うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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本戦準決勝

二月中旬。マイナビ女子オープン本戦の準決勝が行われ、東京の将棋会館の特別対局室で2人の女性が対峙する。

 

一方は本戦出場者の中で最年少の天衣。もう一方は、本戦出場者の中で最年長となる釈迦堂さんだ。

 

「もうすぐ盤王戦の第2局なのに、随分と余裕だな?」

「もうすぐ賢王戦のタイトル戦も始まるぞ?マジで休みがねえ」

「じゃあ弟子の対局についてくるなよ……。

俺だって大変な時は大木に任せたし、大木も俺に任せて良いんだぞ?」

「それは遠慮しておこう。というか、何で九頭竜がここにいる?」

「東京の方で用事があったから、ついでに寄ったんだよ。……俺も、あいの対戦相手として気になるしな」

「……へえ?九頭竜も、弟子の育成には熱心じゃん」

 

天衣の連れ添いで関東の将棋会館に行ったら九頭竜と会ったので、新宿にある喫茶店に寄る。賢王戦も始まるし、マジで対局数は多いけど九頭竜よりかは稼げてなさそう。竜王戦の優勝賞金は高いわ。

 

まあ、重要度低そうな棋戦は大抵優勝しているから収入は大して変わらないが。朝火杯や金河戦は七大タイトルと変わらない賞金だし、賢王戦は今年から優勝賞金が2000万円になる。もう八大タイトルと言われ始めているし、その内八大タイトルで定着しそう。

 

「釈迦堂さん相手に、天衣の勝算はあるのか?」

「あるに決まってるから余裕があるんだよ。

というか空さんが勝てる相手に、天衣が負ける訳ないだろ。もう奨励会初段だぞ」

「そうか、そうだったな……。

……そろそろ、棋士としても警戒しないといけない相手か」

 

九頭竜が地味に天衣のことを警戒しているのは、俺の弟子だから警戒している感じか?過剰に警戒されるのは、それはそれで良い事だから喜ばしいことだけど、釈然としない部分もある。

 

釈迦堂さんには歩夢が付き添って手伝いもしていたけど、今は釈迦堂さんと天衣の空間になっているはず。盤面は、結構なハイスピードで指し手が進んでいた。こりゃお互い、直感を頼って指しているな。重要なタイトルの本戦で、あり得ないほど2人の持ち時間は残っている。

 

『天衣には格好良く疑似センスと説明しましたが、別に珍しい能力じゃありませんからね。元からセンスを持っている人はいますし、釈迦堂さんのように若いときから将棋を指し続け、経験を積んで獲得した人もそれなりにいます』

(ある程度指し続ければ、持ち合わせる能力ではあるからな。天衣が獲得したのは、その中でも正確でミスの少ないものだけど。

というか、これ不味くない?)

『不味いですよ?あとお互い、千日手になることを読んでの早指しです。あ、九頭竜も気付きましたね』

 

「千日手だな」

「千日手なら、天衣は後手になるから拒否するんじゃないか?」

「いや、むしろ後手になるから拒否しないんじゃない?無理に打開しても、不利になるだけだし」

 

釈迦堂さんと天衣の対局は、中盤で千日手となり先手後手を入れ替えての再試合になる。天衣が先手から後手になったけど、これは仕方ない。

 

……釈迦堂さんが、狙っていたのかな。事前研究で千日手を狙いに行って、無事に先手番を獲得した形?天衣は千日手を読んで、持ち時間を釈迦堂さん以上に使わなかった。お互い、相手の調子も確認出来ただろうしこれからだ。

 

『抜きっ放しの伝家の宝刀後手番角頭歩が出ましたよ』

(一応、天衣は本来の準決勝で月夜見坂さん相手に後手番角頭歩を仕掛けて勝ったから原作再現ではある……わけねえなあ。全く別の将棋だろうし)

 

千日手は、お互いの持ち時間を引き継ぐ形での再試合になる。天衣の後手番角頭歩を見て、早指しを止めた釈迦堂さんはまさか準決勝の重要な場面で後手番角頭歩をされるとは考えていなかったのだろう。

 

一応、天衣が後手だと後手番角頭歩をする確率は高いけど、そればかり対策するわけにもいかない。こんなの、天衣以外はほとんど使わない戦法だし仕方ないけど、細かな分岐まで含めた対策研究はしないよなあ。

 

釈迦堂さんのことだから天衣戦に向けて百時間ぐらいは後手番角頭歩の対策研究をしているかもしれないけど、天衣の研究時間と比べると圧倒的に少ない。それに、たとえ対策研究をしていても乱戦には引きずり込まされる。持久戦を選べば、それはそれで指しにくいんじゃないかな。

 

(わりと優秀な戦法ではあるよな?後手番角頭歩戦法)

『まだあまり研究が進んでいないから、通用している感じですけどね』

 

「開戦せず、6八玉に5四歩か。天衣の後手番角頭歩、持久戦の方はどうなんだ?」

「どうなんだ、と聞かれて答えるほど俺は優しくねーぞ。

と、角道を止めたか。……結構、対策は練ってそうだな」

 

天衣は4四角と角を飛び出させ、向飛車を選択。そして穴熊を組み始めた。持久戦になると察知したら、即座に穴熊に組む判断は素晴らしい。経験則が生きている形ということだろう。そしてほとんどノータイム。

 

一方で釈迦堂さんも、居飛車で高美濃囲いを組んだ。ソフトのせいで、居飛車でも美濃や高美濃を採用する率はアップしている気がする。

 

まあ、歩夢が居飛車での高美濃を流行らせたのにその師匠の釈迦堂さんが高美濃を使わない理由が無いか。そして釈迦堂さんが9筋と8筋の位取りをし、天衣の穴熊を圧迫し始めた所で、天衣の飛車が6筋に移動する。向飛車から一転、右四間飛車だ。

 

『この師弟、飛車と玉を近付けるの好きすぎるでしょ』

(うるせえ。アイが1番飛車と玉を離していないのによく言うわ。

しかしまあ、ガッチリ組んだ振り飛車穴熊は硬いな。釈迦堂さんに勝ち目ないわ)

 

釈迦堂さんの高美濃は優秀な囲いだけど、それでも穴熊の硬さには適わない。上手く角交換に持ち込んだ天衣は、それで馬を作るけど釈迦堂さんも馬を作る。これは最終的に、囲いの硬さの違いが明暗を分けるな。

 

(ああ、終わったな。もうこれ逆転不可能だろ)

『中盤以降、特に馬切りから天衣が主導権をずっと握ってました。完勝ですよ』

 

馬切りから、天衣は釈迦堂さんに主導権を握らせずに勝利。後手番角頭歩で持久戦を選択された時の、快勝譜となった。これで天衣はタイトル挑戦をかけて、あいか供御飯さんのどちらかと決勝で戦うことになる。

 

対局終了後、釈迦堂さんは空さんと天衣の対決を楽しみにしているというコメントを残していた。要するに決勝戦は問題なく勝って、タイトル挑戦は確定でするだろうと。そういう強さだったんだろうな。

 

でも、今日の対局を見ていたら絶対にあいには勝てると言えない強さだ。これから常識的な範囲での成長をしていたら、あいとの差は縮まるかもしれない。あれはあれで、才能の塊みたいな理不尽な存在だからな。

 

今日の天衣の対局を九頭竜は分析して、あいに色々と教えるだろうし、俺もあいと供御飯さんの対局はしっかり分析して天衣に伝えておくか。


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