うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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棋士室

奨励会へ入ることになる天衣は、師匠に指示されて関西将棋会館の棋士室に来た。今日は名人と歩夢の竜王戦挑戦者決定戦三番勝負第1局が行なわれるため、九頭竜や空銀子、生石玉将や鏡洲三段の姿もある。

 

続々と増える奨励会員や観戦記者を尻目に、天衣は二面あるモニターの内、片方の前を陣取る。その横、中央に座る生石玉将と知り合いだったために天衣はすんなりと移動することが出来た。そして天衣の前には、ニコ生の映像が流れる。この試合の解説役は大木で、聞き手役は鹿路庭だ。

 

『先生、よろしくお願いします』

『はい。よろしくお願いします』

『……何だか先生、今日は元気がありませんよ?』

『今日は長い一日になりそうなので、ちょっとスタミナを温存しているだけです』

 

大木と鹿路庭は最初の挨拶を済ませ、両対局者の紹介を済ませる。ここで奨励会員の椚創多が天衣に目を付け、声をかけた。

 

「あなたが夜叉神天衣さんですね?大木先生の弟子ってことで、奨励会でも噂になっていますよ」

「えっと、あなたは……見覚えがあるわね?」

「ぼくは椚創多です。先月の棋帝戦第3局で記録係をしてましたから、その時にぼくのことを見たんだと思いますよ」

「……あなたが、椚創多ね。師匠から、奨励会員の中で1番警戒しないといけない相手と聞いてるわ」

「へえ。流石は大木先生ですね。それは正しいとぼくも思います。

どうです1局?試合が始まるまでに、10秒将棋は指せると思いますけど」

 

椚は天衣を移動させ、将棋盤を挟んで対峙する。試合が始まるまでまだ僅かに時間があり、新奨励会員2級の夜叉神天衣と、奨励会員初段の椚創多の試合は注目を集める。振り駒の結果、先手は椚となった。

 

「夜叉神さん、初手で意味の無い手って何だと思いますか?」

「1八飛」

「……それは流石に、指せそうにないですね。意味が無いじゃなくて、マイナスの手じゃないですか」

 

先手番を貰うつもりが無かった椚は、1手パスするつもりで天衣に意味の無い手を尋ねる。すると天衣は、間髪入れずに1八飛と答えた。師匠である大木が、時たま行なう天衣との平手の指導対局で、1手パスするときに用いる手が9二飛だった。

 

梯子を外された気分になった椚は、初手で3八金を指す。それを見た天衣は「ふぅん」と言い、3二金と指した。序盤こそ奇妙な手の応酬だったが、駒組みが出来上がると2人の陣形は、奇妙な手を指し続けたわりには良い陣形が組み上がっていた。

 

10秒将棋は、お互いにほぼノータイムで指し続ける。瞬時に最善手を出す力は現時点で椚の方が上だったが、天衣も負けていなかった。しかし終盤、天衣は椚の詰みを見逃し、逆に椚は難しい詰みを読み切って天衣の玉を詰ませた。1手差ではあったものの、天衣が負けた。

 

「いやあ、危なかった。この詰みを見落としたのは痛かったですね」

「……別に」

 

椚に負け、明らかに不機嫌になった天衣はまたニコ生のモニターの前まで移動する。天衣は終盤、詰まし切る能力が他の能力と比較すると劣っている。これは、師匠である大木の方針だった。

 

「あー、その詰将棋の本はやらない方が良いぞ。無駄に長いし」

「でも、簡単な問題を解いても意味無いじゃない」

「長手数の詰将棋も無意味だよ。実戦と詰将棋は、根本的に違うからな」

「そうなの?」

 

大木と天衣が出合った当初の頃、大木は長手数の詰将棋を無意味だと言って切り捨てた。それ以上に、伸ばしておかないといけない能力が沢山あったからだ。

 

「例えばその本は、長手数だってことが最初から分かっているだろ?局面を見て詰めようと思えば、始めからハッキリ詰むことが分かっている。でも実戦では、まず詰むか詰まないかが分からない」

「確かに、詰将棋で詰まない問題は無いわね」

「詰むと確信して読んだら詰まない場面だったり、詰まないと見て必死をかけたら実は詰んでいたなんて、実戦では幾らでもある。だからやるなら、まずは詰む詰まないの判断をする能力を付けることだな。詰将棋なんて、実戦形の短手数の詰将棋でスジを訓練するだけで良い」

 

今回の対局で、先程の椚の王は詰むと天衣は判断出来ていた。しかし10秒将棋で、詰み切るところまでは読むことが出来なかった。だから受けに回り、椚に潰された。

 

「もう始まってるじゃない。……え?3二飛?」

「二手目3二飛戦法か……まさかまさかだな。俺も昔、この戦法に稼がせて貰った。しかし過去の戦法だ。そんな戦法を、名人はこの大一番で選んだ。その意味するところは」

「研究外し」

 

椚と天衣の対局が終わると、棋士室にいる全員の注目は名人の指し手に集まる。序盤も序盤、二手目から名人が仕掛け、空が呟いた研究外しという言葉に反論する者は誰もいなかった。囲いそのものが攻撃陣となり、お互いをガリガリと削っていく。

 

そして名人が決めに行くのを失敗し、歩夢が優勢になったと誰もが信じた頃。事件は起きた。

 

「東京の控室でも先手勝勢の判断です!」

『先生!これは、神鍋六段の優勢と見て良いですか!?』

『いえ、6六銀で逆転します。……6六銀は取る一手ですが、詰めろが解消されるので手番が名人に回って来ます』

 

関西の棋士室の全員が、関東の控室の全員が、気付かなかった6六銀。それを大木は、他の普通の手を解説するかのように淡々とにこやかな顔で説明した。コメント欄には「6六銀!?」「なるほど」などのコメントが流れる。

 

直後、名人が6六銀を指す。形勢は一気にひっくり返り、歩夢は千日手に持ち込むしかなかった。再試合となり、解説役の大木はだんだんと死んだ魚のような目になりながらも、解説を続けた。

 

2局目が終わった後、関東の検討室も関西の棋士室も静まり返った。自分達がとうてい指せないであろう将棋を2局見せられたのも理由の一つだが、解説役だった大木が、両対局者以上に棋士達へダメージを与えていた。

 

大木は序盤で負け、中盤以降にひっくり返し、一手差で勝ったり負けたりする。薄々それは、わざとやっているんじゃないかと思っていたプロ棋士達は、予言めいた解説で確信をしてしまう。アレはある程度、力を抑えて戦っているのだと。

 

一方で元からそれを知っていた棋士達は、大木のいる位置が極めて遠いことを再確認した。そしてその中の一人である九頭竜は、大木との距離がどれぐらいかを正確に掴んだ。




4月1日から作者の生活環境が変わって忙しくなったので今まで通りの不定期更新が出来なくなりました。申し訳ないのですが、これから毎日1回18時の定期更新になると思います。本当に申し訳ありません。
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