うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
「相変わらず、幼女に好かれるんだなお前は」
「大木だって変わらないだろ。というか、絵馬買ったんだ?」
「盤王奪取出来ますようにって、書いておいたぞ」
初詣にて、JS達を侍らせた九頭竜と鉢合わせた。お互いに、近所の神社に来たらそうなる。福島に拠点を構えた関西所属のプロ棋士でタイトルホルダー同士、鉢合わせる機会は何かと多い。
いやまあ、俺は一度初詣しているから単に九頭竜の様子を見に来ただけだけど。
「……大木は、戦う前からどのぐらいの差で勝つとか負けるとかを決めているのか?」
「その質問には答えられない、って言った時点で答えを言っているようなものだな」
「つまらなく、ないのか?」
「いや?最近は弟子の育成が楽しくなっているし、前ほどつまらなくはねえよ?」
JS研には聞こえない位置で、何かと質問をしてくる九頭竜。いやお前、こういうことはLINEとかメールで聞けよ。何?あいに監視されていてそういうLINEメッセージを送れそうにない?……あの小魔王、定期的に勝手にスマホのロック解除して中身見るの?マジで小魔王じゃん。
「おーきしぇんしぇー、おめーと」
「おお、シャルちゃんえらい。明けましておめでとう。
ああ、そう言えば今日は空さん居ないのか。だからこんなに余裕なのか?」
「まるで俺が姉弟子から逃げているかのような言い回しは止めてくれ。
え?何でカメラを構えるの!?誰に送るつもり!?」
「……供御飯さん?」
「マジでやめて下さいお願いします」
着物姿のJS達に囲まれる九頭竜の写真を撮ったところで、おみくじガチャを回す。棋士はおみくじを引かない人もいれば、おみくじで大吉が出るまでリセマラをする人もいるけど、俺は普通に1回引きだ。ただし、神社に来る度に引く。
『何でマスターは前回も今回も中吉なんてネタでも何でもない普通のくじを引くんです?』
(うるせー。とりあえず金運と健康は良いっぽいから持って帰るか)
『金と健康しか取り柄のない男』
(それだけあれば十分だろうが)
ちなみに天衣は1月1日に弘天さんと初詣に行っているし、誘ってないので今回は居ない。向こうにお呼ばれはしたけど、俺も実家へ帰省していたので家族と一緒に初詣へ行った。今世の親にはマジで感謝しかない。小学生の時とか、完全に根暗ボッチで将棋にのめり込んでいた俺を支えてくれたし。
『マスターは小学校へ入る前から四六時中将棋でしたからね』
(出来るだけ、派手なデビューはしたかったんだがな。奨励会初段並みの棋力になる頃には中学生になってた)
『でも、派手なデビューは出来たじゃないですか。報われましたね』
(……極力、自分の力でどうにかしたかったんだがなぁ)
その後はシャルちゃんと澪ちゃんが2人合わせて日仏制覇だー!と叫んでいるのを見て、九頭竜が「……眩しいな、小学生は」と言う。あいがずっと下駄で九頭竜の足を踏んでいるのが印象的だったけど、あれ絶対痛いよね。九頭竜はそれでも爽やかな笑顔だったから、マゾ説もあり得るか?ロリ限定?
このまま九頭竜の家に行って、JS研にお邪魔しようかとも思ったけど、この後にあいが将棋盤を割って半裸になるはずだから撤退。マジで邪魔者でしかないからな。そろそろ、空さんと辛香さんの将棋も決着はついているか?
「こんにちわー。空さんの対局はどんな感じ?」
「こんにちは、師匠。編入試験のことならかなり空さんが劣勢よ」
「ほー?……ああ、もう投げる寸前だなこりゃ」
「もうみんな、検討もせずに好き勝手指しているわよ」
棋士室に行くと、常連になった天衣が空さんの対局を検討していた。天衣は8連勝で初段になったし、二段の空さんとは当てられる機会も出て来るだろう。試験の時に一度指しているとはいえ、高段者同士だと短いスパンで対局するのも珍しいことではない。特に、調子が良い者同士は昇級昇段を賭けた一戦毎にぶつけられる可能性もある。
「よっ、さすがタイトル保持者は重役出勤だな」
「鏡洲さん?指導対局とは随分と余裕ですね?」
「こう見えても、内心は結構ギリギリだけどな。大木のような強心臓ではないし」
「まるで俺が強心臓みたいな言い方はやめて下さい」
そこまで広いとは言えない棋士室で、級位者相手に駒落ち対局で指導しているのは鏡洲三段。今季の三段リーグで1番手集団に居て、今のままなら2位通過が狙える位置ではある。ただこの人、毎回こんな感じで良い所まで行くけど結局昇段出来てないからなぁ。
来季は、椚と空さんに加えて元奨励会三段の辛香さんも加わる。実質今回がラストチャンスと見ても良いのに、指導対局している暇はあるのか。こんなんだから将棋界一のお人良しとも言われるんだけど。この人ぐらいだよ。他の奨励会員にまで四段になってくれ、プロになってくれって慕われ思われてるの。
空さんと辛香さんの試合は、空さんが一方的に負けている。確か、奨励会を退会した時に貰えた退会駒を持ち込んでの対局だったか。色々と事情があるとはいえ、心理攻撃としては最大級のものだろう。将棋はメンタルも重要で、時の名人相手に坊主になって動揺させ、勝ってしまった剃髪の一局なんかは有名過ぎて将棋界の定跡みたいなものだ。
……そう言えば今年の帝位戦で、九頭竜がその被害を受けるんだよな。俺だったら、対戦相手の頭を見て爆笑するかもしれない。今年の帝位戦は勝ち上がってなくて良かった。
『そういうところが強心臓と言われるのですが』
(マジか?マジか。
まあでも今年の帝位戦は、楽しみではあるな。最終結果がどうなるのか、分からないし)
『九頭竜の成長具合を見るに、普通に3連勝で奪取しそうですよ?
あ、空さんが投了しました。あっさり負けましたね』
(おー。毒が回ったとか書いてあった気がするけど、本当にじわじわとリードを奪われての大差負けだなこれ)
「辛香さん、奨励会復帰ね」
「チャンスは4回だっけ?今までの棋譜を見るに何で四段になれなかったんだって感じだし、プロになれる可能性は低くないな」
「可能性は、低くない?十分に通過出来そうだと思うけど……」
「三段リーグに絶対はないからな。プロ棋士だって全員があそこには戻りたくないって言うはずだ。俺以外」
「……師匠以外?」
「俺はもう一度三段リーグで戦ってみたいなー、って気持ちはある。現役の三段全員が拒否するだろうけど」
天衣と盤を挟み、今日の空さんの敗着探しをさせる。三段リーグの話をしていると隣の鏡洲さんが苦笑していたけど、苦笑出来る時点で鏡洲さんも十分に良いメンタルしているよ。
来季の三段リーグも、激戦になりそうだ。天衣が三段リーグに参加出来るとしたら、来季のさらに次の三段リーグかな?