衣も生石玉将直伝の振り飛車を使う。相振り飛車になり、天衣はあまり攻めの形を作らず、さっさと玉を囲った。敵の香がない筋の香を上げ、穴熊を。

 

(穴熊を崩すのに、香車が無いのは致命的だよな)

『空さんは天衣の攻め駒を毟り取ろうとしましたけど、無理やり角交換を迫って上手く捌いたのは良かったです』

 

香落ちというハンデを守りに使った天衣は、そのまま空さんを倒して3連勝。見事に対奨励会員戦を3戦全勝で終える。

 

(というか、普通は級位者としか当たらないから空さんと当たったのはイレギュラーだったんだよな)

『それだけ2人の対決を、早く見たい人が多かったんでしょう。そして天衣は勝ちました』

(半年後の女王のタイトル戦が、今から楽しみだな)

 

無事に合格したのは良いけど、礼儀がなってないことは幹事の先生から注意される。実際、礼儀がなってないことで、試験に落とされる人もいる。それでも天衣が合格になったのは、天衣の実力と価値が高かったからだ。流石にこれに関しては注意しておいたし、相手が弱いと不貞腐れるのはやめて欲しい。

 

ちなみに面接には保護者として、夜叉神弘天さんが行った。あまりにも早く終わる面接だし、俺も面接の存在は忘れていたわ。親への説明が主だし、面接というより説明会みたいなものなんだよな。

 

面接は無事終了したみたいで、天衣は奨励会員1級として、これから奨励会というプロ棋士の卵達が星を食い合う地獄に入ることが出来る。当然注目度は高いし、警戒もされているだろう。それでも天衣は、勝ち続けてプロ棋士になると宣言してくれたので格好良かったです。

 

『さて、問題の名人対歩夢の対決ですよ』

(分かってるよ。つーか、マジで解説の仕事は引き受けたくねえ)

「みなさんおはようございます。聞き手役の鹿路庭珠代です。解説の先生には、大木棋帝に来ていただきました。先生、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」

 

今日は解説の依頼で、東京に来ている。確かこのニコ生、九頭竜や姉弟子も見るんだよな?コメント欄を確認すると「天衣ちゃんをお嫁に下さい」とか「玉座のタイトル挑戦頑張って下さい」というコメントが見える。

 

……鹿路庭さんの前で天衣の話題を出さないで下さい。何か、自然と部屋の温度が下がった気がする。エアコンの効き過ぎかな?

 

「神鍋六段の初手は7六歩でしたが、名人はどんな戦型を選ぶんでしょうか?」

「名人はどんな戦型でも指しますが、基本的には居飛車党です。しかし、あと1期で永世竜王の称号を獲得する名人は何が何でも勝ちたいでしょう。名人がどんな手を使っても勝ちたいと思う将棋はこれぐらいですし、初手から暴れる選択肢も……3二飛ですか」

「3二飛!名人は二手目から3二飛です!」

 

だけど対局が始まれば、お仕事には集中する。2人とも、表向きを取り繕える2人なので事故は起きない。ただ淡々と解説をしながら、時々コメントを拾って突っ込み、質問に答える。

 

『これは、ほぼ原作通りの展開ですか。歩夢が高美濃を選択して、名人の一手で千日手になって、再試合で入玉して、それでも詰まされる。かなり長時間でしょうね』

(ああ、そうだった。これ、めっちゃ解説時間長くなるんじゃない?早くサマーセールで積んだゲームを消化したいんだけど)

『今日は我慢ですね。タイトルホルダーになると忙しくなる。それぐらい、分かっていたでしょう?』

 

将棋は一進一退の攻防を繰り広げた後、名人が決めに行った手が悪手で歩夢に反撃を食らう。そろそろ6六銀のシーンか。あ、ここだ。

 

「これは、神鍋六段の優勢と見て良いですか!?」

「いえ、6六銀で逆転します」

『それ言って良いんです?』

(むしろ言わない方が不自然じゃない?)

 

かなり歩夢の方が優勢に見える場面になって、鹿路庭さんが優勢か聞いて来たので6六銀を言う。即座にコメント欄は「6六銀!?」「ただのただ捨てじゃん」などのコメントで溢れた。

 

そして名人は6六銀を指した。これを歩夢が取ると、名人の詰めろは消える。歩夢は銀を取っただけなのに、詰めろが消えて、勝ちの目が消えた。そして千日手になる。やめてくれ。休みが減る。

 

『深夜12時から再開とかコイツら頭おかしいんじゃないですかね?はよ指せや』

(持ち時間1時間ずつでの再開だし、終わるの深夜3時過ぎるなこれ)

「あの、大木先生大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。

ああこれ、入玉しますから長いですね。画面の前の皆さんは、エナジードリンクをもう一本用意してください」

「あれ?本当に大木先生大丈夫ですか?テンションおかしくありません?」

「大丈夫だいじょぶ。今なんか妙に頭冴えていますから」

『ちょっと!本当に大丈夫ですか!?』

(うるせえ。こちとらお盆は地方巡業しながら天衣の奨励会試験の報告を逐一聞いてたんだぞ。もう死ぬ)

 

時間は深夜の二時半を過ぎても、なお仕事中。10時から対局開始だけど、9時には将棋会館に着いて挨拶回りしてるんだよ。実質何時間労働だ?この仕事引き受けた奴誰だよ。長くなるって事前知識あっただろ。

 

そして終局は、深夜4時。実に18時間という長い戦いが終わり、勝ち残ったのは名人だった。

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