うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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本戦決勝

マイナビ女子オープンの本戦決勝が行われ、天衣とあいが対峙する。この本戦からカウンター型の将棋を始めたあいは、それが見事にはまって以来全勝を続けている。アイの見立て通り、普通の女流棋士では相手にならないレベルだ。おそらく、奨励会に入れるだけの力は持っている。というかたぶん、中学生の間には奨励会を突破できるんじゃないかな?

 

この後、あいは天衣を追いかけて奨励会入りとかするんだろうか?カウンター型の将棋は、嵌れば強いし序盤の知識が無かったあいにとっては天啓のような戦法だったのだろう。だけどそれが、天衣に通用するとは思えない。

 

……しかも天衣は、俺からネックレスを貰ったことを対局前、あいに自慢げに話していた。弟子入り1周年記念とか、言葉は選んでくれていたけど、俺の精神状態にも悪影響を与えているから止めて下さい。ホワイトデーで、あげるものじゃなかったな。

 

『私はむしろ、意識して渡したものだと思っていましたが?空銀子は九頭竜との恋が進展してから三段リーグで8連勝しましたし、意識的にそういう方向へ持って行こうとしているのかと……』

(やめてくだしあ。マジで値段見て決めただけだから、世間的に見てどう思われるのかは意識して無かったんだよ。というか普段は思考を読むのに、何でこの時だけ読まなかったの?)

『毎度毎度、全部を読み取れるわけじゃないと言ってるじゃないですか。マスターの考えていることを四六時中聞かされる身にもなって下さいよ』

 

対局前の精神攻撃もばっちり決めたところで、振り駒が行なわれ、天衣の先手が決まる。急戦で行くか、持久戦で行くかは天衣の選択次第かな?

 

しかしまあ、取材陣が多い。どちらが勝っても史上最年少での女王挑戦が決定するし、九頭竜と大木の弟子同士の対決ということで将棋ファンの注目度は現在進行形で行なわれている玉将戦並みに注目を集めている。あ、生石玉将は無事に玉将を防衛出来そうです。持将棋を一度挟んで、現在は3勝2敗1引き分け。昨日の封じ手の時点で既に勝勢なので、防衛する可能性は高い。

 

九頭竜は、公式戦の手合いが入ったから来れない。あらかじめ日程を確認すれば、今日が決勝になることは分かっていただろうに。まあ帝位リーグの試合だし、現在帝位リーグで全勝中の九頭竜は休むわけにも行かない。

 

試合はリアルタイムでネット中継されるので、近くの喫茶店で見物。三冠になってタイトルの数ではトップになってしまったので、そろそろ将棋道場で観戦というのは出来なくなった。まず間違いなく、解説の依頼をされる。

 

賢王戦も今のところ3戦全勝なので、防衛は間近。……タイトル戦で手を抜こうと思えないのは、俺自身も三番手直りの実現を望んでいるからかもしれないな。まだ圧倒的反対で却下されている案だけど、名人が推しているらしいし、全勝で終わるタイトル戦が多くなるほど、将棋関係者も望むようになる。

 

あいと天衣の試合は、序盤から慎重な手が続く。天衣は急戦や奇襲戦法を選択しなかったし、あいも位取りを放棄する低い構えを解いた。これはお互いに、相手が自分を研究していると読んで、別の指し方に切り替えたかな。

 

お互いに居飛車だから、典型的な矢倉同士の戦いに移行し、あいが6四角と飛び出せば、天衣も4六角と飛び出す。40手目の9四歩で、完全に先後同型の戦いになった。

 

『流石にあいも、矢倉ならある程度の知識が入っているようですね』

(こっから先の中盤戦で、天衣がどれだけリードを毟り取れるかだな)

『矢倉は、後手の勝率も高いですからねえ。あいにとっては序盤の定跡知らずを、回避出来た形になりましたか』

 

41手目に天衣は6四角と、角交換に出る。それにあいは同銀と指し、1手分の得をする。これで先手の利は、あいに移った。一方で天衣は2四銀と指し、先後同型からはズレる。

 

あいは先に6九角と、天衣の陣地に角を打ち込むも、天衣は無視して1五歩と端攻めを開始。……中盤戦は、互角のスタートか?

 

『いえ、若干ですが天衣の方が優勢ですね。天衣の8三香に、あいはかなり時間をかけてしまいましたし、持ち時間でも優位に立っています。……8三香を、あいは取りますか』

(取らない方が良いんだろうなーっていうのは分かるけど、取るしかなくない?取らないなら、4二飛かな)

『正解ですよ、馬鹿マスター』

 

天衣の香打ちを、同飛と取って角による飛車金両取りを甘んじて受け入れるあい。この辺のやり取りは、天衣の方が上かな。4三角成と金を取って馬を作る天衣だけど、ソフトの評価値の方は-1。あれ?これソフトがおかしくね?

 

『ソフトの評価基準と、人間の評価基準は違いますからね』

(見た感じだと、天衣の方が優勢そうだけどそうでもないのか。囲いが崩れかかっているのと、しっかりとした矢倉が生き残っているかの差は、かなり大きいと思うけど)

 

天衣は働かなくなった飛車を馬にぶつけて、飛車角交換も行なう。これでかなり有利になり、評価値も300まで上がった。そしてあいが天衣の陣地に飛車を打ち込んだ瞬間、天衣の評価値が跳ね上がった。どう見ても悪手だ。

 

『ここで緩手は痛いですね。好意的に見ても凡手です』

(中盤のねじり合いは、無事に天衣に軍配が上がったか)

『……天衣も相応に悪い手は指しているので、後で反省会ですね』

(そーだな。でも掲示板の方では、プロ棋士のタイトル戦でも中々見れない大熱戦だとお祭り騒ぎだぞ)

 

矢倉は将棋の純文学とよく言われるけど、その言葉自体にそれほど深い意味はないとも思うし、様々な解釈ができる便利な言葉だ。俺個人としては純文学なんてどれも似たようなものだと思っているので、矢倉は誰が指しても同じ局面になりやすいという意味で純文学なんて例えになっていると解釈したい。

 

あいも8六香から8七香成、もう一度8六香と天衣の玉頭を執拗に攻め続けるけど、9八玉と躱されてかなり苦しい。……俺は躱す判断が苦手だけど、天衣は上手いんだよな。天衣はその後、飛車と香を補充し、1三歩成と桂を取る。同玉に1一飛車打で、あいは天衣が見逃してくれないことを察し、投了した。

 

天衣対あいの対局は、最終局面だけ見たら矢倉の原型が残っている天衣に対し、矢倉の原型なんて欠片も残っていないあいという、かなり差がある終局図に見える。まあ天衣の方も、玉頭には火が付いている状態だけど、まだこれかなり耐えられる形だからな。

 

これで天衣は女王への挑戦権を獲得し、空さんとの5番勝負に挑む。今まで無敗だった空さんに、初黒星は付けられるだろうし、女王のタイトルは勝ち取って欲しい。……着物の着用に関しては、気を付けるように言うしかないか。袖が当たるとか、原作であった反則負けだけはさせないようにしたいし、天衣の背が低いことを考慮はするよう会長には話しておこう。


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