うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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グーグル先生

賢王戦が早くに終わったため、将棋電脳戦を前倒して前年度と同じ時期に開催することが決まった。というか、賢王戦の第5局、第6局、第7局の開催場所をそのまま将棋電脳戦に流用される模様。ソフトはソフトの大会があって、そちらは一発勝負だから決着が早い。今回の対戦相手は、グーグル先生が開発したアルファ碁の上位互換であるアルファゼロだ。将棋の他に、囲碁やチェスが出来るスゲー奴。

 

アルファゼロはグーグル先生の膨大な資金力の下で開発され、1億局の強化学習を行なったそうで、アイさんにとっても強敵である。そして第1局は、長期戦になった。お互いに居飛車で、飛車が浮いた状態で戦っているけど、じわじわと自陣の支配領域を広げるような戦いだ。間違いなく、人が指すような将棋ではない。100手目を過ぎても、まだまだお互いの陣地に敵の駒が少ないってどういう将棋だよ。

 

終始アイは間違えず、ゆっくりとアルファゼロの玉を詰めていく。気持ちの悪い将棋は、最後にアルファゼロが思い出王手を仕掛けてきたせいもあって213手と長手数の対局になった。思い出王手とは言っても、下手な逃げ方をすればすぐに詰んでしまう怖い思い出王手だったけどな。

 

(思い出王手を仕掛けてくれると、気持ちが楽になるな)

『それでも、気は抜けませんけどね。思い出王手の質も上がってますよ。変に安全な方へ逃げようとすると、相手玉の逃げ道が出来ますし』

 

アイも時々持ち時間を使ったけど、最終的には23分しか使ってない。とりあえず第1局に勝ち、世間的にはまだソフトは人に勝てないんだという思想が広まったけど、プロ棋士やアマ高段者であれば誰もが俺のことをヤバいと認識した。本来であれば、人は勝てるはずもない対局だからな。

 

電脳戦は3番勝負なので、次も勝てばそれでおしまい。女王のタイトル戦は、集中して観戦することが出来そうだな。ちなみにこの女王のタイトル戦で、あいが記録係をする模様。原作では天衣とあいが同門だから成し得なかったことだけど、同門じゃないから出来てしまうのか。

 

 

 

 

 

大木が将棋電脳戦で世間を賑わせている裏で、九頭竜は月光会長に頭を下げていた。

 

「第1局と、第3局。それから、第5局での記録係を雛鶴さんへ回すことになりました」

「ありがとうございます!……第5局も、ですか?」

「おや?竜王も、夜叉神さんの実力は把握済みでしょう?空女王が、必ず3連勝で終わるとは私には思えません。それに雛鶴さんが記録係をする対局は、竜王が解説役をしてくれるというのであれば、連盟としても非常に助かります」

「……残りの2局は、大木が解説役ですか?」

「いえ、大木三冠は対局日程の方が詰まっているので女王のタイトル戦日ぐらい休みを与えないと過労死しますよ。……あの弟子は、幾ら言っても徹夜のゲームを止めてくれませんからね」

「あはは……大木にとって、ゲームは呼吸みたいなものですから取り上げたら発狂しますよ」

 

あいの記録係の件は、九頭竜があいのために頼み込んだことで成し遂げられた。少しでも弟子にタイトル戦の空気を味わって欲しいという、師匠の我が儘みたいなものだ。しかし現状、記録係と解説役がセットでやって来るなら連盟としては大歓迎であり、月光会長は出来るのならば全対局を九頭竜師弟に任せたかった。

 

連絡事項を伝え終わった後は、世間話に入る。月光会長から、九頭竜に伝えたいことがあったからだ。

 

「前に、名人について語ったことがあったんですよ。ちょうど、竜王のタイトル戦の時ですかね。

彼は20年前に七冠を独占した日、本心を語らなくなりました」

「……師匠から、その話は聞きました。プライベートも、明かさなくなったって……」

「ええ。ですが、そちらは隠したから本音を感じ取れなかった。対して大木三冠は、隠そうともしていないのに、タイトル戦中、何も感じなかったんですよ。賢王戦の第2局から、第4局まで」

「……それは、俺も感じたことがあります。昔は底冷えするかのような冷たさを感じていましたけど、最近は何も感じません。何も感じないことを感じるって、少し変な表現ですけどね」

 

名人はプライベートを語らなくなったのに対し、大木はどちらかというとプライベートをオープンにするタイプだ。SNSなどでも、結構な頻度で情報を発信する上、プロ棋士としてあまり好ましくないようなゲームもプレイしていることを公にしている。

 

会話も普通の人と何ら変わりなく、時間やマナーをキッチリ守る人間のため、大木は真面目な人間にも好印象は与えやすい。しかし大木と対戦したプロ棋士は、全員が一度は感じることになる。大木は、これほどまでに凄い将棋を指すのに、将棋に対して何も思っていないと。

 

「ですが、第1局は違いました。あの時の大木の姿はニコ生でも放送されていましたが……とても楽しそうでした」

「やはり、そうでしたか。……将棋の時だけ、人格が変わるのは分かります。そういうプロ棋士も実在しますし、珍しくもありません。しかし、対局毎に人格が切り替わるのは流石に聞いたことがないですね」

「……棋力が違う、二重人格?」

「そういう結論に、なってしまいますよね。片方は恐らく、中学生名人になった大木晴雄本人。もう片方は……最強のソフト、アルファゼロに勝ててしまう将棋史上最強の棋士です」

 

ソフト開発者の懇願により、前年度の電脳戦に出たソフトと、関西棋士5人が非公式に戦ったことがある。その中には生石玉将や月光会長も含まれていたが、結果はプロ棋士側の1勝4敗。唯一勝った生石玉将も、ソフト嵌め手を使わなければ勝てなかった。既にプロ棋士や奨励会員の間で、ソフトが人類を超えているのは周知の事実だった。

 

その前年度代表のソフトを相手に、アルファゼロの勝率は9割を超える。膨大な資金から生み出され、研究者達も史上最強のソフトだと信じて送り出した。しかし大木相手に一方的な戦いの末、敗れた。

 

九頭竜と月光会長は、大木の棋力に二面性があることに気付く。どちらが本性なのか、何となく察しはついていた2人だが、確信に至ることは無かった。1つ言えることは、大木がアルファゼロに勝ったあの実力を遺憾なく発揮すれば、大木を止められる人間は誰もいないということ。

 

九頭竜は、大木の位置を正確に把握していた。しかしながら、その姿は全速力で自分から遠ざかっていた。自分が全速力で追いかけても、なお遠ざかる相手。九頭竜自身、時々ショートカットはしているものの、まるで追い付ける気がしなかった。


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