うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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奨励会

9月から行なわれた玉座戦は、名人相手にストレート負けをかましてきた。いやだって、これでタイトル99期になるんだもん。原作通りになるじゃん。俺が負けた方が将棋界的にも盛り上がる選択だし、空気読むよ。棋帝を名人が獲得していたら、これが100期目になるはずだけど、俺が棋帝なのでまだ99期目。上手い具合に、調整は出来た。

 

『いやでも惜しかったですね。全着手がノータイムで、名人相手に結構良い所まで行きましたよ?』

(惜しくねーわ。3局とも惨敗だぞ。名人と新人棋士が指した対局みたいになったし)

『みたいも何も、実際にその通りじゃないですか。マスターは、C級2組で負け越す残念な新人棋士レベルですよ』

(うるせえ。1局ぐらいは勝ちたかったんだよ。1勝3敗でも竜王戦までには間に合うからな。わりと悔しいわ)

 

一方で奨励会に入った天衣は、2級から1級へスピード昇級を決めていた。1級受験で合格したのに2級で入ったのは、奨励会試験の棋譜を聞いて終盤力が微妙に育ってないと思ったからだ。

 

ネット将棋での天衣の終盤は、まさしく「寄せは俗手で」という将棋の格言を体現したものになっている。考慮時間を削ぎ落としていった結果だし、こうしないと天衣は多面指しを出来なかったわけだから仕方ない。別に俗手でも良いしな。勝てれば。

 

終盤力もある方ではあると思っていたけど、詰め切る力が思っていたより弱い。奨励会の最後まで粘りまくるような対局では、不利を受ける。

 

だから、まるで他の奨励会員のことなどどうでも良いと言わんばかりに、俺は天衣に対して2級で奨励会に入るよう言った。そして天衣はそれを受け入れ、面接の時に自身を降級させるよう願い出ている。

 

対外的には態度が悪かった罰ということにもなっているし、態度や礼節も徐々に改善されると思いたい。1級には6連勝で昇級しているし、その期間中に奨励会の雰囲気には慣れた。これから入品までが大変だろうけど、良いスタートを切れたことの方が重要だ。スタートで連敗すると、将棋観が歪む。

 

世間では名人のタイトル通算100期目と、最後の永世称号になる永世竜王が同時だということで盛り上がっている。なお九頭竜からは玉座戦のストレート負けに関して、疑惑の視線を頂いた。すまない。お前を追い込みたかったんや。今のノリノリ状態な名人を倒して、竜王防衛してくれ。無事に魔王化して、ソフトを超えてくれ。

 

(ハワイで竜王戦の第1局ってことは、大きな流れは変わらないだろうな)

『既に九頭竜や名人の将棋が変わっている可能性もありますが……九頭竜の得意戦法は一手損角換わりのままです。名人が第1局で、それを指せば流れは変わらないでしょう。ですが、もしも一手損角換わりを指さなければこの後のフラグは全部消滅すると思いますよ?』

(あいをマイナビ本戦に連れて行くの、俺の役目になりそうだな。確か3連敗した後だっけ。そりゃ荒れるわ)

『ここにタイトル戦で3連敗して、タイトル奪取に失敗したのに笑顔で名人へタイトル99期おめでとうございますって言えるサイコパスがいるらしいですよ?』

(誰のことだか分からんな?通算99期もあれば、そんなことの一つや二つはありそうだけど。あ、名人信者の山刀伐がいたわ)

 

ハワイで行なわれる竜王戦第1局は、日本中の話題になっている。普段は将棋に注目していない層まで、名人のタイトル奪取に期待している。ハワイでタイトル戦を行なうのも珍しいし、名人の人気は本当に高い。これ、九頭竜は本当にタイトルを防衛したというだけで悪役になって炎上したのか。

 

『1番の懸念は、九頭竜と名人の記念対局があって、そこで一度九頭竜が負けていることですかね』

(……あれ?)

『ちょ、マジで忘れてましたとか言いませんよね?1年半しか経ってませんよ?』

(わ、忘れていたなんてことがあるわけないだろ。いや本当に、大丈夫なのかは心配になってきたな。……にしても、ハワイか。行きたかったな)

『移動日も含めれば、4日間もスケジュールが空くわけないじゃないですか。連盟も何でマスターに竜王戦の日程で配慮しないといけないんです?』

 

俺はハワイには行けなかったので、棋士室で観戦。天衣も一緒だ。天衣の棋士室デビューは上手く行ったようで、上手く同期の奨励会員と付き合えている。年に一度しか行われない奨励会試験だから、同期の存在というのは大事なものだ。ついでに言うと、俺と椚は同期です。椚が6級から1級に上がる間に、俺は1級からプロになりました。

 

『同期の結束は、奨励会ではわりと強いですよね。奨励会同期の研究会も珍しくありませんし』

(俺の場合、孤立気味だった椚を誘って研究会を開けたのは良かったかもな。そこから同期の輪が広がっていったし)

『マスターの同期の内、3人は早々に才能の限界を感じて奨励会を辞め、2人は負け続けて降級し退会。1人は自殺しようとしましたけどね』

(それは毎年のように起こることだから同期関係ねー。そして奨励会の闇に触れるな。俺の同期で自殺しようとしたやつは、今3級で頑張ってるだろ)

 

まあ天衣の同期には中学生が多いし彼らにとっては妹感覚なのかもしれない。なお将棋ではフルボッコにされる模様。唯一対抗出来そうなのは、俺の2年後に中2で中学生名人になった奴だな。奨励会3級クラスの実力があるのに6級受験をして、早くも5級に昇級している。

 

それでも10秒将棋では天衣になかなか勝てないようで、才能の差は如実に表れている。天衣の同期で、プロになれる奴は何人いるかな?毎年4人が三段リーグを抜けてプロになれる奨励会だけど、要するに同期の中からプロになれるのは3~5人ということだ。奨励会には、毎年入って来るからな。

 

天衣の同期は、関東の16人と関西の12人。合格者は東西合わせて29人で、受験者数が合計で80人弱だったことを考えると、合格率は4割弱。ここだけでも狭き門のように感じるけど、残念ながら奨励会は入ってからの方が地獄だ。この29人の内、プロになれるのは多くても5人。生存率は高くても2割弱だな。

 

そしてプロになれても、四段五段で伸び悩んで苦しむ人は沢山いる。天衣がそうならないように最大限の助力はするけど、メンタルとか体力とか本人次第な部分は結局出て来るからなぁ……。

 

竜王戦の第1局は、名人から一手損角換わりを仕掛けて中々ハイレベルな戦いになっている。モニターから離れて天衣に名人の手や九頭竜の手を色々教えていると、周りに奨励会員達が集まって来た。本当に強さには貪欲な奴らが、奨励会には集まる。天衣がどのぐらいの期間でここを突破できるかは流石に断言出来ないけど、今のペースで成長するなら2、3年ぐらいか?

 

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