うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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マイナビ女子オープン本戦

九頭竜は竜王戦で3連敗して荒れに荒れ、世界の全てが敵のように見える錯覚を起こしていた。そのためマイナビ本戦へ出場するあいに、俺が付き添うことになった。将棋って怖いわ。負けた時の精神的ダメージが大きすぎる。

 

そしてあいは、清滝先生のところに預けるという話になった模様。この時に九頭竜はあいとの師弟関係を断ち切ろうとして、あいがボロ泣きをしている。

 

『その翌日に女流玉将と試合は、不味いですよね。これであいがボロ負けしたら、九頭竜の精神が燃え尽きますよ』

(天衣が九頭竜の弟子になってないことによる、最大の破綻ポイントか。あいは無口どころか、悲壮感満載の泣き顔で死人同然なのはやべえな)

 

「だからね……絶対勝つの。師匠に言ったの。今日の対局を、見ていて下さいって」

「はいはい。何度も言わないの。対局前に、何度泣くのよ。ほら、拭いてあげるから顔をこっち向けなさい」

 

間違いなく原作より、あいと天衣の仲はよろしくない。しかし天衣があいを元気付けようとしているのを見ると、元々持ち合わせていた優しさが徐々に前面に出て来た気がする。……ん?むしろ、原作より仲が良いのか?

 

マイナビ女子オープン本戦の会場は、東京の将棋会館の4階の雲鶴の間で行なわれる。失礼しますと言いながら、しかし頭を下げずに入った天衣はすたすたと歩いて下座に座った。天衣は奨励会員1級で、対戦相手の登龍花蓮は奨励会員2級だから、少し困るだろうな。

 

「君の方が級位は上なんだから、上座に座りなよ」

「これは女流棋戦でしょ?だったら奨励会のことは関係無いじゃない。ま、どうしても譲って欲しいなら、構わないけど?」

 

上座に座るように促した登龍さんは、天衣に断られたために苦笑しながら上座に座る。初めて戦う人と対局前に、朗らかなムードになったことは良い事だし、これから絶許リスト入りすることは減るはず。たぶん。

 

一方であいの方は、ピリピリとした険悪ムード。対戦相手が月夜見坂女流玉将だから仕方ない。試合開始後は将棋会館の道場で、晶さんと一緒に棋譜中継で送られてくる将棋の内容を見守る。2つの対局はどちらも、珍しい展開になっていた。

 

『あいの方は凄く静かな序盤ですね。一方で天衣の方は……』

(陽動振り飛車だな。2六歩、2七銀まで上がってから向飛車とか、随分と乱暴なお嬢様だ)

『乱戦好きですよね。しかし天衣の捌きは、かなり上手い部類です。振り飛車の適性はありますよ』

(乱戦好きというよりかは、相手を定跡の無い舞台に引きずり落として力でねじ伏せたがる棋風だな。捌きの方は、確か生石玉将にも褒められていたか?)

 

時々、晶さんに対して初心者向けの解説を挟みながら、天衣とあいの対局を見守る。あい対月夜見坂さんはあいが低く低く構えていて、今までのノビノビ指していた棋風とはまるで違う。絶対に勝って、師匠に勝ちをプレゼントすると言っていたけど、この指し方だと万が一の勝利が起こるかもな。

 

天衣と登龍さんの試合は天衣がほぼノータイムで指しており、陽動振り飛車からガッチリと銀冠を組んだ天衣が優勢だ。銀冠は手数がかかるけど、ソフトでの評価も悪くない優秀な形。穴熊を組んだ時もそうだけど、天衣の振り飛車は強固な守りを組んでから捌き合いに入って優勢になるパターンが非常に多い。いやまあ、これは振り飛車の必勝形でもあるけど。

 

『私の優秀な指導の賜物ですね』

(マジでそうだから反論に困る。天衣は振り飛車の方が向いているのか?)

『出来れば今のような将棋を居飛車で指して欲しい所ですが、しばらくは振り飛車に専念してみても良いかもしれません』

 

攻め合いに入った後、天衣は銀冠の2九の地点に駒得した金を打ち込む。銀冠に金を一枚足した形では、1番硬いんじゃないか?天衣の囲いを見て、青い顔になってそうな登龍さんの顔が容易に想像できる。その後、天衣は相手玉に必死をかけて登龍さんは投了。天衣は無事に、本戦の1回戦を勝利した。

 

しかし、あいの方はそう上手く行かない。攻める大天使の異名を持つ月夜見坂さんに殴られ続けるという、タフな将棋を指している。そして飛車を移動させて、相手の龍を詰ました。これは交換になる。低く構えていたお陰で、月夜見坂さんには浮き駒が多い。

 

その浮き駒を取りに行き、駒を補充しては自分の陣地を補強していくあい。ひたすら粘るあいに、月夜見坂さんの攻めからは苛立ちを感じる。ここで、月夜見坂さんが先に秒読みに入った。

 

『……ひたすら耐えての、カウンターを狙う将棋なんて今日初めて指したんじゃないです?これ、そのうち月夜見坂さんが間違えますね』

(終盤力の差だな。相手玉を詰ますのが得意な奴は、自玉の詰み筋も見つけやすい。それを塞いで塞いで、耐え続けているんだ。この将棋だけは、絶対に落とせないから)

『落としたら九頭竜が立ちなおれないでしょうからね。……緩手が出ました。今のあいなら、討ち取れるでしょう』

 

あいも秒読みに入って、長手数の将棋は月夜見坂さんのミスにより決着した。対局後、明らかに消耗した顔のあいは天衣に支えられながら帰って来た。これ、このまま清滝さんの家に届ければ良いのかな?

 

……いや、九頭竜の家に押し付けていこう。

 

「良いの?九頭竜先生から、あいは清滝先生の所に預けてくれって言われたんじゃないの?」

「今日のあいの対局ぐらい、九頭竜も見ているだろ。……その証拠に、たった今あいと会わせてくれってLINEが来た」

 

あいを九頭竜の家の前まで送ると、中から九頭竜が飛び出して来てあいを抱き締めた。感動的な和解だな。だが知らない人が見たら警察沙汰だ。

 

「ししょー、痛いです」

「ああ、ごめん……」

「えへへ……ししょー。私は、勝ちました。私は女流棋士に、なっても良いですか?ししょーは、あいを本当の弟子にしてくれますか?」

「ああ、もう離さない。二度と」

 

『すいません。もうはなさないと聞いて、ずっと歌の』

(やめろ。俺もリフレインしてきたぞ)

『ところでマスターは、勝った天衣を抱き締めなくても良いんですか?』

(後ろにチャカを持っている人がいることをお忘れか。俺が死ぬわ)

 

これであいは女流棋士の資格を獲得し、九頭竜は何処か吹っ切れた気がする。……あいと天衣が、本戦で当たる可能性もあるのかな?当たるとしたら決勝だから、良い試合になると良いな。

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