うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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振り飛車

九頭竜が3連敗した後の第4局。無事に最後の審判が発生して指し直しとなり、九頭竜はようやく1勝をした。掲示板では「いや空気読めよ」という声や「まあ1勝ぐらいはね?」という声が見られたけど、九頭竜が2勝3勝とする度に世間の動揺は大きくなる。

 

そもそもの話だけど、名人と九頭竜の知名度の差が激しい。原作でも九頭竜の知名度が低いとは思っていたけど、俺がいるせいか余計に目立ってない。九頭竜で目立つ話題と言えば、基本的に女性関係がだらしないことだし、世間の印象があまり良くない。そんな九頭竜が、名人のタイトル通算100期と永世七冠を阻止しようとしていたら?

 

……当然のように、九頭竜は燃え上がった。今まで炎上した後、鎮火作業をしてなかったからか、爆発的な勢いで燃えて悪口や嫉妬や暴言が散見される。もちろん九頭竜のファンも増えたけど、多勢に無勢。そりゃ、ネットなんてもう見たくないと思うはずだ。

 

(……何かがおかしいと思ったら、水を飲むあれこれが無かったな)

『名人が最後の考慮時間を使い切り、水を飲んでいる間に九頭竜が読み切った流れですか。確かに今回、それは無かったような感じですね?』

(まあ、そういうこともあるか)

 

一方で俺も、勝ち進んでいるタイトル戦の予選が多くて日程が詰まっていく。棋士は負け続ければ仕事が少なくなるけど、勝ち続ければそれに比例して忙しくなる。だが天衣の指導は欠かさない。マイナビ女子オープンの本戦を、順調に勝ち進んでいるしな。

 

そんな天衣は、1級に昇級してからの成績を8勝2敗としていた。残念ながらスタートから2ヵ月を、無傷の12連勝で終えることは出来なかったし、1級に上がってからは負けが増えた。最初に負けた相手は椚で、天衣の先手番だけど一手差で寄せが間に合わなかった。

 

あの将棋マシーン、マジで強いな。まあ原作で小学生棋士になった奴が、弱いわけないか。俺や同期と研究会をしていた時も、アイの指す手を1番に理解していたし、昇級ペースは過去最速だっけ?というか来年の3月までには三段になっているという。天衣に勝って昇段したし、嫌な相手と昇級直後に当てられたな。

 

初段昇段は8連勝か12勝4敗か14勝5敗の成績を残せば良いから、天衣は来月からの対局に3連勝するか4勝2敗か6勝3敗したら昇段だな。来月か、再来月には初段に昇段しそうだな?しばらくは椚と当たらなさそうだし、負けが込むこともなさそう。

 

……問題は、あいと本戦で当たりそうなことか。あれはあれで、月夜見坂女流玉将を倒して勝ち上がって来ているからな。供御飯山城桜花に勝てるかどうかは分からないけど、供御飯さんとの対局までにさらに成長するんだろ?もしも供御飯さんにも勝ったら、さらに強くなって天衣の前に現れる。なにあの小魔王。マジで良い試合になりそうで困るんだけど。

 

「さてと。今日は俺がよく使っていた振り飛車を教える」

「居飛車党の師匠が、よく使っていた振り飛車?」

「今は居飛車党一筋だけど、昔は色々と指したよ。天衣はオールラウンダーになって欲しいけど、極めるならまず振り飛車からにした」

「待って。居飛車を極めたとは言わないけど、それなりに指して来たつもりよ?」

「現状、どちらも同じぐらいには指しこなせていると思うぞ?

まあ良いや。四間飛車と中飛車を使って、居飛車に勝つ勝ち方に関しては教えておく」

 

『マスターも極めてないくせに、よくそんなこと言えますね?』

(お前が極めているから良いの。余計な事言わないでくれ)

『それにしても、伝授するんです?あの端攻め』

(俺の中では振り飛車=居飛車の隙を突いて端攻めする戦法なんだよな。まあ俺の指す振り飛車は四間飛車や中飛車が多かったからだろうけど。捌きは生石玉将に教えて貰うとして、俺は端攻めを教えるぞ)

 

天衣には、振り飛車として俺自身が極めたと勝手に思っている端攻めを伝授しておく。四間飛車や中飛車で、敵の3七桂や7三桂を誘い、1三香や9七香で端攻めを開始する。ぶっちゃけ振り飛車が強いのって、この部分だけだと思うの。こんな思考回路だから良くて新人棋士止まりなんだろうけど。

 

『敵からの攻撃を誘うという意味での1三香や9七香は良いと思いますけどね。端攻めを開始されれば受けきれない。だから開戦するしかないと相手に思い込ませられるのは有用です』

(香車に紐も付くしな。振り飛車を指すなら、端攻めの研究はした方が良い)

 

「ん、変化が多いわね。地力も必要なのかしら」

「丸々手順を暗記して、使いこなせるものでも無いからな。あとタイミングとかは把握していないと使えないけど、そこはネット将棋で試していけば良い」

「後手番角頭歩は、指し続けるの?」

「そっちは指し続けろ。後手になって使えそうなら後手番角頭歩、先手なら振り飛車、後手で先手が先に飛車先の歩を突いてくるなら相掛かりって感じだな」

 

天衣はネット将棋で教えられたことを試すことが多くなったけど、それでも勝率は上がらないし、落ちない。……最初に指した時、俺は天衣に芯が無いなと思った。だから、得意戦法を1つ決めさせた。

 

それが後手番角頭歩で、天衣はこれをネット将棋で試し続けている。もちろん固定化しないように他の戦法も指しているけど、1つ突き抜けた奴を持っていると何かと便利だ。

 

昔は、1つの戦法に拘ることでも十分にプロの世界で通用した。しかし現在は、ソフトの誕生のせいですぐに対応されてしまう。だからプロは基本的に色んな戦法を指せるんだけど、それでも得意戦法というものはみんな持っている。

 

今現在、天衣はまた停滞を始めてしまっている。奨励会は勝ち越しているし、初段には昇段出来るかもしれないけど、二段三段と上がるのはこのままだと難しい。だから今回は、序盤の手札を増やすことにした。

 

『というか後手番角頭歩で持久戦になった場合、天衣は基本的に向飛車を指しますからね。元々天衣に、振り飛車の感覚は蓄えられていたと思いますよ』

(で、後手番角頭歩をしない時は居飛車だった。それを振り飛車に変えて、振り飛車の経験値をもっと貪欲に稼いでいくわけだ)

『……そろそろ、見えてくるころだと思うんですけどねえ。9面指しで、六段を相手にしても降段しないレベルになりましたし、ネットでの通算対局数は1万を超えました』

(……もう、そんなに指していたのか。それならそろそろ、分かる頃か?)

 

休日とかにはゴキゲンの湯にも向かわせて、徐々に振り飛車党としての力を付けさせていく。振り飛車対振り飛車の戦いなら、あそこが1番だろうしな。全員振り飛車党の道場はやっぱ頭おかしいわ。試合のほとんどが相振りの道場なんて、あそこぐらいかもしれない。存分に活用して天衣の練習に役立てよう。


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