うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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ソフト

とある日曜日。お互いに三段への昇段のかかった空銀子と椚の一戦を見るために棋士室へ行くと、生石玉将が1人で座っていた。やべえ。この後に辛香さんも入って来るのか。流石にあの会話には交ざりたくないけど、来てすぐ帰るのもアレなので座って観戦する。

 

「そこまで空さんのことが気にかかりますか」

「……おめえには関係のない話だ。ほっとけ」

「そっすか。

あ、隠れますからバラさないで下さいね?」

「はあ?」

 

一段落して生石玉将に話しかけたところで、ドカドカという足音が聞こえたので即座に机の下に隠れる。結構大きい机の下だし、たぶんばれない。

 

『生石玉将から生温い視線を向けられましたけどね』

(いやだって、ソフトどうこうを辛香さんが話すんだぞ?聞きたいじゃん。

あ、来た)

 

「やあやあ生石玉将やないですか!日曜日まで連盟にお越しなんて、研究熱心ですなぁ!」

「気持ち悪いから普通に喋れよ」

「ほなそうさせてもらうわ」

 

上手いこと隠れられたので、辛香さんは俺に気付かなかったみたい。いや普通、机の下に人が隠れていることなんて無いからね。お陰で、辛香さんは俺が居ない前提で話をしてくれる。なかなか嫌味な話し方をしているけど、仮面の下を知っている俺からすると……うん、涙腺が崩壊しそう。

 

「充くんは昔から機械に弱いなあ。今はリモートディスプレイで、自宅のパソコンの画面をスマホで見れる時代やで?ま、最近はそのスマホのソフトでも並みの棋士よりかは強いけどな」

 

『やっぱり、ソフトへの評価が変わっていますね?』

(大体アイのせいという。……いやでも賢王戦で勝ってて良かったよ。今年も勝ちに行くからよろしく)

『今年からアルファ碁を開発したグーグル先生が将棋にも力を入れているので、なかなかに厳しい戦いになりますよ?』

(それでも数年は勝てるだろ……今のソフトは、3週間で数千万局しか指せないんだから)

 

アイは基本、アイA対アイBの試合を重ねることで力を蓄えている。1試合にかかる時間は、10分弱。1日で100局以上は指せるけど、常に何百面とある脳内将棋盤を活用しているから、現時点でのアイ対アイの対局数は……少なくとも1億局以上?あれ?多いけど1年もソフト同士で対決しまくったら、普通に対局数は負けるぞ?

 

『だから厳しい戦いになるって言ってるじゃないですか。マスターは馬鹿なんですか?』

(うるせえ。とりあえず、今年はまだ負けないだろ。だけどアイの予想通り、来年か再来年には抜かされるな)

 

「ソフトはもう、人類が今までに指した総対局数を超えた。人類の持つ最後の拠所の『経験』すら超えられたんや」

「今の僕にとっての神は、ソフトや」

「プロ棋士の先生方が神て呼んでるあの名人だって、ソフトと戦えば十中八九負ける!ええ加減、現実を見る時や」

 

「……なら、何故コイツは勝てる?おら、出て来い」

「いたっ!靴で蹴らないで下さいよ。あ、辛香さん初めまして。大木です」

「さ、最初っから隠れてたん?何でそんなことするん?」

「いや、隠れた方が良いかなーって」

 

机の下に隠れていたら、生石玉将の靴で蹴られて追い出される。痛いし辛香さんに不信がられるし、隠れたのは失敗だったかな。いやでも、興味深い話だったし聞けたのは良かった。

 

「今年の電脳戦では、たぶんアルファ碁を開発したグーグル先生の将棋ソフトが出てきますよね?」

「せや。もう今年のソフト代表には、大木くんでも勝てんのとちゃうか?」

「勝ちますよ。たかが数千万局で、崩されるような経験値ではないので」

 

『……勝てますかね?』

(アイが弱気になるなよ。格好付けておいて負けたら、超格好悪いじゃん)

『まあ、最大限の力は発揮しますよ。勝てると言ったからには勝ちます。マスターに恥かかせたくないですからね』

 

辛香さん相手に、格好付けて棋士室から退出。2人の会話は、時々空さんと椚の対局について触れていたけど、恐らく原作と流れが違う。空さんの方が、圧倒的に不利だ。

 

そして棋士室から出て行く時に見えた画面では、もう空さんが投了寸前だった。微妙に椚は強化されてしまっているからなアレ。

 

「お、天衣か。勝ったか?」

「勝ったわよ。今日は2連勝」

「そうか。最近は、2連勝と1勝1敗が交互して並ぶな。今のところ、初段昇段後の成績は3連勝か」

「そうね。あと5連勝か、9勝4敗で二段よ」

 

天衣は早々に対局が終わったのか、降りて来ていたので話しかける。有段者同士の対局になると、持ち時間が増えて1日3局から1日2局になる。天衣から今日の対局の棋譜を聞いていると、上の階で騒ぎ声が聞こえた。時折聞こえる歓声の中には、小学生で三段という声が交じる。これ、他の対局者には迷惑だろうな。

 

「あー、空さん勝てなかったか」

「ということは、来季の三段リーグには間に合わないわね。……本当に、椚は化け物よ」

「天衣も何回か負けたしな。ただまあ、まだ弱点はあるから三段リーグでどうなるかだな」

「弱点?」

「自信があり過ぎるから、踏み込み過ぎる。大局観はかなり歪だし、まだまだ椚が知らないことだって沢山あるさ」

 

これで椚は三段に昇段し、来季の三段リーグに参加出来るけど、勝ち星数がリセットされた空さんは間に合わない。おそらく、天衣と同時に三段リーグに参加する形になるな。となると、女王には力を入れて防衛してくる可能性もある。

 

……辛香さんとの対局以降、負けている姿をよく目撃するから今の天衣なら勝てそうだと思ってしまうけど、実力は本当に五分程度。命運を分けるのは、どちらがよりタイトル戦中に成長出来るかか。空さんの場合、電話一本で九頭竜が呼び出されるのずるいと思うよ?そしてあのロリ王、空さんとの研究会は拒まない。

 

三段昇段は逃したけど、二段に上がってからの勝率はむしろ最近の方が上がっているし、そのうち三段にはなれそうだな。そして空さんが三段に上がれなかったということは、鏡洲さんの昇段チャンスが増えたということか。

 

来季の四段昇段メンバーは、ちょっと読めない。空さんの影響を受ける坂梨さんは、最初の対局で空さんに負けた影響で4連敗し、その後14連勝している。鏡洲さんは、最後に空さんに負けて昇段を逃した。椚も、空さんに負けてから全勝を保てなくなっていたはず。

 

これらの要因が、全て吹っ飛んだためにどうなるかは全く分からない。実力なら椚が頭一つ抜けていて、その下に辛香さん、坂梨さん、鏡洲さん辺りが横並び状態だけど、三段リーグは何が起こるか分からないからな。でもまあ、椚は抜けそうかな?


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