うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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経験

清滝先生がC級に落ちたら引退するという発言をした次の順位戦。九頭竜は僅か67手で順位戦第九回戦を勝ち、対戦相手に畏怖を与えた。その対戦相手と清滝先生の会話をこっそりと聞いていたけど、九頭竜のことを「あれはもう、人間ではない。宇宙人かロボットか……大木の域ですわ」と言っていた。いや、まだアイの域までは到達してねーよ。

 

(え、まだ到達してないよね?主人公の成長スピード速すぎない?)

『まだ余裕を持って対処出来ますよ?アドバンテージ自体は、大きすぎるほどですから』

 

九頭竜に対抗して、短手数で相手玉を仕留めようとも思ったけど、俺は天衣に見せる棋譜のために振り飛車を選択。そして王を、左へ持って行く。左玉は居飛車の右玉を鏡合わせにしたような形で、そこそこ強い。

 

『今日の相手は交代しなくても良いですね。というか、向飛車で左玉で端攻め狙いはゲテモノ過ぎません?』

(アイも時々左玉は指しているだろ。

よっし、端攻め開始)

『もう端は受かりませんね。手抜きして他を攻めて来ると思いますが、そちらはそちらで受けきれるでしょう』

 

今日の試合はC級1組の勝率4割棋士さんを相手に、見事な完勝。序盤から、完璧に押していたような気もする。これで俺も、順位戦は9勝0敗で3位だ。

 

……C級2組から昇級したてだから、全勝しないと昇級安全圏じゃないんだよね。だから今日の対局に関しては、危なくなったらアイからブレーキがかかる予定だったけど、珍しく俺の力で勝ち切った。全着手がノータイムだったので、当然終わるのは早い。

 

で、棋士室へ行くと天衣がいるので回収して天衣のお屋敷へ。そこでいつものように天衣はスマホを使い、七段9面指しをしていると、明らかに速度が変わった。

 

『ああ、見え始めましたね。明らかに思考時間が短縮されています』

(お、準決勝前に関門突破か。この後の方が大事だけど、一応おめでとうだな)

『長かったようで、短かったですかね。少なくとも、マスターよりかは圧倒的に早かったです』

(何だかんだ言って、元からの才能もそこそこあるからな。というか、俺より遅かったら駄目だろ)

 

「見え、る?……分かる?」

「最善手がか?とりあえず、見事に第二関門を突破しての七段9面指しクリアだ。

おめでとう」

 

本人が読んでいないのに、勝手に無意識で盤面を読んでいる。その状態になった上で、膨大な対局数をこなすと盤面を見ただけで、認識しただけで最善手が一瞬で浮かんでくる。ネーミングセンスが無いからこれを疑似センスと格好良く呼んでいるけど、要するに膨大な経験から瞬時に最善手が生み出される状態。

 

ただ別に、これで天衣が強くなったわけじゃない。ミスは格段に減るし、完全にノータイムでも指せるようになるけど、あくまで強さの源は自身の経験、今までの対局からだ。地力が上がったわけではない。

 

ぱああっと天衣は顔が明るくなったし、釈迦堂さんには通用するだろうけど、あい相手だとどうだろうか?天衣よりかは弱いけど、絶対に勝てるほどの実力差ではない。あのカウンター型の将棋を見るに、嵌ったら最悪のパターンになるだろう。

 

まあ、いつかは到達するものだし最初に想定していた時期よりかは早かった。特にライバルとの対局で覚醒するものでもないし、愚直に対局数を積み重ねた成果だな。

 

(というか、何であいが原作より強いんです?)

『単純に考えて下さい。原作では九頭竜に弟子が2人いたんですよ?それが1人にかかりっきりなんですから、原作より強化されるのは当たり前のことです。しかも、都合の良いライバルが二歩先を猛スピードで走っていますからね。あいも九頭竜も、原作より将棋に対してのめり込んでいる生活になっていると思われます』

(……あー。単純に考えて、あいに向き合う時間は倍増してるってことか。天衣は放置気味だったはずだけど、それでも指導はしてるっぽかったし、原因としては納得できるな)

『あとは、九頭竜が原作より強くなっていることも影響はしているでしょうね。九頭竜のレーティング、名人を超えましたし』

 

第二関門を突破した天衣は、これから将棋の勉強をする度に、将棋を指す度に少しずつ強化もされていく。その分、経験が詰み上がるからだ。経験則で指しているプロ棋士も昔はそれなりにいたし、間違った成長の仕方はしていないはず。

 

後は、俺を追いかけるなら無意識に自我を持たせて、勝手に脳内将棋盤使わせて経験値を貯めて貰う作業に入るだけだな。ただこれは、俺にしか出来ない方法かもしれないし、そもそも天衣が強くなるために違う答えを選ぶかもしれないからその時次第。

 

『見た感じ、完全に経験則から出る最善手には頼り切っていないですね。これは、自分の道を選ぶかもしれません』

(いや、得た力に依存する割合、天衣は結構大きいと思うぞ?一先ず釈迦堂さんとの対局を見て、それから……俺と、指導対局ではなく本気での将棋を指して貰うか)

『何か、本気で勝ちを狙わせる手段でもあるんですか?』

(もし俺に勝ったら、出来ることは何でもすると言えば天衣もやる気は出るでしょ。あとは、その対局のための棋譜でも用意するかな)

『マスターの何でもする、に何の効力があるんですかね……?』

(うるせえ、良いから準備をするぞ。この後は俺の後追いをするか、自分で道を切り開くのかの二つに一つだ)

 

天衣の面倒を見ている最中に行なわれた名人との盤王戦第1局で、名人を相手にアイは後手番で攻め続け、無事に勝った。最初から最後まで、アイが指した対局の中では1番差が広がらなかったんじゃない?まあアイさんは、ひねり飛車という変則的な戦法を採用していたし、フルパワーは発揮していなかったような気がする。

 

名人のレーティングは、微減し続けている。年齢のこともあるし、そろそろ衰えを隠せなくなっている。歩夢は今年、B級1組に昇級するし、来年にはA級だろう。その辺りで、名人位を奪われるかもしれない。

 

今年九頭竜はC級1組へ。俺はB級2組へ、歩夢はB級1組に昇級するから当分は順位戦で当たらなさそう。んで、今年の夏には歩夢の妹であるのじゃロリが奨励会に入ってきたはず。その前に歩夢とセットで関西に来るはずだから、天衣も手合わせさせようかな。

 

『盤王戦、このまま名人に勝つとまた100期目が阻止されることになりますけど……名人戦で通算100期目は、確定ですかね?』

(確定じゃない?

……あー。空さんの腕切り要求からの帰省もフラグ消えたか。でもちょうどその頃に天衣と空さんでまた三段昇段を賭けた対局とか起きそうだし、代用フラグで帰省しないかな?)

『帰省自体はしそうなんですけど、まあ無理でしょうね。椚をほんの少しでも強化すれば原作が危ないことを知りつつ、声をかけたマスターが悪いです』

(正直すまんかった。反省はしないが、後悔はしておこう)

 

原作で生き残っているフラグを探しつつ、天衣の強化計画を練る。まずは、釈迦堂さんとの対局を見てからだな。


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