うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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私の師匠③

私の師匠はポンコツだ。ポンコツロボットだ。世間では逆張り鬼畜ロボと言われているけど、どこからどう見てもポンコツロボットだと思う。

 

服は同じような服を3着しか持っておらず、夏服と冬服で計6着しか持っていない。対局時には決まってハーゲンダッツを食べ、昼食は特定の弁当屋の弁当をローテーション。待ち合わせをすれば必ず30分前に到着するし、感情の起伏も少ない。

 

本人はロボット呼ばわりが嫌みたいだけど、一介の将棋ファンなら将棋の内容も含めて本当にロボットにしか見えないのだと思う。あとは若干、お金使いが荒い。お金使いが荒いのに、入るお金には五月蠅くて賞金額を一々気にしているのはちょっとおかしい。

 

最近では、前よりも忙しい日々を送っているのに食事の量を増やしていないという、馬鹿みたいな理由で痩せこけていた。ポンコツというより、ここまで行けばただの阿呆ね。

 

そんな師匠は誕生日プレゼントに、将棋の駒を渡してくれた。何で今さら駒なんだろうと思って中身を見ると、駒の字は全てお父さまの書体で書かれている。その瞬間に私の涙腺は壊れて、涙で前が見えなくなった。いきなりなんてものを渡してくるのよ。

 

聞けば前々から、この誕生日のために駒の用意を始めていて、晶やお爺さまも協力していたと言う。師匠は申し訳なさそうな顔をしながら、この駒作りに協力してくれた人達を列挙して、自身がしたことはお金を出したぐらいだと大したことのないように言う。思い立ってから完成まで、この駒のためにあらゆる人手を使って奔走していたのはどこの馬鹿よ。

 

その日から、師匠を見る目は少し変わった気がする。みんなが思っている以上に、この人はポンコツだ。自己評価が低くて、他人への評価が高い。特に一部の人に対する評価の高さは、私には理解することが出来ない。

 

ある日。いつものようにネットで多面指しをしていると、第一感で瞬時に最善手が浮かんでくるようになった。今まで将棋を指していた時も、時々起こっていた現象が、その時は止まらずに溢れ出て来た。これを師匠は疑似センスと呼んでいて、努力で手に入る将棋のセンスだと言っていたけど、そんな生半可なものじゃないと思う。ベテランの棋士は、これを頼りに指している棋士も多いそうだけど、きっと違う。

 

この力で将棋を指すと、とても楽だし勝っても負けてもあまり疲れない。そしてこの頃から人格を増やす実験と称して、脳内で初心者像を作って語り掛ける訓練を始めるようにと師匠は言った。

 

……昔、師匠は無意識に人格を宿らせると言っていたことを私は憶えている。人格を増やすというのが実際に出来るかは分からないけど、このまま師匠と同じ道を辿れば、恐らく私はもう1人の人格に言われるがまま、将棋を指さないといけなくなる気がする。

 

釈迦堂さんとの対局後、師匠も忙しいはずなのに私とのVSをセッティングしてくれた。ここで行なわれたのは、師匠と名人の対局の棋譜並べ。私は最初、棋譜を並べるだけかと思ったけど、それにしては様子がおかしい。何か師匠から、早く気付けよオーラが出ていた。

 

……このまま行けば、私が勝って師匠は何でも1つ、言うことを聞かないといけなくなる。棋譜並べをしているだけなら、私の勝利は確定的。だってこの対局は、私が指している先手側が勝利する棋譜なのだから。しかもこの棋譜の先手番は、師匠だ。だから、私が思い出せなくなるなんてことはない。

 

師匠はたぶん、この対局で私に師匠と同じ道を歩くのを止めて欲しいんだと思う。だってそうじゃないと、こんな条件は付けないし、不器用な人だと思う。きっと最近の初手周りの指し手がバラバラなのは、この対局のために色んな棋譜を用意していたからだ。

 

私が後手番になった時のため、先手で別の手を指した時のため……用意は周到だし、準備は万端にしないと気が済まないタイプなのかもしれない。だけど別の道を選択することは、この対局が終わってからでも出来る。私が優しくない人間なら、この対局に関しては普通に勝ちに行ってたと思うわよ?

 

……私は、師匠を超えたい。師匠と同じ道を辿っても、それでは一生師匠の強さに追い付かないような気がする。私が棋譜を間違えると、師匠は安心してからその後の展開を教えてくれた。その後は私が綺麗に負けたけど、負けたのがどうでもよくなるぐらいのことを聞かされる。

 

師匠は今、経験に宿っている人格の言われるがままに将棋を指していること。二重人格だろうとは思っていた。言われるがままに指している可能性はあると思っていた。だけど、本人の口からそれが出るのはまた違う話。

 

私の予想は半分合っていて、半分間違っていた。師匠は最初から、二重人格だったみたい。でも二つ目の人格は表に出て来ることがなくて、一つ目の人格は言われるがままの状態だとか。それで将棋の力は、二つ目の人格の方が上。とてもちぐはぐな状態だけど、どうしてそうなっているのかはなんとなく想像が出来る。

 

経験の大半を、もう一つの人格の方が保持しているから。あくまでこれは想像だけど、二つの人格は、どちらも記憶の共有を行なっていないんだと思う。もちろん、見た物や食べた物の記憶は両方あると思うけど、考えていることに関する記憶の共有はない。そうじゃないと、二つ目の人格だけ将棋が強い状態だなんてあり得ないじゃない?

 

……そのもう一つの人格の方が、あっさりと脳内100面指しをする化け物だとしたら?その脳内将棋盤を使って、ひたすら経験を蓄えているとしたら?二つ目の人格の方は、何もしなくても将棋だけを指せる環境下にいる?まだまだ分からないことだらけだけど、全貌が見えそうになってくるほど師匠の存在が現実離れしてきて頭が痛くなってくるわ。

 

私の名前は夜叉神天衣。もうすぐ小学5年生。目下の目標は、師匠の本気を引き出すこと。そしていつか、将棋史上最強の師匠を……。

 

この師匠、ポンコツ過ぎない?ホワイトデーのお返しに、ダイヤのネックレスって本当に意味をわかってないのかしら?確かに私にとっては安物のネックレスで、師匠にとってもはした金で買ったものなのだと思う。でも世間一般的に、このプレゼントがどういうものなのか、世間に疎い私でも分かるわよ?

 

……え?本当に、適当に選んだだけ?たまたまアクセサリーで4万円台のものを選んだら、これになった?……それじゃあ、慌てていた私が馬鹿みたいじゃない。もう会ってから1年も経つのに、師匠のことは本当によく分からないわね。


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